あれ?ここは…ソファー?まぁいいや、手探りでタバコを手に取り火をつける。ぷはぁ~。あぁ、台所がうるさいなぁ。おはようございますってなんだよもう。って!?
「おっおはよう!小夜ちゃん!」
大急ぎで目を開けてみれば台所でレタス片手にした小夜ちゃんが驚いた顔をしてる。そりゃ俺も驚いて大声で朝の挨拶をしたからなぁ。寝起きのグダグダした奴からいきなり生きのいい挨拶が返ってくるとは思いもしなかったんだろうな。もちろん俺も思わないけど。
「大声出してごめん、今起きたよ」
頷いて、レタスを千切る作業に戻る小夜ちゃん。さぁて、これを吸い終わったら顔を洗ってこようかな。
昨日の夜、寝る前にちょっとした言い合いになった。いや、言い合いにはなってなかったけど、それは家事の分担について。朝の起きる時間とかお互いの生活リズムを確認した後、それぞれが何をするか俺が話をした。まぁ今まで俺は1人でやってた事のどれを小夜ちゃんに譲るかって事になるんだけど、基本的に小夜ちゃんが起きる時間が早い。学校までの時間を考えれば8時に家を出れば間に合うのだが、以前から6時に起きる習慣があるそうで、朝ごはんは小夜ちゃんに作ってもらう事にした。そして晩ごはんについて。ある程度は作れるとの事らしいので、交代制にする。ただ、俺が仕事などで遅くなったときは、どこかの日付と入れ替えをする。もちろん洗い物は俺がする。洗濯についても交代制。掃除は平日もちょこちょこお互いがやって、週末で一緒にやる。ゴミは集めるのは小夜ちゃんで、出しに行くのは俺。
まぁ、抜けてる部分もあるかもしれないけど、簡単に決めてみた。んで、どう?って確認を取ると、小夜ちゃんは全否定、小夜ちゃんは全部やるって言い張る。もうそこからが大変、何を言っても、どんな提案をしても妥協点にならないのか無言のまま首を縦に振らない。さすがに俺も疲れてきて結局小夜ちゃんの案で通ってしまった。ただし、小夜ちゃんが全部をやってるとしんどいし、やりたくない時もあるだろうから、無理してやらずにいつでもサボってくれってお願いはする。この子の頑固は筋金入りだ。
コーヒーの香りがしてきたのでさっさと支度をしてテーブルに座る。
「いっただっきまーす」
熱いコーヒーが喉元を過ぎていく。あぁ生き返るなぁ。パンをかじると小夜ちゃんに聞かれる。
「挨拶、大家さんにはいいんですか?」
「?」
大家さんって誰…。あぁ、地主の爺さんか。あの人はたぶん、
「爺さんなら大丈夫だよ。課長が話をする筈だから。もともと忙しい人で必要なら向こうから連絡があるからね。いい年して元気すぎるんだよあの爺さん。大体いつも日本にいないし。あっこのオムレツおいしい。卵は一緒だよね?」
「うん、牛乳を少し。生クリームがなかったから」
「へぇー、まろやかになるねぇ」
ある程度って言ってたのに本当は料理が上手いんじゃない?
「そういえば、学校なんだけどね」
紅茶を飲む手を休めて、こちらを見る。
「今日、転校届けを出しに行こう。俺、明日から仕事だから1人で家に居ても暇でしょ?だから学校は明日からにしない?」
少し考えて頷く小夜ちゃん。んじゃ、夕方に学校へ行こうか。後で電話を入れよう。
そうこうしてる内に食事も終わり、小夜ちゃんが洗い物をしてる時にインターフォンが鳴った。モニターを見ると早苗さんだ。っと太一君?
