ワキとは、脇役ではなく、「横(の部分)」をさし、
「分ける」とか「分からせる」という意味なのだとこの本で知った。
ワキから見る能世界 (生活人新書)/安田 登

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能では、シテの家、ワキの家が分かれている。
完全分業制なのだが、それぞれ奥が深く、習得するまでに長い歳月を要するので、
どれもこれもということにはならないのだろう。
現在能と夢幻能があるが、
夢幻能の時に、この世とあの世(という言い方が正しいかは良く分からないが)
をつなぐのもワキの役割だという。
異界と出会うワキの役割について、いろんな見方をしているのが本である。
面白いとおもったのは、日本の贖罪方法の話。
「はらい」と「こもり」があったそうだ。
はらい、の例は島流し など外向的な罰
こもり、は投獄 など 内向的な罰
そういえば、光源氏もはらいの期間があった。
日本の贖罪には2つの方法があったのに、
「こもり」しかなくなっているのは、歴史的には異常らしい。
そして、日本人はリセットの民族であったと。
「水に流す」「禊が終わった」(最近は政治家しか使わないが・・・)
漂泊して、自らの穢れを払ってしまえば新しい人生を生きなおせる、
という思想があったらしい。
「今までの○○が台無しになってしまうから、意地でもしがみついて」
とやっているから、窮屈になっているのだ、と。
ちょっと共感。
そして、リセットに必要なのは、「思いなす」=決断 すること。
自分の現状をしっかりと受け止めて、新しい世界で生き直す事。
最後に「思い切る」こと。
この現代において、新たに生き直すために必要なのは、
自分を「無用」だと思いなす力であり、過去の自分を「思い切る」という力である
とあった。
能の演目は、人間の性を描いているものが多いという。
そこに残された日本人の息づかいから、発見されることは少なくない、
のかもしれない。