【読書感想文】

カモメに飛ぶことを教えた猫/ルイス・セプルベダ

河野万里子=訳

U223 カモメに飛ぶことを教えた猫(改版) - 白水社 https://share.google/53awNGcPWjSK1FvI2


左∶帯付、右∶表紙
どちらのイラストもかわいい。
フォルトゥナータの「ママ!」と呼ぶ声が聞こえてきそう。

劇団四季ファミリーミュージカル『カモメに飛ぶことを教えた猫』(以下、四季版)を鑑賞する前に読んでおこうと思っていたのだが、フォルトゥナータが飛ぶことに挑戦しようと決心したところまで読んで時間切れに。

観劇後しばらく経ってから読み終わり、人間(詩人)が終盤にキーパーソンとして登場したことに驚いた。

そもそも、フォルトゥナータが飛べないないのは、人間が原油で海を汚したことが発端だ。
詩人はフォルトゥナータが空を飛ぶためのヒントを与えるのだが、「人間がもたらした災難は、人間自身が尻ぬぐいしないといけないんだよ」という静かなメッセージを感じた。

四季版に人間は登場しないが(だから、原作を最後まで読んでびっくりした)、原油に汚染された“黒い死の波”は舞台ならではの方法で表現されている。良くないものであることがひと目で分かり、それが人間の仕業であることも劇中で明らかにされる。 追記∶LIVE配信を観ていたら、人間がやったことであるとは触れられていなかった。大人は察するだろう。子どもも案外、理解しているような気がする。

人間は何やら生きものにとってよくないことをしでかしているようだ、ということは、子どもにも伝わるのではないかと思う。

「勇気をもって一歩ふみだすこと」や「全力で挑戦すること」、「自分とは違っていることを認め、尊重し、愛すること」を教えてくれる
(カモメに飛ぶことを教えた猫(改版)p.174より)

のは、四季版も原作同様。


原作のゾルバは“太った黒猫”でもって喧嘩が強いので、なんとなく、サモ・ハン・キンポーとかサカモトを連想してしまう(全然ちがうし)。


なお、四季版のゾルバに“太った黒猫”の面影はない。



おわり。