昨日はアメリカの独立記念日だったので、4月26に書いた古代ギリシャの四つの精神について書いたもののうちの一つである「独立の精神」のついて更に考えていきたい。


おそらくこの「独立の精神」のテーマで一番重要なのがマラトン(Marathon)の戦いでしょう。現代人も知ってるあの長距離レースのマラソン(Marathon)ももとはこれからきてます。

ギリシャ人というのは古代けっこうあちこちに移動していて、行った先々で自分達の都市国家を作る癖があった。なので、現トルコ西海岸にはギリシャ人の、とくに直接民主制による都市国家がたくさんあった。(ちなみに直接民主制というのは市民全員が直接政治に参加するシステム、現在われわれが使っているシステムは代表民主制で、われわれの選んだ代表が代わりに政治に参加するシステム。)

これらたくさんのギリシャ人都市国家群を古代最強・最大の帝国であったペルシャがを征服した。でも征服したからにはあたらしくそれらの都市を支配する人が必要だった。ペルシャは巨大帝国で直接民主なんて出来ない。なんせ首都は現イランにあるんだから。

そこでペルシャの大王は諸都市国家のそれぞれの統治者を現地人から選んだ。たいていこのような場合、選ばれるのはろくでもないおべっかつかいばかりなので、現地人支配者たちはおおむね独裁制の圧制をしいた。

当然ながら直接民主制になれていたギリシャ人はそれに不満を抱き反乱し、現地人支配者たちを殺すか追放した。しかも反乱したギリシャ人たちはこれみよがしに直接民主制を再採用。ただ問題は巨大帝国に反旗を翻すわけだから助っ人がどうしても必要。そこで反乱者たちは同じイオニア系ギリシャ人であり、しかも直接民主制の創始者たるアテネ人(とエレトリア人)に助けを求めたわけだ。

反乱を起こした諸都市国家は最終的にはアテネ・エレトリアの援助もむなしくペルシャ軍に叩きのめされ、ペルシャの統治下に戻った。ただペルシャのダリウス大王は反乱を平定したものの、反乱軍を援助したアテネとエレトリアは許せなかったので、アテネとエレトリアを潰しそうと思った。

でもよく考えると、たとえアテネとエレトリアを潰しても、その後また反乱するかもしれないギリシャ人を今度は違うギリシャの都市国家が援助するかもしれない。そんだったらギリシャ本土の全ての都市国家を征服しちゃえとダリウス大王は思ったわけだ。そうすれば反乱を援助できる国もなくなるし、反乱者も援助の期待がなくなるのでおとなしくなるだろう、と。

ダリウス大王はペルシャの総軍、10万とも20万とも言われる大軍、を率いてギリシャ本土を征服し始めます。

最初の内はペルシャ軍の思い通りに進み、ギリシャ北部のトラキア地方と北西部のマケドニア王国を服属させたあと、ほぼ全てのギリシャ本土の都市国家から屈服するとの約束を得た。ただしアテネとスパルタのみがダリウス大王の使者を斬り捨てて徹底抗戦の意を表明する。そこでまずは地理的に近い方のアテネに迫った。

迫りくる敵にたいしてアテネも他のギリシャ諸都市国家に連絡をとるが、助けてくれるのは弱小国のプラテイアのみ。他の国々はすでに服属の意を表明しており、頼みのスパルタにいたってはお祭りの最中だから10日間は兵を出せないと言う。

というわけで、9千のアテネ兵と1千のプラテイア兵が巨大なペルシャ軍に立ち向かう。アテネから41キロ東、山一つ超えたところにあるマラトン海岸にて両軍は5日間対峙する。戦場にはアテネ・プラテイア軍の倍以上も敵がいる(2万5千くらいか?)、しかもペルシャ軍は海軍が援兵と物資を連れてくればさらに巨大になる。でもギリシャのほかの国々はもう助けてくれない。待てば待つほどペルシャ軍に有利になる。ならばと、紀元前490年の夏、フル装備で約30キロの装甲をつけたアテネ軍兵士たちは敵の矢の降る中ペルシャ軍に向かって1.5キロ走り、奇跡的にアテネ軍はペルシャ軍に大勝する。いまだに勝因は完全に解明されていない奇跡だった。

最後にこの勝利をアテネ本国に伝えるため、伝令がマラトンからアテネまで休み無く走り通して、ついたとき、「我々が勝った」と言い残して力尽きたという伝説が現在のマラソンの起源です。なので現在のマラソンは42キロです。(昔距離を計った人がちょっと間違えたんでしょうかね。)

と、これが欧米の高校・大学で昔は(所によっては今でも)一般的に教えていた有名な話なんです。


問題は「なぜこの話なんでしょう?」ということ。アメリカ人としては当然ながら独立の話をしたいのなら自分達の独立戦争の話だけ教えればよいのに、とも思う。でもこの2500年前の話には今でも語り告がれる理由があると思う。

まず一つはこの話によって「独立の精神」はずっと変わらないと言うことを教えることが出来る。自分達の歴史だけ教えていたのではどうしても自己中心的になって独善的になりやすい。自分の国はぜったい独立したい、でも他の国は別に属国にしてもかまわんだろうとか、あそこの国の人は圧制が好きなんだから、独裁者がいてもかまわんだろうと思うようでは困る。やはり場所と時間を問わず、人はみんな「独立」と言うものを欲しがるとちゃんと教えたほうがいい。現在のアメリカがますます国際政治で独善的になっているのは単に軍事力と経済力で1位だから、だけではなくてこの古典的教養が薄れてきているからだとも思う。

つぎにミソとしてはこの奇跡の勝利は民主制のアテネが君主独裁のペルシャに対して勝ったからだと思う。政治システムとして民主制が良いと教えたい場合この事例は意気を高揚させる。なので政治の精神ともつながっていますね。

最後に精神性をも注目すべきでしょう。負けると解っていても独立のためなら命を懸けるべし。と、そう教える話です。なにせことの発端は独立を求めて反乱した他国を助けようとしとところから来ている。そして彼らもおそらく負けると思ってたかもしれないが、それに懸けた。残念ながら現トルコ西海岸の都市国家群は負けたけどアテネは勝った。そしてこのあと続くペルシャ戦役では最終的にペルシャは負け、これらの都市国家群も自治権を得るのだから。

今回はここまで、次回はなぜテルモポライの戦いが教育の場ではマイナーな扱いを受けるのかをちょっと考えてみたい。