だらだらしてみる。 -25ページ目

ぐいぐい

何が気持ち悪いってさ、「予定通りに動けた」事なんだ。誤差ほとんどなし。しかも誤差のサインはマイナス。予定より少し"早く"終わって、これを書いていたりする。予定通りに動ける日ですら年に数える程しか無いのに、今日のコレは一体どういう事だろうか。何か悪い事が起こる前触れではないのだろうか。リタが来る、とか?


「忙しい人間には考える暇が無い」と以前書いたような気がするのだけれど、なんとなく分かるような気がする。とは言っても、僕の「忙しい」は大した事無いのだけれど。忙しいつもりも無いしなぁ。それでも、近頃はキモチワルイ事が頭に出てこなくなってる。忙しいのかなぁ。どうなんだろう。知らない。



最近。
テイラーの多項式は凄いなぁと思った。
Software Requirement Document(仕様書だと思う)を書かなければいけない。
物理のテストがマルチプルってのは、教授の頭が狂ってるんじゃないかと思う。
夏に取っておくべきだったかな、と思う授業が一つ。
スティックでもコーンでも無くて、僕が焚きたいのは木なんだけど、無い。
先週末に買ったはずのピーマン、一個に付き半分以上腐ってた。
一食でもいいから毎日自炊すべきだ。食べものがダメになってしまう。



「電波男」(本田透 著)的考え方。読んでないけど。どういう事か。兎に角。
「パーフェクトな女の子が好い」→「現実には存在しない」→「二次元・脳内」
こいつを流用させてもらいますと、僕の思考は
「"完全・理論値"が好い」→「現実では誤差がある」→「脳内・自慰」
になるのかな。工学部なのにね。誤差があるから意味があるのにね。意味があると言うか、どうやって誤差を縮めるか・扱うかが求められる所なのに。うーん。
実験・実践になりきれず、机上の理論もロクに立てられず。何なんだろうな。


自分の出来ない事・知らない事に憧れるわけだ。好奇心かね。取りあえず、も少し数学を学びたい。既知のラインでよいから。研究者やマニアになれるほどの根気も発想力も無いから。



ねがてびすと。なのかね。これは造語なのかね。さあ。


終わり。

ハナミズガ

風邪を引いた。

しんどいので要点だけ。


[何か(a)]に対して[思うこと(b)]が出来ない人間は"不能者"だ。aの領域は"全て"。一つのaに対して、bは一つではない。"限らない"とは言わない。一つである訳が無い。「"沢山"という一つ」でもない。「どれが一番強そうなのか」で眼に見えるソレが違うだけでしょ?


"コレは凄い"とか"アレはダメだ"ってのは、「本来」無い。



よくわかんないですか。そうですか。

分からなくても何ら困らないし、結局コレも"一つの考え方"に落ち着いてしまう程度ですし。そこを超えたところが欲しいねぇ。


メンドクサイし、しんどいので終わります。


終わり。

あれー

guess who's back!


ごめんなさい、僕です。おそらく、僕です。結局、僕です。しからずんば、僕です。屋久杉と、僕です。

はいはいもういいかこれ。何の意味も込めて無いし。



いやー、なんだか久しぶり。一週間ぶり位ですか。大して忙しかった訳では無いですが。PCを触ることが少なかったんだ。否、触ってはいたけれど、調べ事とかが多かったんだ。


PHP、面白そう。分かり易そうだし。ウェブブラウザで動くアプリケーションを作るのです。cgiと呼ばれるモノですか。それに向けて、PHPという言語の勉強(?)をそこそこしていました。あんまりしてないか。楽しんでました。C++も不十分なんだけどさ。コンテナとかベクターとか、分かって無いけどさ。C++でも出来るけれど、PHPだとより"楽"に。楽か苦かってのは人によるのだろうけど。
PHPの"お勉強サイト"があまり見当たらない理由がわかったよ。公開されているマニュアルに、知りたい事が詳しく書かれているんだ。マニュアル、量がハンパないけどさ。

HTMLももっと勉強しないとな。最初の課題で作ったページ、HTMLのバージョンの宣言すらしてないのよ。模範とされる書き方では無いな。全く。いやね、好きなように書けばよいのですよ。スパゲッティにしてもよいのですよ。作っているものが自分専用ならね。速さを考えたらまた変わってくるだろうし、ソースの読み易さを考えても変わってくるよ。「どういうのがよいのだろう」ってのは、沢山のソースを見まくるしか無いと思う。キレイにまとまっているのは本当にキレイよ。



文章構造が不可解な感じなのはさ、眠たいからなんだよ。



数学科・関係の人がもしもココを見ていたら聞きたいのですが、どんなソフトを使っているのでしょうか。ちょっとコレでは分かり難いか。
えっと。「Maple」とか「Mathematica」とか「Matlab」とか、数学用ソフトみたいなのがあるじゃないですか。プログラムとかさ、書くじゃない。どんなの使ってるの?こういうのではなく、Pascalで書いてるとか?Perlとか?


