ずーっと子供の頃からお母さんに愛されたかったんですよ。
兄がいて、母は兄と私とがいたら、どうしても兄を構い、私はその次な感じに見えて、
話しかけても、いつもその話を兄がかっさらって、最後はいつも兄の話になって、
私の話なんか最初から無かった様に跡形もなくて、
それでどうしたの?とかも聞いてもらえることもなくて、心の中で『あのね?あのね?』って話しかけて、泣きそうだった。
私は兄とは一年十ヶ月しか生まれ月が変わらず、学年で年子。
手のかかる赤ちゃんだった兄を育てる中で、当分子供はいらないと思っていたのに、私がお腹の中に出来てしまったって、
何度も『まだ欲しくなかったのに出来たから産んだ』と母は大変さを語る上でいつも私に話をしていた。
話しかけたら母はいつもピリピリしてて、顔色を見て話しかけなきゃ怖かった。
お手伝いしなきゃ怒られる、また怒らせてしまう…そう思いながらお手伝いした。
思春期、これでもかという反抗期がやってきて、口もきかなくなった。
話しかけられても敬語で返し、必要な事以外は話さなくなり、笑わなくなり、部屋に籠った。
一度本気で殺そうと思って家にあった木刀握って部屋を出ようとしたとき、たまたま横にあった電話が鳴り、木刀を受話器に握り変えてみたら、友達からの電話で、何とかその怒りを静められた経験もある。
母が胃がんになり入院手術をした時、
『あんたの血が体に流れてるのが気持ち悪い。産まなきゃよかったのに、要らない子供だったなら、堕ろせばよかったのに』と吐き捨てた。
兄にぶん殴られたけど、お前に何がわかるんだよ、愛されてる奴は良いなって思ってた。
結婚して、子供を妊娠している時に死にかけた。
意識があるのに死にかけですってのも変だと思うけど、医者がびっくりしながら
『意識があるのが不思議です』と言われ、即個室に入れられ、入院した。
母は血の色をなくすほど顔色を失くし、私の入院準備をしてくれた。
『まだ見ぬ孫より私の子供を助けてください』と先生に言っていた。
私は『私が死んだらお腹切って子供を助けてください』とかぶせて言った。
退院して、色々あり、鬱になり、狂った。
どんな時も私を守ろうとしたのは母だった。
離婚して、時々狂う私の攻撃対象はそんな母だった。
セラピストになりたくて、心を学んだ。
貪る様に知識を得て、貪る様に自分と向き合い、認めたくもない自分を否応無しに感じた。
私は母が大好きで、誰よりも幸せに笑って欲しい人だった。
でも、そんな事に気がついても、私は母の言う『枠』みたいな中で暮らすのは息が詰まった。
母の望む私でいると、私は母を疎ましく思うしか出来ず、大好きなのに母を疎ましく思う自分を大嫌いだと思った。
死ねばいいのに、私が。
どうせ何度も死に損なったんだから。
死ぬ前に、思い切り愛されたかったんだって叫んでやる、暴れてでも、殴られてでも言ってやると、決めた。
家族がてんやわんやになるほど、
そりゃもう、えげつない言葉や態度で、
私は思っていたことをすべて吐き出して、
愛されたかったんだって泣き喚いた。
そんな事を何度かやった。
やる度に母を泣かせて、兄を怒らせて、父を困らせて、息子を不安がらせた。
でも、私は愛されたかったんだって泣き喚いた。
ある日、あぁ、そうか、私は母とは別の人間で、母は私がどんなに酷いことを言っても、許してくれている世界で一人だけの私の母だな…と思ったら泣けた。
私は母に甘えたかった気持ちを三十路になってようやく言えた。
積もり積もった分だけ、暴言になったけど、
暴言を吐く事で最大限に愛されていることを自分に刻み込みたかったんだ。
母は泣きながら、本音でぶつかってくれて、子供みたいに泣いていた。
その時、母も苦しかったんだと知った。
その日から私は何をしても母は私の母で、私を嫌うことなどないと心底思える様になった。
そして、私も母とどれだけ喧嘩しても、本音を言い合っても、母を嫌うことなどないと心底思う様になった。
死んだら母はきっと私の為に狂った様に泣いて悲しむから、
私は母より先に死ぬのはやめようと本気で思った。
そして、私は息をするのが楽になり、母に素直になり始めた。
母も私が変わる中で変わっていった。
今では、昔なら言えなかったことでも母に言える。
母も私の話を聞き、母として、女としての意見を言ってくれる様になった。
喧嘩も出来る様になり、私は母に大好きだと声に出して言うことも出来る様になった。
そして、私は母にとらわれなくなった。
母も私という病に侵されなくなった。
振り返れば私はなんて愛され続けてきたんだろうと思う。
まず、産んでくれたことが私の為に命をかけてくれた証だ。
私は両親の愛があったから生まれてきたんだと思った。
感謝した。
私の母はこんなにも
私を愛してくれている
世界でたった一人の私の母親。
この母だったからこそ、私は今があるんだ。
そう思ったら深い意味もなく、思い出すままにその時を思いだし、色々感じながら、その時の感情に浸った。
目を閉ざし、耳を塞ぎ、喚いていたのは私だった。
母は何も悪くない、私の母というだけ。
今はこんなモヤモヤからも抜け出し、
私は母を心から大好きだと思う
めんどくさかったけど
教えてくれてありがとう。
お母さん。
昨日、何か急にこの流れを思い出したから
書いて残しておく。
貴女の娘に産まれてこれてよかった。
ありがとう。