泣くという衝動は
物凄い浄化作用だね

泣いたらあかん
泣かんといて
泣いても何も変わらん

そんな事を誰かが泣いたら言う人いるけど
泣くのにはちゃんと泣くだけの
理由ではなく、感情があるから泣くの。

その涙を受け止められないなら
その人の本当の笑顔も奪ってる事になる
そんな簡単なことを気づきもせず
泣いたらダメだなんて
軽く言って泣き止ませたら安心する

泣かれているという不安から
自分が逃れられるから
泣き止んだ姿を見てホッとするんだ

その人の為じゃなく
自分の為に涙を奪うんだ

自然に泣き止むまで
泣かせられないのは
泣いてはいけないという蓋を
自分に課しているから
今泣いている人に対して
その蓋で押さえつけようとしているだけ

何で泣いているその人を見てつらくなるのか
何で泣いているその人を見て苛立つのか
何で泣いているその人を見ていたたまれなくなるのか
何で泣いているその人を見て不安になるのか
何で泣いているその人を見て責められている気になるのか

問題は泣いているその人を
最後まで泣かせてあげられない
自分の中にあるソレが
その人の涙によって表されているんだ

だから

私は泣くよ。

私には私の心があって
私には私の感情があって
私には私の想いがあるから
涙を流せなくなるのはいやだ

涙を流している私を
最後まで抱きしめてくれないのもいやだ
抱きしめてくれなくてもいいから
泣く事を止めないで欲しい

その涙にはちゃんと
感情があるのだから。

苦しくて、悲しくて、
切なくて、淋しくて、
つらくて、不安で、
泣いているのに
さらに泣くなと否定されるのはいやだ。

同じ涙を何度も流すのは
血を流すくらい
痛い。

自分から涙を奪うって事は
自分から笑顔も奪うって事。

そんな事をしていたら
本当の自分の感情がわからなくなる。

私は秩序ある涙なんか知らない。
私は無秩序に泣くし、笑うから、
女で、私で、自分なんだ。

よく「この想いが今の時代にメスを入れる!」とか

「熱き願いが人の心にメスを入れる!」とか

そういう言い回しがあるけれど。


そのメスってのは

医療系ドラマとかでよくある、


医者『メス』


看護師『はい』


・・・みたいなメスでしょ。


そんな切り刻もうとしなくていいし、

そんな切り分けようとしなくていいし、

そんな痛みを与えなくてもいいの。


切り取ったモノは「悪いモノ」として「処分」するの?

そこに在ったモノはきっと在る理由があって在った。

そしてそれが在る事で何かを知らしてくれただけの事なのに。


時代に「メス」を入れるなら

今、恥ずかしいモノ、ふしだらなモノ、

下品なモノ、商売用に作られたモノ、

好奇の目に晒されてなんぼのモノ、

そういう商業化、都合よく作り変えられた性で

この世界を縛り付けるのに都合よく書き換えられた女のメスの部分ではなくね、

本当の慈愛に満ちて、すべてを包み込む深さのある

「ヴィーナス」のような女のエロスを讃える持つ「メス♀」を

この時代のど真ん中で咲かせてあげればいい。


そんな女の「メス♀」の部分で


愛おしいすべての存在を

心でも、体でも、

子宮でも、膣でも

抱きしめて頬ずりして、

温もりを伝えて

愛しさを感じて

柔らかさをもって

すべてを包み込んで

子宮の中で眠る様な安らぎを

そっとそっと身近な男に

女が女として伝えていったら


この世の仕組みなんかあっという間に変わる。


時代に本当のメスを入れるなら

刃物ではなく

女のとめどなく溢れる愛が満ちた

オス♂を愛し抜けるメス♀の方。


それが怖い奴らがいるだけだもの。


時代を変えるなら

女が気付いて誰より自分を愛し

そしてそんな自分が愛する男を

深く深く愛し抜いていけば

その波動は共鳴し

必ず時代の流れを大きく変える。


女の力は外から恵まれるものじゃなく

外から与えられて育てられるモノでもない。


元から女には育てるモノが

体の中にあるから。


自分として生まれた時に

もう育てる事が始まっているの。


自分を自分で育てる力を持っている女だから

女の力は元から中にある。


女が時代を変えるメス♀なんだから

この時代のど真ん中に

気付きを得て花開いた女を

そっと座らせればいい。


調和が満ちゆく中で

きっと大きくうねる様に時代は変わる。

ずーっと子供の頃からお母さんに愛されたかったんですよ。
兄がいて、母は兄と私とがいたら、どうしても兄を構い、私はその次な感じに見えて、
話しかけても、いつもその話を兄がかっさらって、最後はいつも兄の話になって、
私の話なんか最初から無かった様に跡形もなくて、
それでどうしたの?とかも聞いてもらえることもなくて、心の中で『あのね?あのね?』って話しかけて、泣きそうだった。