「おはよう!」
「おはようございます」
玄関を開けに行き家に招き入れる。
「おはようございます。わざわざすみません。っと太一君までどうしたんですか?」
一旦、リビングのソファーに座ってもらう。ちょっと前まで俺がそこで寝てたけどね。
「ええ、親父が男手ひとつじゃ何かと不便だろうからお前も行って来いって」
「それは非常に有難いんだけど、学校はよかったの?今日もあるんでしょ?」
「はい。そう言われたら、何も皆勤賞を取るだけが人生じゃねぇって伝えろって」
微笑ながらそう答える。それはそうだと思うけど、先読みされてる課長に腹が立つ。あの人は一本取った気でいるんだろうな。ぜ、全然悔しくなんかないんだからねっ!
小夜ちゃんがお茶を入れた様子で、湯のみ3つをリビングのテーブルに置く。おいおい、躾が出来すぎでしょ。2人はありがとうって受けってるけど。って、そう言えば
「あれ?家にお茶ってあったっけ?買った覚えがないけど…」
「持ってきました、急須と。湯飲みはあったのでよかったけど」
なぜ?確か前に何かのときに湯飲みは貰ったような覚えはある。わざわざ家から持ってきたのか…、なぜ?まぁ結果的にはよかったんだけどさ。まぁいいか、お茶を頂こう。
「小夜ちゃん、お茶を入れるの上手ねぇ。おいしいわ、ありがと」
うん、早苗さんの言うとおり、渋くもなく甘すぎるわけでもないし、それに何より香りがいい。お茶って温度管理が難しかった覚えがある。なんとなくお茶は敬遠してたんだけど、ってそれはどの飲み物でも一緒か。こういうのはやらず嫌いって言うのか?
「じゃあ、早速はじめましょうか。まずは小夜ちゃんの部屋を空っぽにしましょ。それから色々買い物に行って、その間にロクちゃんは自分の部屋を片付ける。っでOK?」
「問題ないです。ただ、小夜ちゃんの学校なんですが、今日の夕方に転入届を出しに行こうと思ってます。小夜ちゃんは明日から通えるように」
「あら、明日からにしたの?」
「はい、どうせ俺も明日から仕事ですから、一日家に居ても暇でしょうし」
早苗さんは少し考えた様子だったけど、
「そうね、やる事ないなら家に来てもらってもよかったんだけど、それが良いわね。それじゃ今日中になんとか形にしないと。じゃ始めましょ」
各々が頷き、早速家の片づけが始まった。
まずは小夜ちゃんの部屋にあった机や本棚などを中身を出して、太一君と運ぶ。もともとこの家に引っ越した当時は俺も社会人1年生で、そうたいした荷物もなく、ほぼ裸一貫で移り住んできた。そこから約5年住んでいるが荷物も大して増えたような感じはしないなぁ、本が増えたぐらいだね。引っ越してきた当時もこうやって早苗さんに手伝ってもらったっけ。
当時俺は大学を卒業するにあたり、就職活動を密かにしていた。まぁ一度は大学院に行ってもいいかなぁなんておぼろげに考えていたけど、どうせ1人で生活してるんだから就職して無難に生きていこうなんて思ってたんだ。そして数打ちゃ当たるもんで、何社か内定を取り付け、さぁどれにしようかななんて選んだときに爺さんが俺が就職活動をしている事を耳にする。突然呼び出しをくらい、3時間程説教。その説教の内容もひどいもので、お前は何を勝手にしているんだとか、一言ぐらい声をかけろだの、どこの馬の骨ともわからん会社にお前はやれんだの、訳のわからない内容で言い返すと長くなる人なので黙って怒られていると何故か今の会社に就職する事になっていた。いやまぁ、説教の最中に半分寝てた俺も悪いんだけどさ。その時にこの家へ引っ越すことも決まったらしい。んで、就職先の会社は元々爺さんが始めた会社の子会社で子供が、課長の親父さんが取り仕切っていた。当時は課長も成り立てで、俺は右も左も判らないだろうからまずは課長のサポートと言う事で入社する事になる。まーあの課長の人使いの荒さは酷いのなんのって、3年前からは大分よくなったけどさ。
