1月5日(火) 快晴 小春日和
東松戸“レストランじんで”でステーキランチの後、クリニックへ
午後一番、3時
一か月間の体の具合を聞かれたので、
酷い胃痛で、何も食べずに“太田胃散”だけで一日半寝ていたこと。
大晦日の夕方、
茨城県“鵜の岬”の砂浜をたったの300m走っただけで、
胸骨を圧迫される胸痛発作に襲われたこと、
咳が止まらなくなり喘息発作のようになったこと。
この二点を伝えました。
主治医「二年ごとに、造影剤CT&心エコーを受けた方が良い。
カテーテル検査はリスクが有るので、造影剤CTを。
心機能評価の為に、心エコーを。 ハートセンターで
紹介状を書きますから」
私「よろしくお願いします」
主治医「胸痛で来院されたお母さんを診察して○病院に紹介したら、
心筋梗塞と診断されて戻ってきたので、
ハートセンター前身の病院に紹介して詳しい検査をしたところ、
拡張型心筋症と診断され、フォローアップを任されました。
こちらに通院しながら、時々ハートセンター前身の病院で検査して
いたところ、私の外来は混むので別の先生の日に掛かられて・・・」
私「先生は、拡張型心筋症とご存じだったのですね
母は、『自称心臓肥大』で、絶対に本当のことを言わず、
私は警察で、東京都監察医務院のドクターから病名を聞きました」
主治医「多忙で活発で運動好きでプライドの高い方でしたから、
ご自分が病気ということを、決して認めたくはなかったのでしょう・・・
元気いっぱいで、黙っていれば難病だとはわからないくらいでした」
私「プライドと言えば聞こえが良いですが、単なる見栄です。
息切れが酷い時でも、一歩外に出ると演技で誤魔化していました」
主治医「あの元気っぷりは妙だと思っていましたが、演技・・・
運動好きで、公私ともにいつも飛び回っていたからこそ、
同じような性格のあなたが心配です」
私「心機能が低下してからは、暇さえ有ればスクワットしていました。
深夜、郵便局の外階段を昇り降りしたり、日中は自転車漕いでいて」
主治医「スクワット 深夜の階段昇り降り
」 絶句・・・・・
いよいよ最期を悟ってからは、最期の衣装・リップスティック・
デコルテラインを整えるブラの選定に余念が無く、ある意味天晴れ
最期の朝の前日も仕事したり、自転車で飛び回っていたし
運動・・・
ソシアルダンス大好きで、“ノーヴィス戦”出場を勧められていた時、
まさかのドクターストップ
レッスンもやめるよう言われ、それでも自宅で毎日ウォークの練習。
競技会デビューに、余程未練が有ったのかも・・・・・
主治医「おとうさんは、弁膜症になってからハイキングやめたけど、
海の好きな方でクルージングに嵌っておられましたね・・・」
~心音の聴診~
大晦日夕方、“鵜の岬”の砂浜を300m走っただけで胸痛
と
伝えたので、いつもより入念に。
その時、ニトロペンダントは下げていたけれど、ニトロは使わず
~血圧測定~
上:136 下:失念
『血圧手帳』のページが無くなったので欲しいと伝えたら、
「ごめんね。今、『高血圧管理手帳』しかないの・・・」と、2冊渡され。
岐阜のご当地キティシールを貼ってカスタマイズ
今日の診察では、「役立たずの甲状腺」の話題は一切出ず
「変わったことが有ったら、直ぐに来て」と約束させられました。
甲状腺ホルモン剤2種類・αβブロッカー・カルシウム拮抗薬。
αβブロッカー“アーチスト”、優れもの “アスリート”じゃなくて
私が少々ハードに動けるのも、コレのお陰
クリニック代:1450 薬局代:2130
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東松戸の“れすとらんじんで”で、娘ネコとランチ
爆睡中の孫ネコを娘ネコがベビーキャリアに入れて抱きながら。
じんで店内の、電話。現役
じんでの後、娘ネコが「おじーちゃんとおばーちゃんに報告したい」と
言うので、八柱霊園へ
クリニックは八柱の後。 診察室で両親の話題が出るとは、奇遇
水曜日は、ルネで踊り初め&泳ぎ初め