私は、謎の賢者に両親を殺されてから、師匠となってくれる無限賢者を探していた。しばらくは親の貯金によって生活していたものの、無限賢者を探すうちにみるみると使い果たし、3年ほど経った後は、ほぼ無一文状態に成り果てていた。

 

 それでも、『グロリアス』という名の無限賢者がいるという事を突き止めている。今は船に乗って旅をしているらしいが、この港にいれば、出会えるかもしれないという事だ。元船頭のお爺さんに教えられ、目的の人物を追いかけていた。

 

「おっ、来たようだよ。黒いローブを被り、いかにも魔術士らしい風貌をした男が、お前さんの探している『元』無限賢者のグロリアスだ。急がないと、追い付けなくなるぞ!」

 

「元!?」

 

 私は多少違和感を覚えたが、とにかく無限賢者である事は間違いない。私は、グロリアスという人物を追って、走り回っていた。グロリアスという男は、私の父親とほぼ同い年の40代くらいの男性だ。にも関わらず、動きが速くてなかなか捕まらない。

 

 私は全速力で走って、ようやく彼の服を掴んで止めていた。3年間で歩き回ったり、走り回ったりして旅を続けて来た私だが、それでも彼を追うのに息を切らしていた。「どんなアスリートだよ」と感じながらも、私は彼を下から眺めて見た。

 

 女の子の初恋は、大半が父親であり、好きになる男性や結婚する男性も自分の父親に似る傾向があるという。その事を裏付けるかのように、私が見上げた男性は、父親と同じような優しい面影を持っていた。

 

「ん? なんだ、物乞いか? 」

 

グロリアスは、少額のお金を私に差し出してきた。

 

「辛い依頼を終えて、これから家に帰るところだったんだ。あまり持ち合わせがないが、これで勘弁してくれないか? ビールも買って帰らないといけないし、すぐに帰って寝たい気分なんだ」

 

私は、少額のお金を受け取りつつも、その言葉を否定する。今日の食事代も無いに等しいので、差し出されたお金には、つい手が出てしまう。ポケットにお金をしまいながら、彼にこう返答していた。

 

「はあ、はあ、違います……。あなたを探していたんです……」

 

 私は、意外とセクシーな格好をしていたようだ。着ていた服はほとんど擦り切れ、誰も着ないと思われるちょっとセクシーな服を中古で買い漁っていたから、彼には如何わしい少女に見られたらしい。否定しようにも、息を切らしていて返答できないでいた。

 

「なるほど、客引きか……。こんな少女まで体を売る仕事をしているとはな……。だが、あいにく俺は女には困っていない。というか、年齢が年齢だけに、そろそろ性欲も無くなり始めたところだ。

 

無理してまで女の子を求めてもいないし、君のような少女を抱く気にもならないよ。悪いが、他の客を見つけてくれ。君なら、すぐに新しい客が見つかるだろう」

 

「はあ、はあ、いえ、そういうわけにはいきません……。私もようやくあなたを見つけたんです………。ここで逃すわけにはいきません。まずは、私の話を聞いてください!」

 

「うーむ、困ったぞ。若い頃ならば、「付き合おうか?」と言って、連絡先を聞いたりしたものだが、今ではお前さんの体を見ても機能が回復しない。君を満足させられる自信もないんだ。

 

 そりゃあ、客商売だろうから、「大きい」とか、「こんなの初めて……」とか言ってくれるんだろうけど、あからさまに演技では俺のトラウマが増えてしまうだけだ。君の体は魅力的で、とても可愛いと思うけど、俺には荷が重過ぎる。

 

 他の人からは、援助交際に見られてしょっ引かれるかもしれないしな。特に、主婦連中の目は恐ろしい。性欲を持て余しているだけに、若い女の子を誘おうものなら社会的な抹殺をされる危険もあるんだ。お巡りさんと生活指導の主婦のご厄介になるのはごめんだ……」

 