私は兄とは一年十ヶ月しか生まれ月が変わらず、学年で年子。
手のかかる赤ちゃんだった兄を育てる中で、当分子供はいらないと思っていたのに、私がお腹の中に出来てしまったって、
何度も『まだ欲しくなかったのに出来たから産んだ』と母は大変さを語る上でいつも私に話をしていた。

話しかけたら母はいつもピリピリしてて、顔色を見て話しかけなきゃ怖かった。
お手伝いしなきゃ怒られる、また怒らせてしまう…そう思いながらお手伝いした。

思春期、これでもかという反抗期がやってきて、口もきかなくなった。
話しかけられても敬語で返し、必要な事以外は話さなくなり、笑わなくなり、部屋に籠った。
一度本気で殺そうと思って家にあった木刀握って部屋を出ようとしたとき、たまたま横にあった電話が鳴り、木刀を受話器に握り変えてみたら、友達からの電話で、何とかその怒りを静められた経験もある。

母が胃がんになり入院手術をした時、
『あんたの血が体に流れてるのが気持ち悪い。産まなきゃよかったのに、要らない子供だったなら、堕ろせばよかったのに』と吐き捨てた。
兄にぶん殴られたけど、お前に何がわかるんだよ、愛されてる奴は良いなって思ってた。

結婚して、子供を妊娠している時に死にかけた。
意識があるのに死にかけですってのも変だと思うけど、医者がびっくりしながら
『意識があるのが不思議です』と言われ、即個室に入れられ、入院した。
母は血の色をなくすほど顔色を失くし、私の入院準備をしてくれた。
『まだ見ぬ孫より私の子供を助けてください』と先生に言っていた。
私は『私が死んだらお腹切って子供を助けてください』とかぶせて言った。

退院して、色々あり、鬱になり、狂った。
どんな時も私を守ろうとしたのは母だった。

離婚して、時々狂う私の攻撃対象はそんな母だった。

セラピストになりたくて、心を学んだ。
貪る様に知識を得て、貪る様に自分と向き合い、認めたくもない自分を否応無しに感じた。

私は母が大好きで、誰よりも幸せに笑って欲しい人だった。
でも、そんな事に気がついても、私は母の言う『枠』みたいな中で暮らすのは息が詰まった。

母の望む私でいると、私は母を疎ましく思うしか出来ず、大好きなのに母を疎ましく思う自分を大嫌いだと思った。

死ねばいいのに、私が。
どうせ何度も死に損なったんだから。
死ぬ前に、思い切り愛されたかったんだって叫んでやる、暴れてでも、殴られてでも言ってやると、決めた。

家族がてんやわんやになるほど、
そりゃもう、えげつない言葉や態度で、
私は思っていたことをすべて吐き出して、
愛されたかったんだって泣き喚いた。

そんな事を何度かやった。

やる度に母を泣かせて、兄を怒らせて、父を困らせて、息子を不安がらせた。
でも、私は愛されたかったんだって泣き喚いた。

ある日、あぁ、そうか、私は母とは別の人間で、母は私がどんなに酷いことを言っても、許してくれている世界で一人だけの私の母だな…と思ったら泣けた。

私は母に甘えたかった気持ちを三十路になってようやく言えた。
積もり積もった分だけ、暴言になったけど、
暴言を吐く事で最大限に愛されていることを自分に刻み込みたかったんだ。

母は泣きながら、本音でぶつかってくれて、子供みたいに泣いていた。

その時、母も苦しかったんだと知った。

その日から私は何をしても母は私の母で、私を嫌うことなどないと心底思える様になった。
そして、私も母とどれだけ喧嘩しても、本音を言い合っても、母を嫌うことなどないと心底思う様になった。

