私こと、『グレース・フェリエ』は、思春期特有の理由で悶えていた。たとえ最年少の大魔術師だろうが、悩める理由は同じなのだ。銀髪のロングヘアーを振り乱して、ベッドの上に転がっていた。
「ああ、恋人が欲しい。彼氏が欲しい。うわああああああ……」
彼女の使い魔で、小さな精霊でもあるタヌキが彼女を優しく励ます。本来はただの動物であるが、彼女の魔術によって意思疎通ができるようになっている生物を『精霊』と呼ぶ。彼女の精霊は、彼女の魔術によってIQ 180を超える頭脳を手に入れていた。
「グレース、そんな行動をしていたら、子供っぽくて恋人もできないぞ。もっと大人しくて大人っぽい行動をしてくださいよ。せいぜいバストもAカップレベルなのですから、色気や品性を磨かないと誘惑も出来ませんぜ。キシシシシ……」
「タヌー、私の使い魔ならば、もう少し品性を磨いてくださいよ。このままじゃあ、ただのエロ精霊ですよ」
「おいおい、オイラはオッパイと女の子が好きなごく普通の精霊ですよ。個人的な見方でエロ精霊と決められたら困りますよ、こんなイケメンの精霊を捕まえて……」
「顔も性格も歪んでいるくせに……」
グレースが使い魔の『タヌー』と戯れていたが、仕事も家事もしないのはヤバいと思い、外へ出て地元の村に行くことに決めた。他の村や都市部では、大魔術師は嫌われているのが一般だ。通常は村をそのままで歩くことはしない。
「おやおや、グレース。村までお出かけですか? いくら知り合いが多いといっても、大魔術師は恐れられているんだから、そうほいほい村へ顔出しするのは危険じゃないのかね?」
「閉じ籠って、古代魔術を研究し続けてる方が怖いと思われるって……。そりゃあ、村人全員からは好かれてるわけではないけど、挨拶くらいはしてくれるんだから他よりずっとマシだよ。義理の親も心配だし、確認くらいは……」
「やれやれ、魔術の才能があると思ったら、捨て子だったとは悲しいね……」
私は、耳がとんがり、銀髪のロングヘアーだ。母親と父親は、黒髪の人間(トールマン)であり、両方とも種族さえも違う。私はエルフという種族であり、魔術師に特化した才能があるらしい。魔術を覚えるまでは、養子として迎えられていたが、今では他人だ。
大魔術師になった者は、親も手に負えないという理由から勘当された状態になるのが一般的だった。そこで、自動的に国王の息子や娘として登録されるのだ。私は名目上は、王女であり、義理の両親とは縁もない状態だ。それでも近くにいるから親近感はある。
「まあ、4歳までだけど育ててくれたしね……。私のポケットマネーで病気の治療や回復をすれば、規定違反にはならないよ。それに、幼馴染達にも会ってみたいし……。顔とか、名前、覚えているかな?」
「さすがに、それくらいは覚えているでしょう?」
「あー、私の後を追って高等魔術師になった女の子がいるらしいよ……。後は、男の子が数人いたかな?」
「うわ、超うろ覚えじゃん。それじゃあ、相手も覚えていないって。幼馴染に会いたいというよりも、同い年の男の子に会いたいっていうのが本音じゃないのかね?」
「うっ、そうだよ。恋人が欲しいもん! 魔術講師になれば、出会いも結婚もあるだろうけど、それまで最短でも5年はかかるし……。待ってらんない。恋人ができれば、無理して講師になる必要もないんだし……」
「大魔術師同士での結婚が6割、大魔術師と他の魔術師での結婚が3割、大魔術師と一般人との結婚は1割にも満たない大難関だよ。いくら幼馴染といっても、結婚対象外としてみられてるよ。悪い事は言わない。魔術講師になってから恋愛を始めなよ」
「ちっ、自分はどこぞのメスとハッスルしてるくせに……」
「そういう事。さて、根暗オタク女は放って置いて、オイラはハーレムと決め込みますか♡」
タヌキのタヌーは、私を置いてどこかへ出かけて行ってしまった。精霊といえども、所詮はケモノ畜生である。女の子の切ない恋愛感情など理解できるはずもない。この辺一帯で新しく出来たメスタヌキと戯れるのだろう。
「くう、私も幼馴染と恋人関係になってやるんだから……。最悪、『誘惑(チャーム)』の魔術を使って、恋人ごっこでも……」
知り合いの先輩魔術師からは、『誘惑(チャーム)』の魔術を使って恋人を作る事は禁止させられていた。理由は、だんだん虚しくなっていくという事だ。最初のうちは紅一点を味わえても、所詮は作り物という想いが脳裏を過ぎり、つまらなくなるという。
「あー、キスくらいは良いんじゃね。関心を持ってもらうくらいなら『誘惑(チャーム)』も使っても良いって……」
若気の至りというのは、多くの語りたくない闇を作るものだ。大人になって初めて、自分がやっていた愚かさに気がつく。気が付いた時には、それは消し去りたい過去になるのだ。私は大魔術師だが、頭の中はまだまだお子様だった。