 グロリアスが話している間に、私はなんとか喋れるくらいにまでは回復した。息を切らして長い文章が話し辛くなっていたが、呼吸が整った今ならば交渉する事も可能になる。彼は、何か誤解をしているようだから、まずはその誤解を解く事にした。

 

「何言ってるんですか。あなたの事を色々調べまわって、ようやく探し当てたんですよ! 無限賢者で、無敗の英雄らしいじゃないですか。しかも、悪い評判はあまりない賢者のようですし……。実は、お願いがあって、ここまで来たんですよ!」

 

「ふーん、依頼主だったか……。だが、1つ訂正させてもらう。俺は、『元』無限賢者だ。今は、大賢者に成り下がったただの何でも屋よ。人から言わせれば、何にもしてない無職(プー太郎)らしいが……」

 

「えっ、『元』無限賢者? 元ってどういう事なんですか? 歳で魔法の威力が弱まったとか、そんな事でしょうか?」

 

「何、戦闘(プレイ)スタイルが変わったというだけの事だ。ずっと同じ戦術と技術(スキル)では飽きるからな。人から言わせてみれば、大賢者に成り下がったと思われているらしいが……。

 

まあ、最近は賢者魔法もあまり使っていないし、評価としてはそんなものかもなぁ。あんまり世間の評価など気にしない方がいいぞ。大半の連中が、才能もない凡人の集まりなんだからな。10人に1人くらいが真実を教えてくれるようなものだよ……」

 

「そうですか。一応、無限賢者並みの実力はあるという事ですね。なら、お願いがあります。私を弟子にしてください。賢者になって、どうしても倒したい奴がいるんです。そいつを倒すために、あなたを探していたんです。どこの誰かも分からない、でも絶対に私が倒したい相手なんです!」

 

私は、彼に土下座して頼み込んだ。弟子入りのスタイルとしては、尊敬する態度に出た方が印象も良いだろう。ここで断られれば、次に行く当てなどないのだ。

 

「なぜ、俺に? 他にも優秀な賢者は沢山いるだろう?」

 

「私の両親は、無限賢者によって殺されたの。だから、私も最低限、無限賢者レベルにならなければならないの。その為には、無限賢者の実力を持つあなたに教えて貰いたいのよ。お願いします、弟子にしてください!」

 

私は、深々とお辞儀をして見せた。プライドなどとっくの昔にもう無い。どんな事をしてでも、謎の賢者に敵討ちをしたくなっていたのだ。名前も顔も知らないが、喋り方と下品な雰囲気の奴である事だけは記憶に留めていた。すると、彼の口から驚くべき言葉が発せられる。

 

「ふーん、お前の両親を殺したのは、この俺だ!」

 

 グロリアスは、冷たい目をして私を見つめて来た。今にも殺すと言わんばかりの殺気のこもった目だ。私もその言葉を聞き、彼を驚いた顔で睨み付けていた。私は、顔が曇り、殺意を込めた目の表情に変わり始める。一触即発の臨戦体制の中、グロリアスはフッと優しい笑顔になった。

 

「くっくっく、冗談だ! そう言われたらどうするつもりだったんだ? お前が殺される危険も非常に高いぜ。有名な無限賢者はそうそういる者でもないんだからな……」

 

「くう、嘘だったのかよ……。お父さんの形見の剣に指をかけて、本気で殺そうとしちゃったじゃないの。あと一歩、笑顔が遅れていたら、喉を掻っ切っていたわよ」

 

「悪いな、一応エピソードが本当か確かめさせてもらった。俺の殺気を受けて、同じくらいの殺気を出せるという事は、どうやら本当らしいな。辛い経験をした特有の匂いがする。

 

 だが、俺も男なんだ。お前のような美少女と一緒にいて、恋愛感情や性欲が蘇る危険もある。そんな危険な状況にいるのは嫌だろう? 俺の仲間にも、女性の大賢者はいる。そいつをお前に紹介してやろうか?」

 

「私は、相当の実力を持った邪悪な無限賢者に復習しないといけない。中途半端な実力の賢者では、奴を殺す事はできない!」

 