取る授業毎に使うソフトウェアを変えるのは止めて欲しいと思ったのです。



CPUの授業の"勉強"も始めないといけないなあ。
あんどおあなんどのあえっくすあんどえっくすおあ、のっと。
復活の呪文では無い。春学期に取っていた、「digital logic」と「assembly language」のコースの応用。つまりは、学んだ回路設計技術とアセンブリ言語でCPUを作れコノヤロウ、ということだと。「回路設計技術」なんて、大袈裟もいいところなんだけれど。楽しかったけれど。


#!/usr/local/bin/php
おまじないです。PHPで書かれた構文が含まれている、.cgiファイルの頭に書きます。「"僕の授業用ページがあるサーバ上で必要な"おまじない」ですので、他のレンタルサーバではどうなのか、とかは知りません。似たり寄ったりだとは思いますが。
これは何か。多分、コンパイラの場所じゃないの?正確にはコンパイラじゃないだろうが。インタープレ何とか。コンパイラが「機械語に翻訳→.objとかが出来る→リンカで繋ぐ→ソフト完成」ってのをするモノで、インター何とかってのが途中をすっ飛ばして実行可能なソフトを生成する賢者の石なわけです。どうもロクに覚えて無いようなので自信はない。



はい、という事で、ためにならない中途半端な話でした。
書こうとしてた事と違うんだけどなぁ。頭から違うんだけどなぁ。別にいいか。


終わり。

すってためてはいて

絶望した。何かさ。だから何にも書く気しないんだろうな。



何でもいいんだけどさ、「痛み」にするか。
僕が「痛み」を持っていて、誰かさんがそれを見つけて「あぁ痛そうだなあ」と思っても、矢張り僕の痛みは僕の痛みでしかなく、誰かさんの痛みと似ていても異なるんだ。近いところまで来られたとしても、近いだけで、遠いんだよ。決して同一にはならんと思うのだよ。
「深い」っての嫌いだけど、敢えて使う。どれだけ深いところに入り込んでみても、「底」が無いわけだからさ、「やっぱり止めよ、帰ろう」になるわけじゃない。それが無責任だとは言えないよ。だって、自分一人でも大変な事なのにさ、他人にかまっている暇なんてあるわけ無いもの。
散々「『共感』なんぞあり得ない」と言ってきてるんだけどさ、なんとかしてそれを探そうとしているんだよね。「底」が無いのならば不可能なのだけれど、だからと言ってそこに「底」の存在を認めたくも無いわけだ。底が無い上での「共感」というヤツを何とかして見つけようとしてるんだけど、矢張りグルグル回っているような気がしてしまう。螺旋階段ならありがたいのだけどさ。あー、pillows。


で、何かをこうして書いて、思考やら感情やらをダラダラと垂れ流してみても、その効果を確かめる事が出来無いんだよ。僕の中にあるものと、読み手が取ったものってのも、矢張り別個のものなんだよ。どっちがいいとか、優れているとかじゃなくてさ、「別の」ものなのだからどうしようもない。
君には君の考え方があるし、僕には僕の考え方があって、例え似ているように見えたとしても、"似ているように見えたモノ"でしかないわけだ。話したら分かるものでも無いし、聞いたら分かるものでも無い。妥協点の一切無い「分かり合える」を探してみても、それが出来ないのが現実。世界は理論で動いてはいないもの。


でもまぁ、これも一つの考え方にしか過ぎないのだけれど。



まぁ、いいんじゃないかな。みんながみんな「完全なる共感」をしていたら、世界が凄くつまらないだろう、とも思うし。


でもまぁ、これも一つの考え方にしか過ぎないのだけれど(二回目)。



理想論者ですか、それとも妄想乙ですか。
妄想で無い事なんて無いじゃないの。そしてそれは妄想ではない。


でもまぁ、(三回目)。



「絶望した」ってのはさぁ、「書いていることが殆んど伝わっていない」と思ったんだよね、今日。でも、これもあくまで僕の主観的意見にしか過ぎないのだけれど。
難しいよね。


「1+1=2」という何の変哲も無い"情報"でさえも、各々の脳ミソに入ったものを取り出してみると、全く別のものなんだ。別に数式にこだわる必要は無いよ。情報は確かに恒久不変かもしれないけどさ、各々が消化した後に出来るものは異なってるんだもの。観測上"明らか"なんだろうけどさ、でも何か哀しいよ。「観測上」ってのの分かり易いであろう例えを考えたけれども、あまり"キレイな話"ではないので止めとくよ。ピンときた?


「絶対的な実在」ってのがハッキリあったらばよいのにね。実世界ってのはメンドクサイよね。


でも(四回目)。



あぁ。終わるか。


終わり。

どんせい

「何故・どうして」ってのは、聞くべきではない。これらの疑問詞を冠した質問にも、答えるべきではない。何故か。(矛盾するのだけれど)


whyに対しての回答として捻り出されるものは、この世界の"暗黙の了解"をベースにしている事でしかない。ユークリッド幾何学の公理のように、「こういう事にしておきましょう」という、"御約束"でしかない。それに依って得られた答えは、果たして"本当の答え"なのだろうか。僕はそうは思わない。


で、その"本当の答え"がどこにあるのかと言えば、そんな事知らない。知るわけが無い。あるのかどうかも定かで無いもの。


「何故・どうして」という質問の中には、御約束の世界の範疇を超えてしまうものが出て来やすいと思うんだ。それが御約束の世界の中で得られた疑問なのにも関わらずね。となると、答えることは出来ないし、御約束世界で生きている以上、質問することもどうかと思う。いや、疑問を持つのは悪いことではないだろうが、それをどうこう考えてみた所で、無駄に時間を使ってしまうのが関の山だ。経験上。



何の事かと言えば「体系の不完全性」でよいのかな。
ゲーテルの所為にしてみたらよいのではないでしょうか。遅かれ早かれ、誰かが発表したんだろうけどさ。



要するに、解脱しなくちゃどうにもならんのかな。

「さあ、しよう」といって出来るものでもなかろうも。


4コマコラで使われるミルコの画像を出してくれても構わんよ。
『お前は何を言っているんだ』とさ。


終わり。