ここに、一人の少女が居た。彼女の相棒である『読書好きのカエル』と共に、少女は漆黒の闇の中を走っていく。

「ここね。」

 呟いてから、彼女は相棒を天高く掲げた。

「いくわよグリム」
『ああ。まかせろ』

 グリムと呼ばれたカエルが本を開く。直後、少女の姿が変わっていく。水色のフワフワなワンピースはエメラルドグリーンへと変わり、少女のプラチナブロンドの髪も、パステルブルーに変わる。
 瞳の色も赤と青のオッドアイへと変わっている。彼女はその容姿のまま、グリムが唱える呪文に合わせて言葉を紡ぎ、大きな魔方陣をその場に出現させた。オッドアイがいやに綺麗に輝く。

「フィーネ(終焉)」

 ポツリと発せられた声。中央に居る彼女とグリムから光があふれて、その光はその場に広がっていき、やがて晴れるころには、その場でうごめき人を襲い続けていた怪物は消え去っていた。

「リデルー!!」

 一仕事終わり、元の姿に戻り、グリムも本を閉じた頃合いに、一人の少女が手を振りながら走ってくるのが見えた。

「アリエル…? どうかしたの? 南の地域に行ったんじゃ…」
「その南が今大変なのよ! 敵の…魔女の軍がそこに集中してるの!」

 それを聞いて彼女──リデルはグリムに魔法陣を用意させた。

「今からテレポートするわ。いきましょう」
「ええ!」

 コクリと、アリエル──人になった人魚姫は相槌をうった。
 それを見たリデル──アリスはフッと数秒だけ微笑んだ。

 童話やおとぎ話に出てくる数々の主人公たちは、色んな災難に悩まされながらも、その心に宿る勇気と希望と愛と思いやりで乗り越えて、その夢を叶えて幸せにたどり着く。それが普通で、普段我々の知る平和てきな『めでたしめでたし』だったりする。
 では、もしかりにその世界とは別次元の似た世界があったとしたら?
 平行世界での数々の主人公たちが、今まだ悪と戦い続けている世界があったとしたら…
 この物語は、そんな数多く存在する、分裂した一つの世界。パラレルワールド、コンバットメルヘンのお話だ。どのパラレルワールドにも、主人公たちがいて、悪がいる。この世界はとくに特例で、今もなお、主人公たちは悪と戦い続けていた。

 ………物理的に。

「サンドリヨン!」

 声を張り上げたのは、血のように赤いフードマントを使い、着地の際に周りの黒い影とも取れる、おぞましい化物を切り裂く可憐なふわりとした茶髪美少女。その薄緑の瞳は強い眼光を放つ。
 彼女の目の前に広がるは炎で焼かれ、ひび割れた地面や崩壊している街…彼女らにとっての戦場だ。彼女たち以外は人は居なく、暴れ回る黒い影のような怪物であふれかえっている。どうやら街の人たち全員避難したらしかった。

「メイジー!」

 先程サンドリヨンと呼ばれた彼女は、ガラスのような透き通ったレイピアを手に構えて走り出した。最中に襲ってくる敵をレイピアで、時にはガラスの靴でなぎ払いつつ、メイジーと呼んだ彼女と合流した。

「敵の軍は、ほぼこっちに回ってきているわ」
「なんですって!」

 メイジーはナイフを何本か取り出し、指の間に持ち、数本を敵に数体に当たらせ倒す。倒した敵は粉々になり消える。まるで魔法のように。

「アリエルは何をやっているの?」
「私達のリーダーを呼びに行ったわ」
「リデルを…?」
「戦場はそこまで酷いってことよ」

 メイジーはギリっと歯ぎしりしつつ、その手で赤いフードマントを広げた。その下には様々なナイフ。彼女はその中でもでかい己より大きい斧を取り出した。

「ここに取り出すは異界と繋がりし斧。魔女がつくりし玩具たちよ…今すぐ消えよ!」

 大きく振りかぶりながらジャンプをし、そのままの勢いで彼女、メイジーは地面ごと敵を薙ぎ払った。衝撃で地面が軽くえぐっているが、ほとんどの化物は消え失せている。しかし…

「チッ…やっぱり隠された核となる召喚水晶を見つけて破壊しないことには…」
「敵はいつまででも湧いて出てくる。だから手こずってたのよ」
「魔女たちめ…!! 一体いつになったらこの戦いは終わるの…!!」
「メルヘン側か魔女側。どちらかが世界を手にするときでしょう」