「ほう、殺人目的か……。それならば、俺は協力する事はできないな。両親が身を呈して守った体だ。このまま賢者にならず、普通の村娘として生活する方がお前も幸せだろう。その容姿ならば、多くの男性がお前を妻にしたいと思うだろうしな……」

 

「ちょっと待ってよ……。確かに、復讐も目的の一部である事は認めるよ。相手の男が憎いし、殺したいと思っているのも事実だ。それは否定しない。

 

でも、そんな危険な賢者だからこそ、生かしておいてはダメだと思うんだ。処刑でもしない限りは、いずれまた同じ悲劇が繰り返されてしまう……。私は、それを止めたいんだよ!」

 

「なるほどな。言い分だけは見事な物だ。一応、確認しておこう。その悪い奴が、お前と再び会った時、改心していたらどうする? もう悪い事をしないと思っていても復讐するのか? 

 

家族がいて、幸福に生活していたとしても? その場合には、お前が昔の奴と同じ行為をする事になるんだぜ? お前、それが分かっているのか?」

 

「うっ、その場合は、復讐は諦めるよ。でも、直に会った私ならば分かる。奴は、そんな改心するような奴じゃないんだ。きっと、今の多くの犯罪に手を染めて、多くの悲劇を生み出しているはずだよ」

 

「憶測で物を言うのは嫌いなんだがな……。俺もこの歳だ。娘のような女の子に養ってもらいたいという欲求はある。一端の賢者になるまでは、弟子にしてやるよ。掃除と洗濯、食事の準備くらいはできるんだろう?」

 

「えっ!?」

 

「まさか……」

 

 突然の思いもよらない質問に、私は返答できないでいた。正直、掃除も洗濯も料理の準備もした事なんてほとんどない。お母さんに言われて買い物に出かけたくらいが一番最新の記憶だった。

 

「ずっと旅をして来たので、そういう女子力が必要な事は……。あっ、簡単なご飯と味噌汁くらいなら作れるけど……」

 

「まあ、お母さんに教えて貰えなかったから仕方ないか……。俺の下宿先にも、女の子が一緒に住んでいる。歳は、25歳くらいでお姉さん的な存在だろうが、いろいろ知識はあるだろう。

 

 そいつに教えてもらいなさい。賢者になるにしても、村娘として生活するにしても、生活に必要な教育だ。お前の辛い生活にも、共感を持って、好意的に話を聞いてくれるだろう。お前には、賢者になるよりも必要な事だ」

 

「弟子にしてくれるの?」

 

「ああ、このまま野放しにすれば、奴隷狩りにでも逢って悲惨な人生を送る事になるだろうしな。必要最低限の知識と教育くらいは受けさせておかないと……。それに、お前にも少し興味が出て来たからな」

 

「えっ、私、襲われちゃう?」

 

 私は、冒険の旅に出るに当たって、父親の形見である短剣を装備していた。魔法戦では役に立たなかったが、不意を衝けば、大の男でも斬り殺すくらいは簡単にできる。グロリアスは、私が短剣を隠し持っている事に気付いたのか、緊張し始めていた。

 

「そんな怖い顔をするな。噛み付いて来そうな勢いじゃないか。まあ、その警戒心も無事に旅をして来た証拠といったところか……」

 

 私とグロリアスの冒険が開始された。彼の家に帰るまでだが、それでも私にとっては気の抜けない旅となっていた。両親が死んでからというもの、安心して眠る事などできてはいない。

 

「ところで、お前の名前はなんていうんだ? 俺の本名は、『オーウェン・ウィリアムズ』だ。『グロリアス』という名前は、まあ仕事で使う名前なんだ。一応、有名人だからな」

 

「『ローレン・エヴァンズ』です。ローレンと呼んでください」

 

「ふむ、ローレンね。可愛い名前じゃないか」

 

 私は、小動物のように彼の後を付いて行く事にした。一定の距離を保ち、彼も周りも警戒していた。謎の賢者が変態だっただけに、グロリアスもそんな感じではないかと常に警戒は怠らない。