いまだに人々の中で様々な意見が分かれる南の王と北の王の予言。
それもそのはず、今までのダニエル書ならゆったりと解説されていたのに、かなりの長い期間を一気に詰め込んだような書き方をしているので混乱しているのでしょう。
いくつかの部分に注目すると、ダニエル書11章の内容が見えて来ます。
今回は、1番分かりやすいエホバの証人発行の新世界約聖書を用いて解説していきます。
他の聖書は、うん、分からんからね( ^∀^)/📙ポイっ
思ったよりもエホバの証人の以前の資料が内容を説明しているので、ぷれみあむ白猫パンチが発見したのは、しばらく時間が経ったのちという表現などが、次の国になった事を示しているくらいです( ;∀;)チクショウ……
まずダニエル11:2は、西暦前490年に3番目の王であるダリウス1世が2度目のギリシャ侵攻を企てて、マラトンで敗北して撤退し、打倒ギリシャの準備をしている最中に死亡してしまい、第4のクセルクセス一世に引き継がれます。
王女エステルと結婚したことでも有名な王です。クセルクセスはギリシャの独立国家群を陸海両面から襲撃したようです。その数は、海軍51万7610人、歩兵170万、騎兵8万。その他の兵2万で、陸海両軍合わせて231万7610人にも及んだようです。
クセルクセス一世は、西暦前480年から征服を開始し、アテネを荒廃させますが、西暦前479年にはサラミス、プラタイアと惨敗が続くようになりました。それで、143年間はペルシャ帝国に7人の王が王座に就きましたが、ギリシャを攻めることはしませんでした。
ダニエル11:3にあるように20歳のアレクサンドロス大王は、西暦前336年にマケドニアの王になり、中東のペルシャ諸州を攻め取りました。その数はマケドニア4万7000人に対して、ペルシャ帝国ダリウス3世率いる25万人です。
アレクサンドロス大王は、部隊を四散させ、敗走したダリウスを殺害してペルシャ帝国は滅亡しました。ギリシャが世界強国となり、広範な統治権をもって支配しました。
しかし、アレクサンドロス大王の支配は長く続きません。
ダニエル11:4にあるように、アレクサンドロス大王は病気になって33歳の若さで西暦前323年にバビロンでその生涯を終えました。彼の弟もいたようですが、その統治は7年も続かず西暦前317年に殺害されてしまいました。
アレクサンドロスの息子もいたようですが、西暦前311年にアレクサンドロスの配下の将軍カッサンドロスの手にかかって最期を遂げます。
ヘラクレスという物凄い強そうな名前の息子も支配を企てますが、西暦前309年にあっさり殺害されます。このように予言は成就し、アレクサンドロスの王統統治権は無くなりました。
アレクサンドロス大王の4人の将軍が支配を開始し、大帝国は四つの王国に分割されました。
その後、抗争を繰り返して、プトレマイオス・ラゴスがエジプトを西暦前30年まで支配する事になりました。
そして、おそらくワンピースのニカがモデルとされているセレウコス一世ニカトールがシリアを支配していました。
ダニエルがいた場所(バビロニアか、エルサレム)から見て、右側が北の王、左側が南の王という感じになります。昔は、南北ではなく、右と左を北南とよんでいたそうです。
それで、シリアのニカトールが北の王、プトレマイオス一世が南の王、としてしばらく統治していたようです。その後も北の王と南の王の抗争は長い年月をかけて続くので、人物や国ではなく、世界強国間の一連の流れとして見た方が良さそうです。