 彼女らメルヘンチーム…童話の中の主人公たちは、同じくして童話の中の魔女たちと敵対している。彼女たちは一度それぞれの魔女たちによって不幸になった。しかし愛、勇気、希望の光で魔女を撃退し、幸せになった。
 しかしそれはこの世界の物語の終わりではなかった。魔女たちは手を組み、主人公たちに報復を誓う。手始めに彼女たちの“幸福”を壊した。
 死にゆく主人公たちの目の前に現れたのが、“白い魔女”だった。彼女だけは他の魔女たちとは異質で光の魔法だけを操れる。だから今まで幽閉されていたのだというのだ。“危険”だからと。
 彼女は語った。手を組んだ魔女たちの事を。彼女らが世界を壊し、絶望の世界を創造しようとしていると。だから白い魔女は隙を見て逃げ出し、主人公たちを集めて回ったと。そして白い魔女は主人公たちに“力”を分け与えた。
 分け与えた後、白い魔女は永い眠りについてしまった。彼女の願い。それは…

『あなた達の物語(しあわせ)を…救ってほしい…』

 そうすれば魔女たちの力が弱まり、そこを白い魔女が彼女たちを封印すると言う。そうすれば全ての物語は元通りに修復される。そのために白い魔女は眠りにつき、力を蓄えなければいけない。

『また会う日まで…さようなら…コンバットメルヘン達よ…』

 彼女と話したあの日を思い出し、サンドリヨンは目を閉じ、神経を研ぎ澄ました。再び目を開け、彼女はレイピアを構えつつ、湧き出た敵をにらむ。
 今度はサンドリヨンが行動に出た。彼女の範囲で風が唸る。レイピアを2つの指でなぞると、文字が浮き上がって、その文字から魔法陣のようなものが構成された。

「魔女が作りし命を刈り取る人形たちよ。さばきを受けよ」

 頭の上一つにまとめた金髪が煌めき、その水色の瞳が美しく輝く。レイピアを力強く空中で振りかぶった。

「灰になれ!!」

 途端に衝撃が襲ったかと思われた。すると次の瞬間、怪物たちはみるみるうちに灰になり、消えていった。

「水晶をリサーチできるのは…」
「フロッシュだけよ…」

 呆れた様子でそう答えたメイジーに、目を見開いたのはサンドリヨンだ。

「なっ…あの子はまだ…」
「ええ。“眠っている”わ」

 溜息をしつつ、メイジーは片手に大斧、もう片方の手に幾つものナイフを携えて敵へと攻撃を仕掛ける。対するサンドリヨンもレイピアで追撃。

「……いっそ壁に叩き潰せば起きるんじゃ」

 物騒な事を言うメイジーと背中合わせで敵を倒すサンドリヨンが顔をしかめた。

「真顔で物騒なこと言わないでくれる? たしかに彼が一度受けた魔女の呪いを解いたのは、壁に叩きつけた衝撃だったらしいけど、戦闘のさなか、彼が眠ってしまったのは、正しい解除方法でなかったからでしょう?」
「呪いが半分しか解かれてないから、一定時間能力使ったら、眠ってしまうのよね…眠り姫でもあるまいし…」

 そこでメイジーがそう言いながら鼻で笑った。

「当の眠り姫…オーロラは全然眠ってないしね…むしろあの子が寝たほうがいいんじゃないかしら。」
「もう3日も起きっぱなしで敵を殲滅してるらしいわ」

 北の地におもむいた時、噂で聞いたとサンドリヨンは言う。

「徹夜?! バカなのあの子??!」
「さすがは斬り込み隊長よね…疲れ感じないらしいけど」
「テンション灰になって暴れてて気がついてないだけでしょう」
「私もそう思ったわ…」

 ため息をしつつ、あちらこちらを探索しつつ敵を倒していく二人の女性。もちろん探しているのは敵を召喚しているであろう、魔女がつくった魔法具、水晶だ。
 そんな女性たちの目の前に、逃げ遅れた一人の女幼児が。その子めがけて、怪物が襲おうとしている。彼女たちが駆け付けるそれより素早く、敵の魔の手は幼児を切り裂く──…ハズだった。
 歌声が聞こえた気がした。旋風巻き起こる戦いの場に、不釣り合いな歌声が。
 次の瞬間、クマとライオンが出てきて怪物に体当たりし、噛みついて動きを止める。その間に鳥たちが数羽やってきて幼児を避難所へ連れ去っていった。
 唖然と立ち尽くす彼女たちの目の前に現れたのは、雪のように肌が白く、血のように赤い頬と唇をし、黒檀のように真っ黒な髪をした可愛らしい顔立ちの女性。しかしその女性の瞳はゆるぎない決意の情熱に揺らめき、強くきらめいている。

「「白雪!」」
「その名で呼ぶのはやめてって言ったでしょう?」

 振り向かずに強く静かに告げる声。その手に持つは聖剣。さきほどの歌声は彼女のモノだ。彼女は歌で動物たちの力を借りることができる。おまけに剣さばきで彼女の右に出る者はいないとされる。