んな回想を織り交ぜながら荷物を運び、運んだ荷物を整理する。意外にも太一君の力があってびっくりした。細い華奢な体つきのどこからその力はやってくるのか。でもまぁ、そのおかげで大きい物はすぐに運び終わり、細々した物を元に戻すだけになった。どうやら俺のほうは早く済みそうだ。
「あらかた終わったわね。まだ11時ねぇ、ロクちゃんどうする?」
「どうしましょうか。ちょっと早いですがお昼に出ます?」
「そうねぇ、ならその後に買い物へ行きましょ」
と言う事で、近くの洋食屋へ。この洋食屋がまた旨い。全体的にすばらしいのだが、特にハヤシライスにかけては世界でNO.1を謳ってもどこからも文句は出ないだろう。でも実力の割に店構えが控えめすぎて住所を頼りにここまで来ても多分見つからないのではないだろうか。建屋と建屋の細い隙間を入って四方を建物に囲まれ、隠れ家的演出をするのはいいけど、本当に隠れてどうするんだか。まぁでも近くの奥様方の秘密基地になってるから客には困らないんだろうけど。
「小夜ちゃんは何にする?」
一通りメニューを眺め、これって呟きながら指をさす。ハヤシライス。お目が高い。2人も決まったようで、店員さんを呼ぶ。すいませーん。
「おまたせしました」
いえいえ、全然待ってませんよ。
早苗さんと小夜ちゃんがハヤシライス。太一君がインディアンハンバーグ。んで俺は、
「ハンバーグをケチャップで」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
と丁寧にお辞儀をして席を離れていく店員さん。ここのケチャップは絶品で、もちろん既製品などを使わず自家製のケチャップを作っている。実はこの店、ケチャップ愛好家の間で大変有名な店でメニューにはないが、ケチャップを買って帰る人がいる程ケチャッパーの舌を唸らせている。もちろん俺もケチャッパー。けどマヨラーは敵じゃないよ、親戚みたいな物だよ。
しばらくすると注文の品が順々に届けられる。いただきまーす。まずはハヤシライスを食べる小夜ちゃんのリアクションを待つ。一口食べた後、目が開いて「おいしい…」って。よかった、よかった。すると早苗さんが、
「ここのハヤシは醤油がいいからねぇー」
醤油?ハヤシライスに醤油?ん?隣でへぇ~って感心してまた一口、何度か頷いてなんか納得してる。ハヤシライスって醤油を使うの??ねぇ、誰か教えて。まぁいいや、ハンバーグを頂きましょう。うめぇ!ケチャップうめぇ!!
涙を流すほどの感動に打ちひしがれ、食べ終わった皿に後ろ髪を引かれながらさよならを告げる。ごちそうさま。さらばケチャップよ、また会えるのを楽しみにしているぞ。ケチャップを買って帰ろうか本気で悩んだが、今はその時で無いとお告げを受けたので今回は諦めた。
コーヒーを飲みながらお腹を落ち着ける。小夜ちゃんは紅茶だった。この子は紅茶がすきなのかなぁ。後で聞こっと。
「ところでロクさん、車は買い替えたの?」
太一君が思い出したかのように聞いてきた。そう言えばちょっと前に太一君と出かけた時、車を買い替える的な話をしてたなぁ。
「実はまだなんだ。正直何を買っていいかわからないし、まだ動くからね。でもまぁ小夜ちゃんがいるし本格的に探さないと、とは思ってるけど」
「早いほうがいいと思うよ。さすがにあそこまで乗ってあげれば車冥利に尽きると思うし、そのうち出先で止まっちゃったら洒落にならないから。もし良かったらいくつか選んでもいい?」
「うん、お願いしようかな」
課長が車好きで、短い周期で車を買い替える人なんだけど、その影響か太一君も車好きになってた。ただ、課長はスポーツタイプを好むのに対し太一君は一般車が好みとその全てを受け継いでいるわけではないらしい。まぁ性格が出てるんだと思うけどさ。課長が選んだ車なら中身を聞かずに却下するけど、太一君が選ぶなら間違いが無いだろう。色々な物をトータル的に考えてくれるだろうからね。
さて、飲み物も無くなった事だし、動き出すとするか。まずは早苗さんと会計戦争を始めるとしよう。まずは先手、さぁ、行きましょうか。の掛け声と共に伝票を無事に入手する。
「いいわよロクちゃん、ここは私が」