死んだら母はきっと私の為に狂った様に泣いて悲しむから、
私は母より先に死ぬのはやめようと本気で思った。

そして、私は息をするのが楽になり、母に素直になり始めた。
母も私が変わる中で変わっていった。

今では、昔なら言えなかったことでも母に言える。
母も私の話を聞き、母として、女としての意見を言ってくれる様になった。

喧嘩も出来る様になり、私は母に大好きだと声に出して言うことも出来る様になった。

そして、私は母にとらわれなくなった。
母も私という病に侵されなくなった。

振り返れば私はなんて愛され続けてきたんだろうと思う。
まず、産んでくれたことが私の為に命をかけてくれた証だ。
私は両親の愛があったから生まれてきたんだと思った。

感謝した。

私の母はこんなにも
私を愛してくれている
世界でたった一人の私の母親。

この母だったからこそ、私は今があるんだ。

そう思ったら深い意味もなく、思い出すままにその時を思いだし、色々感じながら、その時の感情に浸った。

目を閉ざし、耳を塞ぎ、喚いていたのは私だった。

母は何も悪くない、私の母というだけ。

今はこんなモヤモヤからも抜け出し、
私は母を心から大好きだと思う

めんどくさかったけど
教えてくれてありがとう。

お母さん。

昨日、何か急にこの流れを思い出したから
書いて残しておく。

貴女の娘に産まれてこれてよかった。

ありがとう。

きな臭い。


物事を一方から見れば「悪」

物事を一方から見れば「善」


私一人の力は小さい。

そして「真の状況」など計り知れない。


だから祈る。


『神様が良いと思われる方へ。

神様が良いと思う方へ進める様に。

神様が真を教えてくださるまま

神様の思われるまま

私はその道が閉ざされぬ様に』


「大難を小難に」


それはずっと願われている事。


「祈るのだぞ」


それもずっと伝えられている事。


「育てるのだぞ」


それもずっと教えられている事。


「説くのだ、解く為に」


それもずっと願われている事。


私などが意識できるもっと上で

それは見守られている。


「縦の柱は打ち建てられだした

横の梁を早う張るのだぞ」


私は龍女。

それを担い整える事に命を張らねば。


すべては融合の為。


私には白羽がいる。

空から堕ちても地に堕ち切る前に

必ずその背に拾うてくれる。


怖れる事などないのだ。


滅する時は白羽と共に滅されよう。

共にお役目果たして還ろう。


「水を穢されてはならぬぞ」


「脈を穢してはならぬぞ」


私は流れを読み

それを流していかねば。



瀬織津姫様のお山の麓で。



瀬織津姫様の名を受けて。



白羽と共に。









この半年でみるみるみちるでデブった私。
ねーねー、うちの体重計、
ものすごく緻密な数値を出してくるんだけど
これって嫌がらせじゃなーい?!(´Д`;)

いえ。
体重計は体重計の御仕事を
きっちりしっかりなされているだけです。

はい。

そんな訳で、今朝はちゃんと汗をかこうと思いまして、朝に高温反復浴を致しました。
代謝アップですね、結構疲れる入浴法ですが、
湯上り、体がいい具合に冷まされてくると
非常にスッキリする入浴法です。

それに今日は生姜蜂蜜入浴剤を入れましてですね、
発汗作用バリバリ全開でございまして、
体の芯から温めるぞー!ってな感じでした。

体力ないのにいきなりガッツリ運動しても
絶対私は続きませんねん、ホンマに。
なので、代謝アップして、体重を多少減らして、
そこから徐々に運動に移行するのが、20数kgダイエットした私の経験上の知恵です。

高温反復浴は掛かり湯をして、膝まで一分、腰まで3分、肩まで2分とつかり、
出て5分の間に頭を洗い、
また5分つかり、出て体を洗い、
また5分つかり、出て顔を洗ったり手入れして、
また5分つかり、出て終わり~!!

…な、出たり入ったりする入浴法です。

結構疲れます。
お湯は42度くらいで私は入ります。

半身浴は夜にします。
39度くらいのお湯にお腹まで20~30分つかり、
出て、頭や体などを洗い、
またお腹まで20~30分つかるっていうゆっくりパターンで。

痩せる目的より、代謝アップが目的。

まぁ、なんせね。



食うな‼︎ヽ(`Д´)ノ



って事ですよ。


チーン♪