「そうだったわ。」
「ごめんなさいマルガレータ。」

 三人は並び直して、目の前の怪物を見やった。

「みんな気を付けるんだ! 前方に敵が追加でテレポートしてくるよ!」

 ピョコリと白雪…もとい、マルガレータの背後から出てきたのは、深緑色のワカメのような波立つ短髪、オパールのように光るオレンジ色の瞳を持つ男子。

「でたわ蛙の王子様」
「僕の事そう言わないでってば! 今はフロッシュ!」
「あー、はいはい…で、フロッシュ? 水晶はどこにあるの?」
「……それがさぁ…この街全部にバラまかれててさぁ…とても全部壊せないと…」
「「なんですって?!」」

 戦場は敵が転送されてきたことで一気に不利になった。各自、己の持てるワザでなんとか場を切り抜けてはいるものの、このままでは負けてしまう。どうする? と焦りが見え始めた時、敵が一斉に召喚された。
 もうダメだと誰もが思った。その瞬間だった。

「魔女の配下ども。腐れ外道。聖なる水流にて流れ、消えゆけ」

 大きな大きな津波が敵を襲った。波に飲み込まれた敵は、光を放ちつつ溶けるように消えていく。その大きな魔法を使ったのは、人魚姫の──

「アリエル! アリエルが来てくれた!」
「心強いわ…」
「さすが副隊長ね…光の魔法をあそこまで使えるなんて」
「私もまだまだ負けてられないわ」

 それでも十数万体くらいは居るであろう化け物たちがなおも襲おうとしていた。そこで現れたのは街全土を覆いつくすほどの魔法陣。その中央に、姿を変化し、本を広げて演唱をサポートするカエル。
 その近くに、魔法を素早く発動した少女…リデルが居た。

「ロヴィーナ(滅亡)」

 その凄まじい力は光となって周りに拡散し、すべての敵と水晶を殲滅したのだった。

「アリス…いえ、リデル…」
「さすが私たちのリーダー…」
「光の魔法にもっとも馴染んだ子…あんな巨大な光魔法どうやっても私じゃ扱えないわ…」
「一瞬であんなにいた敵を…薙ぎ払っちゃったよ…」

 華麗に戦場に下り立った、可憐な少女アリスことリデルは、仕事が終わると同時にその場に気絶したのだった。
 仲間たちは、また限界を超えて戦い続けた代償だと、苦笑しつつ基地へと帰っていく。明日は、もう一人無理をしているであろうオーロラ姫と、ハンス─ヘンゼルとグレーテ…─グレーテルの元へと手伝いしに行く。

「ご苦労様リデル」
「お疲れ様」
「ええ。シンデレラと赤ずきんもご苦労様」
「こーらリデル? その名は戦争が終わった後で使うって言ったでしょう?」
「ああ…シンデレラは今はサンドリヨンで、赤ずきんはメイジーだったかしら?」

 小首を傾げながら聞いてくる少女を見て、二人は溜息をした。

「ホント…この子がリーダーで、私たちの中で白い魔女と同等の力を得るなんて…」
「誰が思うんでしょうね?」
「でも、休息の時くらいは、遊んだっていいのよアリス?」
「そうね。休息の時くらいは私たちの元の名前で呼んでもいいわよね! シンデレラ!」
「そうね赤ずきん!」
「あら、私も入れてよね」
「白雪姫!」
「なになにー? 楽しくて美味しそうなお茶会? 僕もいれてー!」
「蛙の王子まで…」

 彼女たちと蛙の王子に挟まれて、つかの間の休息にお茶会をするアリスは…笑顔だった。相方のカエル、グリムもゆったりと紅茶を楽しんでいる。
 彼女たちの戦いはまだまだ続く。
 そして最後は必ず最高のハッピーなエンドで締めくくられるのだろう。
 希望を消さずに彼らは、前を見据えて今日も戦うのだ。光ある未来のために。

 終わり
 

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いつも尊敬してやまないTo-ka(←クリックでプロフへ飛びますので是非!)さんの絵と失礼ながらコラボさせていただきました!

第二弾です!めっちゃ素敵な絵で、こっちが書く時、恐縮してしまいました(笑)
初めて見た時からずっと気になってた絵で、うずうずはしてました。でも手は出さないでおこうと思ってたんですが…

メディア欄で気に入ったものを利用してお話を書いても良いとご本人が言っていたのでコラボしちゃいました!

いつか続編を書く気ではある、このシリーズのアリスにぴったりだなぁと感じたので、もう私のセンスで書いてしまいましたね!

久々にめちゃくちゃ楽しんで書いたお話でした!(*´艸`*)

To-kaさん素敵な企画をありがとうございました!!