ここでの長期戦は避けたいところ。一気に行って勝ちを収めよう。
「いえ、わざわざ手伝いに来てくれてるんですから、これぐらいはさせて下さい。いつも世話になりっぱなしですし、それに昨日もお邪魔したばかりじゃないですか」
さぁ、引き下がってください。
「だーめ。ロクちゃんに色々してあげても足りないんだから。お姉さんの言う事を聞きなさい」
ちっ、食いつくんですか。決定的な何かを…。
「いえいえ、駄目ですって。それじゃ俺の気が済みません。これからも世話になるつもりですからここは出しますって」
さぁ、どうだ、まだ足りないか…
「今更なに言ってるの。いいからそれを頂戴」
やっぱり弱いか、こうなったら奥の手だ。
「いつもは俺ですけど、今日は小夜ちゃんの為なんですからここは払わせてください。こうみえても父親なんですよ。形だけでも格好をつけさせて下さいよ」
これで打ち止め。返されたら負ける…
「うーん、しょうがないわね。じゃあご馳走様。ロクちゃんも男になったのね」
「いえいえ、まだまだですよ」
よしっ!取った!!かなりぎりぎりだったけど、なんとか勝ちは収められたな。さすが早苗さん、しぶとかった。次があったら間違いなく負けるな。横を見れば太一君は苦笑いを浮かべてる。とりあえず小夜ちゃんに親指を立てて勝利の合図をしておく。小夜ちゃんは呆れた顔をしてるように見えるけど。
「おっおはよう!小夜ちゃん!」
大急ぎで目を開けてみれば台所でレタス片手にした小夜ちゃんが驚いた顔をしてる。そりゃ俺も驚いて大声で朝の挨拶をしたからなぁ。寝起きのグダグダした奴からいきなり生きのいい挨拶が返ってくるとは思いもしなかったんだろうな。もちろん俺も思わないけど。
「大声出してごめん、今起きたよ」
頷いて、レタスを千切る作業に戻る小夜ちゃん。さぁて、これを吸い終わったら顔を洗ってこようかな。
昨日の夜、寝る前にちょっとした言い合いになった。いや、言い合いにはなってなかったけど、それは家事の分担について。朝の起きる時間とかお互いの生活リズムを確認した後、それぞれが何をするか俺が話をした。まぁ今まで俺は1人でやってた事のどれを小夜ちゃんに譲るかって事になるんだけど、基本的に小夜ちゃんが起きる時間が早い。学校までの時間を考えれば8時に家を出れば間に合うのだが、以前から6時に起きる習慣があるそうで、朝ごはんは小夜ちゃんに作ってもらう事にした。そして晩ごはんについて。ある程度は作れるとの事らしいので、交代制にする。ただ、俺が仕事などで遅くなったときは、どこかの日付と入れ替えをする。もちろん洗い物は俺がする。洗濯についても交代制。掃除は平日もちょこちょこお互いがやって、週末で一緒にやる。ゴミは集めるのは小夜ちゃんで、出しに行くのは俺。
まぁ、抜けてる部分もあるかもしれないけど、簡単に決めてみた。んで、どう?って確認を取ると、小夜ちゃんは全否定、小夜ちゃんは全部やるって言い張る。もうそこからが大変、何を言っても、どんな提案をしても妥協点にならないのか無言のまま首を縦に振らない。さすがに俺も疲れてきて結局小夜ちゃんの案で通ってしまった。ただし、小夜ちゃんが全部をやってるとしんどいし、やりたくない時もあるだろうから、無理してやらずにいつでもサボってくれってお願いはする。この子の頑固は筋金入りだ。
コーヒーの香りがしてきたのでさっさと支度をしてテーブルに座る。
「いっただっきまーす」
熱いコーヒーが喉元を過ぎていく。あぁ生き返るなぁ。パンをかじると小夜ちゃんに聞かれる。
「挨拶、大家さんにはいいんですか?」
「?」
大家さんって誰…。あぁ、地主の爺さんか。あの人はたぶん、
「爺さんなら大丈夫だよ。課長が話をする筈だから。もともと忙しい人で必要なら向こうから連絡があるからね。いい年して元気すぎるんだよあの爺さん。大体いつも日本にいないし。あっこのオムレツおいしい。卵は一緒だよね?」
「うん、牛乳を少し。生クリームがなかったから」
「へぇー、まろやかになるねぇ」
ある程度って言ってたのに本当は料理が上手いんじゃない?
