なんか周りがやかましくて目が覚めた。しかもソファーで。ちょうどいいからテーブルに手を伸ばしてタバコに火を着けて一気に煙を吸い込む。ぷはぁ~。まだ目が半分しか開いてないけど頭がちょっとづつ動いてきたかな。さっきから台所がやかましい。しかもそこから声がする。誰か昨日泊めたか?ソファーで寝てたし。もう一度煙を深々と吸い込んで、ぷはぁ~。今度は横から「おはようございます」の声。あれ、この声ってたしか…。
「おっおはようっ!」
本気で焦った、いるのは小夜ちゃんだし。おかげでばっちり目が覚めたけど、ついでに背筋も伸びた。
「おはようございます。起こしてごめんなさい。あと勝手に台所使ってます。えっと、もうすぐ出来ますけど…」
「あっうん、わかった。だけど後5分待って。これ吸ってから」
「はい。出来るだけ急いでください」
「はい」
朝起きて誰か居るなんて事が滅多にない家だから、本当に焦ったわけで。しかも相手が小夜ちゃんで、初日から失態気味って恥ずかしい。まぁなんだ、格好つけちゃいけない相手だからいいんだけどね。んで、台所を見ると小夜ちゃんが目玉焼きを焼いてる。身長が少し足りてない気がしないでもないけど、あのエプロンは自分で持ってきたやつだな。赤い可愛いエプロンをしてる。でもかなり大きめで袖まであるから、あれは割烹着?
でもよかった、一人暮らしが長くてある程度の料理はして来たから一応道具も最低限は揃ってるし今のところは不自由しなくて済むかな。あと何が必要だろう、家に女性が居た記憶なんて母親以来だし、小夜ちゃんと相談しないといけないな。ってか、俺は早速朝ごはんを作ってもらってるのか…。父親ポイント減点1。
タバコを灰皿へもみ消して、顔を洗って、テーブルに座る。もともとテーブルも二人がけを買ってたから丁度よかった。
目の前にはトーストと目玉焼き、ベーコンにちょっとしたサラダとコーヒーも淹れてくれてるみたい。って言ってもコーヒーはめんどくさい時用のインスタントもあるから、インスタントなんだろうけど。ちゃんと自分の分は紅茶を淹れてる。紅茶はティーパックしかないから、今日はちゃんと買ってこないとな、ティーポットも。つか、トーストにマーガリンまで塗ってくれてるとは、なんという教育。
「朝ごはんありがと、そこまでして貰わなくてもよかったのに。だけど色々な物の場所とかよくわかったね」
「思ったより片付いてたから。でもコーヒーのミルクが見つからなくて…」
そう言いながら向かいに座る。しまった、台所よりのそっちに座るべきだったな。コーヒーがこちら側に置いてあったから無意識に座っちゃったけど、これからの定位置になりかねない。イス取りゲーム1回戦は小夜ちゃんの勝ちか。
「それなら探しても無いよ。俺、何も入れないから。それじゃいただきます」
「えっ!?」
早速コーヒーに口をつけた瞬間、甘い…。そうか、昨日はこの子の前でコーヒーは飲んでなかったから。紅茶には砂糖は入れるけど、コーヒーには入れないなんて普通はわからないよね。
「ごめんなさい。すぐに…」
「いいよ、いいよ。たまにはね。でも今まで全部やってたの?」
さすがに用意しすぎでしょ。今までどんな生活をしてたの?この小学生。トーストをかじりながら聞いてみるんだけど、
「まぁ…」
昨日の夜もそうなんだけど、今までの事を話そうとしない。それに妙に大人びた物腰と口調だし、敬語はいらないって言ってるのにこれが慣れてるとかで。ところどころなりきれてない所は小学生らしいっちゃらしいけど、そのうちなんとかなるかなぁ。
「食事の最中であれなんだけど、今日は色々と行くとこがいっぱいあるんだ」
「…はい」
なんでそんな恐縮。昨日の今日で自分らしく、小学生らしく居て欲しいってのは無理だと思うけど、さすがに気を使いすぎのような気がする、コーヒーの件も含めてね。昨日の夜も俺がソファーで寝るからベッドで寝てくれって言ったら、自分がソファーで寝るってしばらく続いたっけ。もうしばらく様子を見るとするか。
「それで、色々な手続きをするんだけど、ついでに買い物も行きたい。小夜ちゃんが必要なものを教えて欲しいから忘れないように後でメモしておいて欲しいんだ。それと家事の分担もね。このままだと小夜ちゃんが全部やっちゃいそうだから」
途中途中頷いてた小夜ちゃんだけど、
「やる。全部やります!」
いやだからね。多分、簡単な料理とかは出来るんだろうけど、他の家事もできるかな?それにやっぱり『家においてもらってる』って思ってるんだろうか。だとしたら余計に、
「ダーメ、分担。小夜ちゃんが例え全部出来るんだとしても、小夜ちゃんの本業は勉強する事。もし近い将来にこの家を出て行くんだとしたら、後に相当響くよ。だから今は勉強する事を一生懸命やるの。ただ、俺だって帰りが遅い日もあるし、週末にまとめて洗濯したりしてるから万全に出来るわけじゃない、親としては失格なのかもしれないけど。だから小夜ちゃんにも手伝ってもらう。これから一緒に生活していくんだから一緒にやっていこう、ね?わかったらよく噛んで食べよう」
なんて、しぶしぶ頷いてはくれたんだけど、トーストを頬張り目玉焼きを口に含みながら言っても説得力が無いか。まぁもともと威厳のあるタイプの人間でもないからいいんだけど。
そんなこんなでお互い食事も終わり、食器を洗わないといけないんだけど、時計を見れば8時30分を廻ったとこ。まずは会社に電話を入れないと。でも何て言えばいいんだろう。いきなり結婚もしてないのに「娘が出来ました」じゃ変な疑いをもたれるから、無難に「妹が来てて」ってでもいいけど、「妹なんていたか?」って事になりかねないからなぁ。取り敢えず体調不良にして、また後で詳しく話をするか。って事で、会社に電話してもまだ課長はいないだろうから、課長の携帯へ。
「おはようございます」
『おはよう。なんだ?寝坊か?体調不良か?一日休むか?』
なんと物分りのいい上司。やっぱりここは正直に話そう。
「すみません、実は色々と野暮用が出来て、明日まで休みを頂きたいです。詳しくは後で話をするので…」
『おう、わかった。体調不良って事にしとくからさっさと済ませろよ。やり残しの仕事はあるか?』
「いえ、多分大丈夫です。もし何か入ったら対応をお願いします。明後日にはすべてやりますので」
『わかった。んじゃ気を付けてな』
「はい。ありがとうございます。それでは」
相変わらずすばらしい上司。これで仕事も出来るんだから言う事なし。しかも奥さんは美人だし、息子さんもかっこいいし、特に娘さんは可愛いから文句の付けようが無い。でも娘自慢は今日から参戦するけどね。そんな事より、
「だから小夜ちゃん!洗い物はしなくていいってば!」
ったく、今度は聞く耳持ちませんって顔してるし。相当な頑固者だ。こりゃ本格的に分担を決めないと。
そんな感じで初日の朝は終わった訳で、大分先手を取られたな。これから少しは気を引き締めていかないと…。