錬金術とは、物質を金に変化させたり、万病を癒(いや)したり、不老不死にする万能の物質『賢者の石』を、科学技術によって構築しようとした中世の科学である。

 

 近代科学の基礎として、全ヨーロッパ中で様々な実験が試みられたが、その全ては失敗しており、誰一人として成功した者はいなかった。それでも、化学物質を取り扱う技術の発達を促したのである。

 

 しかし、無職(ニート)の中には、その錬金術を再び極めようとする人物も現れ始めた。物質を合成して、新たな化学物質を精製したり、生物同士を合成して、新たな種類の生物を生み出したり、絶滅した種族を復活させようという試みもなされていた。

 

 

 賢者を集めて、それらの巨大な生物製造工場を作り出す計画もなされている。資力を使い、様々な理由で生き物を改造する。それらの研究によって生み出された生物達の末路は、少なからず悲劇を生み出しているのだ。彼もその一人だった。

 

 

「社長様、秘書の方から言われていた通り、生物の能力を持った人造人間『ホムンクルス』を作り出しました。あなたの護衛として必要という事で、様々な動物の身体能力を持った人型の生物兵器です。どうぞ、ご覧になってみてください」

 

 

 メガネをかけたヒョロッとした青白い顔の研究者が、たくましい肉体を持った人造人間を見せる。体の各パーツが動物の一部に変化し、様々な能力がある事を見ることができる。変身スピードも早く、すでに実戦で使えるレベルの代物だ。

 

 

「ほう、素晴らしいな……。キマイラと人間の力を合わせ持った新生物か。知能もあり、優秀で非常に賢い。脳の一部にマイクロチップを埋め込む事で、化け物のようなこの怪物を、私の命令一つで思い通りに動かせるわけか……」

 

 

 黒い背広を着た大きめの男性は、マジマジと彼の作り出した人造人間を確認する。イケメン男性の顔に整えられており、爽やかな印象を受ける。一緒に仕事をする分には、とても優秀そうな顔立ちだし、気遣いもちゃんとできている。

 

 

「ええ、あなたの秘書に命令され、細部にまでこだわって作りました。登録した者の声を聞き、自殺や殺人以外の命令ならば忠実に従います。一応、人を傷付けない事、自分を傷付けない事、最低限度は自分の身を守る事の3点を組み込んでおります」

 

 

「ふーむ、護衛としては申し分ない性能だ。だが、残念ながら実用化はできないよ。私の要求を満たしてはいない。すぐに、処分したまえ!」

 

「なん、ですと?」

 

「くっくっく、秘書の悪い癖だな。私の命令を、あえて伝えなかったのだろう。私の護衛にむさ苦しい男の人造人間など必要あるはずがなかろう。必要としているのは、強くて可愛い美少女タイプの人造人間だ。

 

 野郎と一緒にいたくないからキマイラタイプの人造人間を護衛として付けるのに、男性タイプでは本末転倒(無意味)だろう。美少女タイプのキマイラ娘を連れてきたまえよ。それ以外は、殺処分しておきたまえ。

 

 まあ、原因は秘書の嫉妬によるのだろう。もう少し費用と時間をあげるので、優秀な美少女タイプのキマイラ人造人間を作り出しておくのだ。では、また今度な……」

 

 

「くう、彼を研究員として残しておくという可能性は?」

 

「ないよ。使えないキマイラを残しておいたら、ゴミが増えていって困るだろう? 確かに、格安の人員にはなり得るかもしれないが、それに見合うだけの実力を兼ね備えていなければ、コストの無駄になる。

 

 必ず殺処分しておくように、残しておいても私は責任を取らないよ。恨み言ならば、依頼をちゃんと伝えなかった秘書を恨むのだな。全く、嫉妬する彼女は可愛いが、こういう事態を引き起こすから困るよ。君にも、苦労をかけるね」

 

 

「いえ、分かりました。お疲れ様です!」

 

 社長と呼ばれる男が部屋を出て行くと、男とキマイラだけが残されていた。優秀なキマイラだが、組織が不要と考えれば消されてしまうのが道理だ。極秘に作られた生物である以上、人権や道徳的な要素は考慮される事すらない。

 

 

「社長が人間と言えば、人間に……。だが、彼が人間じゃないと言えば、殺処分するしかない。すまないが、君はここまでのようだ。せめて、最後は自由にこの施設内を歩き回るが良い。24時間経ち次第、君を抹殺させてもらう。すまないがな……」

 

 

「いいえ、実験生物として自覚してからは、そうなる可能性も考えておりました。では、最後の自由を楽しんで参りますよ……」

 

 こうして、多くのキマイラ達が殺処分という結果になっていった。依頼主の要求に応えなければ、彼らに生きる権限など存在しない。数万、数億という実験生物が年間のうちに殺されているのだ。

 

 科学者の中には、そうした生物に愛着を湧く者もいる。せっかく自分が作り出した息子達なのだ。人格を持ち、大切に育ててきたような感覚にさいなまれる。顧客は、そんなことはお構いなく、不用品は殺処分する事を悪いとも思わない。

 

 

「殺す時は、俺の手で殺してやるよ!」

 

 科学者が、自ら苦労して生み出した人造人間だ。それを殺すのも、彼にとっては自分の役目であり、彼らに対しての最低限度の責任だと感じている。

 

 自分に非がなくとも、悲しい生物を生み出してしまった以上、最後は自分の手で抹殺するつもりなのだ。

 

「24時間経ったら、痛みも感じぬように殺してやる!」

 

 キマイラは、施設内を自由に移動し始めたが、24時間後には彼に追い付かれて殺されてしまうだろう。

 

 もしも、逃げ出すだけの実力があったのなら、生かしておいてやる。彼は、その最後の希望を与えるために、キマイラを単独で逃がさせてやったのだ。