「そういえば、学校なんだけどね」
紅茶を飲む手を休めて、こちらを見る。
「今日、転校届けを出しに行こう。俺、明日から仕事だから1人で家に居ても暇でしょ?だから学校は明日からにしない?」
少し考えて頷く小夜ちゃん。んじゃ、夕方に学校へ行こうか。後で電話を入れよう。
そうこうしてる内に食事も終わり、小夜ちゃんが洗い物をしてる時にインターフォンが鳴った。モニターを見ると早苗さんだ。っと太一君?
「おはよう!」
「おはようございます」
玄関を開けに行き家に招き入れる。
「おはようございます。わざわざすみません。っと太一君までどうしたんですか?」
一旦、リビングのソファーに座ってもらう。ちょっと前まで俺がそこで寝てたけどね。
「ええ、親父が男手ひとつじゃ何かと不便だろうからお前も行って来いって」
「それは非常に有難いんだけど、学校はよかったの?今日もあるんでしょ?」
「はい。そう言われたら、何も皆勤賞を取るだけが人生じゃねぇって伝えろって」
微笑ながらそう答える。それはそうだと思うけど、先読みされてる課長に腹が立つ。あの人は一本取った気でいるんだろうな。ぜ、全然悔しくなんかないんだからねっ!
小夜ちゃんがお茶を入れた様子で、湯のみ3つをリビングのテーブルに置く。おいおい、躾が出来すぎでしょ。2人はありがとうって受けってるけど。って、そう言えば
「あれ?家にお茶ってあったっけ?買った覚えがないけど…」
「持ってきました、急須と。湯飲みはあったのでよかったけど」
なぜ?確か前に何かのときに湯飲みは貰ったような覚えはある。わざわざ家から持ってきたのか…、なぜ?まぁ結果的にはよかったんだけどさ。まぁいいか、お茶を頂こう。
「小夜ちゃん、お茶を入れるの上手ねぇ。おいしいわ、ありがと」
うん、早苗さんの言うとおり、渋くもなく甘すぎるわけでもないし、それに何より香りがいい。お茶って温度管理が難しかった覚えがある。なんとなくお茶は敬遠してたんだけど、ってそれはどの飲み物でも一緒か。こういうのはやらず嫌いって言うのか?
