『右手にデカルト、左手にニーチェ』
それを座右の銘のようなもののひとつに持つ私は、
死後の世界って聞いても、なんだかよくわかりません。
というより、信じていません。
ただ、あったら良いなとは思っています。
矛盾ですね♥
昨夜のお風呂での会話。
キック
『小次郎🦮、どうしてるかなぁ!』
私
『小次郎くん、死んだよ
』
キック
『あぁ、そうだった!
でも、いまどうしてるかなってこと!
またワンちゃんに産まれるから、大丈夫だよね!』
私
『えっ!?小次郎がワンちゃんの赤ちゃんで生まれてくるの?またワンちゃんなのかい。』
キック
『うん!そうだよ!たぶんね!』
私
『キックもそうして産まれてきたかもしれない?』
キック
『うん!そうだよ!たぶんね!みんなもそうだと思う!』
生まれ変わり、輪廻の話など、
私は一切しません。
どこかで聞いてきたのでしょうか。
それとも。
おばけなどのテレビを私は好んで観ますが、
最近のものは特に内容がギャグ感満載で、そこを楽しむか、また本物であってほしいと望んでいる気持ちもうっすい緑茶を作る粉程度にはあります。
先日くらずしで粉末緑茶を買いました。(私は茶葉派です。粉は子どもたちが使います。)
キックが粉と水の割合を2:1くらいして私に差し出しました。
2日連続で作り、3日目にはほとんど空になりました。
いや、そんなことよりも、緑茶固形だからぁあぁあ!!!
なぜ世界がこんなに素晴らしいのか、
私には知らないことだらけです。
知らないことといえば、
小5パディが3週間前になくした筆箱のことです。
パディ
『確実にランドセルに筆箱を入れたのに学校に着いたらなくなってた!
途中落としてもいないし、ランドセル開けてない。なぜかないの!』
私「物理的になくなるはありえんだろう!
パラレルワールドか!
片付けをしないでリビングがメチャクチャだから、なくすんだよ!」
パディ
「いや!絶対に確実に家にはない!
ランドセルに確実にいれた!!」
と話していた筆箱が、タンスの隙間から出てきました。
先日は、ナイナイ言っていた理科の教科書は何かのノートの下に、
捨てたと言っていたはずのお菓子のゴミはこたつに、
あるはずの物はなくて、ないはずのものはそこにある。
そしてタンスの隙間にあったのは、
瞬間移動でもしたのでしょうか。
時間の流れは一定ではないという現象の具現化でしょうか。
はたまた不可思議な科学では説明できない現象のひとつでしょうか。
いや、その法則は本人もはっきり確実に気づいているはず。片付けしてよ。全くしないもんね。
パディの言う『確実に』は、
私のそれとは確実に一線を画している、
それだけは確実に理解できました。