私は、村の中心のマーケット場へ歩いて移動する。小さな村を移動する為、私自身は物凄く目立つ。本来の大魔術師であれば、他の人物に変装して出歩くなりするのだ。だが、私は年頃ということもあって、オシャレな格好をして出歩く事にした。
白系をイメージしたワンピース的な服を着て、都市部では流行りのスカーフなどを身に付ける。ちょっと可愛い系の帽子も自分でアレンジして身に付けていた。一応、魔術師として、保険のためにタリスマンも付ける。
タリスマンは、自分が致命傷を負った時に、他の治療が可能な魔術師の元まで移動させてくれるのだ。ダンジョン内や都市部では、親切にも致命傷を負った場合の医療と移動が魔術的に施されているのだが、村などや山、野原などでは無い。そのため、タリスマンで補う。
「へへ、ちょっと可愛いタリスマンを作ったぞ♡ 万が一怪我した場合は、私の自宅に治療と一緒に移動されるから心配はないけどね。まあ、この村では大丈夫だろうけど、馬車とか龍車とかは危険だもんね」
私は、村の一角にある建物のガラスを、鏡代わりにして確認していた。そこには、18歳になったばかりの美少女の姿が映し出されている。上下白一色の清楚系の美少女に、ちょっと大人びたタリスマンと帽子がセットされているのだ。
「くっくっく、『誘惑(チャーム)』の魔術など使わなくても、この格好で彼氏をゲットしてやる!」
ガラスに一瞬だけ邪悪な魔女の姿が映し出される。覚悟を決めた可愛い女の子なのだが、所々魔術師達の影響で笑顔も醜悪になる時があった。野望と欲望を抱いた時は、清楚な美少女が魔女へと早変わりするようだ。
「うわっ、何よ!」
私は、岩のような硬い体にぶつかり、一方的に吹っ飛ばされた。村のマーケットで夢中になっていたとはいえ、ここまで硬い壁のような衝撃は初めてだった。まるで、突然何もない所に壁が出現したような感触だった。
「お前、『湖の上の魔術師』だよな……」
私は、硬い壁が全く微動だにせず、そう語る男性の声を聞いていた。その声を聞いて、相手の顔を見るが、全く知らない。だが、年齢は私と同い年くらいなので、私の幼馴染のウチの誰かだろう。
「え〜っと、幼馴染の誰かかな? さすがに、4歳くらいの思い出は記憶にないんだけど……」
「俺は、お前の事をずっと覚えていた。さすがに、顔までは正確に覚えられてはいないが、名前と経歴くらいはチェックしていた。銀髪のロングヘアーに、耳の尖ったエルフなんて、お前以外には見当たらないぜ、『グレース・フェリエ』ちゃん?」
男は、私を熱い眼差しでジッと見つめてきた。私が可愛くて美しいのは理解しているが、同い年の男の子から注目されるのは慣れていない。私は思わず顔を背けながら、彼に話しかけていた。緊張と高揚が高鳴るが、平常心を装ってみる。
「たっ、確かに、私は『グレース・フェリエ』だけど、なんでそんなに私の事を記憶しているの? 私自身、天才とか言われているけど、4歳くらいの記憶なんて正確に覚えているわけではないよ。そりゃあ、知り合いに数人男の子がいたくらいは記憶してるけど……」
「俺も正確にお前の特徴を覚えていたわけじゃない。お前の親、いや育ての親から聞いたから特徴を記憶に留めていただけさ。魔術学校から卒業すれば、故郷の近くに住むだろう事を知って、ずっと待っていたんだ。
お前が村まで来なければ、俺の方から訪問する予定だった。今は、買い物やら挨拶で忙しいだろう。明日の昼頃に、またお前の家に行くぜ。湖の上の一軒家がお前の持ち家だろう? ちょっと内密に話し合いたい事があるんだ」
「ええっ、内密の話し合い……。わっ、分かった、時間を空けておくね……」
私は、彼と別れてから、何を買ったとか、誰に会ったとか覚えていない。気が付いたら、自分の家に辿り着いていた。ただ、夜の暗い時間帯に帰って来たので、何か活動していた事だけは確かなのだが……。
私は、家に入るとお風呂場でシャワーを浴び、浴室に浸かる。気分を落ち着けて、ベッドの中にパジャマを着て倒れ込んだ。昼間会った彼自身の姿は良く覚えていないが、意外に格好良かった気がする。私は気持ちの高揚が一気に爆発した。
「うわあああああああああああああああああああ、私、告白されるのかな? いきなりプロポーズされちゃったらどうしよう? 気持ちの整理がまだ付いてないよ……。二人っきりで、内密の話し合い……、やっぱそういう事だよね!?」
私はベッドの中で恥ずかしさを発さんさせるために手足をバタバタさせていた。その時に、タヌキ精霊の『タヌー』が帰ってきたようだが、興奮している私に驚いたようだ。興奮している私に、タヌーが話しかけてきた。
「うわあああああああああああああああああああああ………」
「ただいま、うわっ、グレースどうした? ホコリが舞うからやめろ!」
「タヌー、私、結婚するかも……」
孤独な少女や経験のない童貞の妄想は恐ろしいものがある。ちょっと話をしただけで、すぐに結婚まで発展すると思うのだ。そこからヤンデレやストーカーに発展する可能性もあるため、早めに誤解を解いておく必要があるのだ。