「じゃあ、早速はじめましょうか。まずは小夜ちゃんの部屋を空っぽにしましょ。それから色々買い物に行って、その間にロクちゃんは自分の部屋を片付ける。っでOK?」
「問題ないです。ただ、小夜ちゃんの学校なんですが、今日の夕方に転入届を出しに行こうと思ってます。小夜ちゃんは明日から通えるように」
「あら、明日からにしたの?」
「はい、どうせ俺も明日から仕事ですから、一日家に居ても暇でしょうし」
早苗さんは少し考えた様子だったけど、
「そうね、やる事ないなら家に来てもらってもよかったんだけど、それが良いわね。それじゃ今日中になんとか形にしないと。じゃ始めましょ」
各々が頷き、早速家の片づけが始まった。
まずは小夜ちゃんの部屋にあった机や本棚などを中身を出して、太一君と運ぶ。もともとこの家に引っ越した当時は俺も社会人1年生で、そうたいした荷物もなく、ほぼ裸一貫で移り住んできた。そこから約5年住んでいるが荷物も大して増えたような感じはしないなぁ、本が増えたぐらいだね。引っ越してきた当時もこうやって早苗さんに手伝ってもらったっけ。
当時俺は大学を卒業するにあたり、就職活動を密かにしていた。まぁ一度は大学院に行ってもいいかなぁなんておぼろげに考えていたけど、どうせ1人で生活してるんだから就職して無難に生きていこうなんて思ってたんだ。そして数打ちゃ当たるもんで、何社か内定を取り付け、さぁどれにしようかななんて選んだときに爺さんが俺が就職活動をしている事を耳にする。突然呼び出しをくらい、3時間程説教。その説教の内容もひどいもので、お前は何を勝手にしているんだとか、一言ぐらい声をかけろだの、どこの馬の骨ともわからん会社にお前はやれんだの、訳のわからない内容で言い返すと長くなる人なので黙って怒られていると何故か今の会社に就職する事になっていた。いやまぁ、説教の最中に半分寝てた俺も悪いんだけどさ。その時にこの家へ引っ越すことも決まったらしい。んで、就職先の会社は元々爺さんが始めた会社の子会社で子供が、課長の親父さんが取り仕切っていた。当時は課長も成り立てで、俺は右も左も判らないだろうからまずは課長のサポートと言う事で入社する事になる。まーあの課長の人使いの荒さは酷いのなんのって、3年前からは大分よくなったけどさ。
んな回想を織り交ぜながら荷物を運び、運んだ荷物を整理する。意外にも太一君の力があってびっくりした。細い華奢な体つきのどこからその力はやってくるのか。でもまぁ、そのおかげで大きい物はすぐに運び終わり、細々した物を元に戻すだけになった。どうやら俺のほうは早く済みそうだ。
「あらかた終わったわね。まだ11時ねぇ、ロクちゃんどうする?」
「どうしましょうか。ちょっと早いですがお昼に出ます?」
「そうねぇ、ならその後に買い物へ行きましょ」
と言う事で、近くの洋食屋へ。この洋食屋がまた旨い。全体的にすばらしいのだが、特にハヤシライスにかけては世界でNO.1を謳ってもどこからも文句は出ないだろう。でも実力の割に店構えが控えめすぎて住所を頼りにここまで来ても多分見つからないのではないだろうか。建屋と建屋の細い隙間を入って四方を建物に囲まれ、隠れ家的演出をするのはいいけど、本当に隠れてどうするんだか。まぁでも近くの奥様方の秘密基地になってるから客には困らないんだろうけど。
「小夜ちゃんは何にする?」
一通りメニューを眺め、これって呟きながら指をさす。ハヤシライス。お目が高い。2人も決まったようで、店員さんを呼ぶ。すいませーん。
「おまたせしました」
いえいえ、全然待ってませんよ。
早苗さんと小夜ちゃんがハヤシライス。太一君がインディアンハンバーグ。んで俺は、
「ハンバーグをケチャップで」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
と丁寧にお辞儀をして席を離れていく店員さん。ここのケチャップは絶品で、もちろん既製品などを使わず自家製のケチャップを作っている。実はこの店、ケチャップ愛好家の間で大変有名な店でメニューにはないが、ケチャップを買って帰る人がいる程ケチャッパーの舌を唸らせている。もちろん俺もケチャッパー。けどマヨラーは敵じゃないよ、親戚みたいな物だよ。
しばらくすると注文の品が順々に届けられる。いただきまーす。まずはハヤシライスを食べる小夜ちゃんのリアクションを待つ。一口食べた後、目が開いて「おいしい…」って。よかった、よかった。すると早苗さんが、
「ここのハヤシは醤油がいいからねぇー」
醤油?ハヤシライスに醤油?ん?隣でへぇ~って感心してまた一口、何度か頷いてなんか納得してる。ハヤシライスって醤油を使うの??ねぇ、誰か教えて。まぁいいや、ハンバーグを頂きましょう。うめぇ!ケチャップうめぇ!!
