よく「この想いが今の時代にメスを入れる!」とか
「熱き願いが人の心にメスを入れる!」とか
そういう言い回しがあるけれど。
そのメスってのは
医療系ドラマとかでよくある、
医者『メス』
看護師『はい』
・・・みたいなメスでしょ。
そんな切り刻もうとしなくていいし、
そんな切り分けようとしなくていいし、
そんな痛みを与えなくてもいいの。
切り取ったモノは「悪いモノ」として「処分」するの?
そこに在ったモノはきっと在る理由があって在った。
そしてそれが在る事で何かを知らしてくれただけの事なのに。
時代に「メス」を入れるなら
今、恥ずかしいモノ、ふしだらなモノ、
下品なモノ、商売用に作られたモノ、
好奇の目に晒されてなんぼのモノ、
そういう商業化、都合よく作り変えられた性で
この世界を縛り付けるのに都合よく書き換えられた女のメスの部分ではなくね、
本当の慈愛に満ちて、すべてを包み込む深さのある
「ヴィーナス」のような女のエロスを讃える持つ「メス♀」を
この時代のど真ん中で咲かせてあげればいい。
そんな女の「メス♀」の部分で
愛おしいすべての存在を
心でも、体でも、
子宮でも、膣でも
抱きしめて頬ずりして、
温もりを伝えて
愛しさを感じて
柔らかさをもって
すべてを包み込んで
子宮の中で眠る様な安らぎを
そっとそっと身近な男に
女が女として伝えていったら
この世の仕組みなんかあっという間に変わる。
時代に本当のメスを入れるなら
刃物ではなく
女のとめどなく溢れる愛が満ちた
オス♂を愛し抜けるメス♀の方。
それが怖い奴らがいるだけだもの。
時代を変えるなら
女が気付いて誰より自分を愛し
そしてそんな自分が愛する男を
深く深く愛し抜いていけば
その波動は共鳴し
必ず時代の流れを大きく変える。
女の力は外から恵まれるものじゃなく
外から与えられて育てられるモノでもない。
元から女には育てるモノが
体の中にあるから。
自分として生まれた時に
もう育てる事が始まっているの。
自分を自分で育てる力を持っている女だから
女の力は元から中にある。
女が時代を変えるメス♀なんだから
この時代のど真ん中に
気付きを得て花開いた女を
そっと座らせればいい。
調和が満ちゆく中で
きっと大きくうねる様に時代は変わる。
きな臭い。
物事を一方から見れば「悪」
物事を一方から見れば「善」
私一人の力は小さい。
そして「真の状況」など計り知れない。
だから祈る。
『神様が良いと思われる方へ。
神様が良いと思う方へ進める様に。
神様が真を教えてくださるまま
神様の思われるまま
私はその道が閉ざされぬ様に』
「大難を小難に」
それはずっと願われている事。
「祈るのだぞ」
それもずっと伝えられている事。
「育てるのだぞ」
それもずっと教えられている事。
「説くのだ、解く為に」
それもずっと願われている事。
私などが意識できるもっと上で
それは見守られている。
「縦の柱は打ち建てられだした
横の梁を早う張るのだぞ」
私は龍女。
それを担い整える事に命を張らねば。
すべては融合の為。
私には白羽がいる。
空から堕ちても地に堕ち切る前に
必ずその背に拾うてくれる。
怖れる事などないのだ。
滅する時は白羽と共に滅されよう。
共にお役目果たして還ろう。
「水を穢されてはならぬぞ」
「脈を穢してはならぬぞ」
私は流れを読み
それを流していかねば。
瀬織津姫様のお山の麓で。
瀬織津姫様の名を受けて。
白羽と共に。