涙を流すほどの感動に打ちひしがれ、食べ終わった皿に後ろ髪を引かれながらさよならを告げる。ごちそうさま。さらばケチャップよ、また会えるのを楽しみにしているぞ。ケチャップを買って帰ろうか本気で悩んだが、今はその時で無いとお告げを受けたので今回は諦めた。
コーヒーを飲みながらお腹を落ち着ける。小夜ちゃんは紅茶だった。この子は紅茶がすきなのかなぁ。後で聞こっと。
「ところでロクさん、車は買い替えたの?」
太一君が思い出したかのように聞いてきた。そう言えばちょっと前に太一君と出かけた時、車を買い替える的な話をしてたなぁ。
「実はまだなんだ。正直何を買っていいかわからないし、まだ動くからね。でもまぁ小夜ちゃんがいるし本格的に探さないと、とは思ってるけど」
「早いほうがいいと思うよ。さすがにあそこまで乗ってあげれば車冥利に尽きると思うし、そのうち出先で止まっちゃったら洒落にならないから。もし良かったらいくつか選んでもいい?」
「うん、お願いしようかな」
課長が車好きで、短い周期で車を買い替える人なんだけど、その影響か太一君も車好きになってた。ただ、課長はスポーツタイプを好むのに対し太一君は一般車が好みとその全てを受け継いでいるわけではないらしい。まぁ性格が出てるんだと思うけどさ。課長が選んだ車なら中身を聞かずに却下するけど、太一君が選ぶなら間違いが無いだろう。色々な物をトータル的に考えてくれるだろうからね。
さて、飲み物も無くなった事だし、動き出すとするか。まずは早苗さんと会計戦争を始めるとしよう。まずは先手、さぁ、行きましょうか。の掛け声と共に伝票を無事に入手する。
「いいわよロクちゃん、ここは私が」
ここでの長期戦は避けたいところ。一気に行って勝ちを収めよう。
「いえ、わざわざ手伝いに来てくれてるんですから、これぐらいはさせて下さい。いつも世話になりっぱなしですし、それに昨日もお邪魔したばかりじゃないですか」
さぁ、引き下がってください。
「だーめ。ロクちゃんに色々してあげても足りないんだから。お姉さんの言う事を聞きなさい」
ちっ、食いつくんですか。決定的な何かを…。
「いえいえ、駄目ですって。それじゃ俺の気が済みません。これからも世話になるつもりですからここは出しますって」
さぁ、どうだ、まだ足りないか…
「今更なに言ってるの。いいからそれを頂戴」
やっぱり弱いか、こうなったら奥の手だ。
「いつもは俺ですけど、今日は小夜ちゃんの為なんですからここは払わせてください。こうみえても父親なんですよ。形だけでも格好をつけさせて下さいよ」
これで打ち止め。返されたら負ける…
「うーん、しょうがないわね。じゃあご馳走様。ロクちゃんも男になったのね」
「いえいえ、まだまだですよ」
よしっ!取った!!かなりぎりぎりだったけど、なんとか勝ちは収められたな。さすが早苗さん、しぶとかった。次があったら間違いなく負けるな。横を見れば太一君は苦笑いを浮かべてる。とりあえず小夜ちゃんに親指を立てて勝利の合図をしておく。小夜ちゃんは呆れた顔をしてるように見えるけど。