毎日、様子を見るたびに・・・
変わらないなぁ と
ため息をついていたのですが
今朝、ポチッと
小さな、小さな芽が出ているのを発見
これは、プチトマトさん
冷蔵庫の野菜室で、ひとりさびしく転がっていたのを
半分食べて、半分をこんな風に ・・・ あれから、2週間と少し・・・
同じ頃、頂き物のポンカンさんに入っていた種を同様に
こちらは、まだウンともスンとも・・・
去年の11月から試しているアボカドさんも・・・
まったく変化なし
(でも、まだあきらめられない )
以前、農政に関わる仕事をしている友人から
生産者さんは 「『作る』 とは言いたくない」 とおっしゃっていると
聞いたことがあります。
農産物は、工業製品と違って、作れるものではないから、と。
そう。
「いのち」は作れません。
私がこうして “種” を育てたいと思うのは
作れない命を、せめて・・・ちょっとでも手助けをすることで
次なる命につなげていくことが出来れば
そんなかすかな希望から、かも・・・
でも、“手助け” なんて不遜で
何の助けにもならないどころか、むしろ
追い詰め、苦しめてしまったかもしれない
その負い目は、消えない。
先日、事情をご存じのかたが、そっと
「ちゃんと食べてますか?」 と聞いてくださった。
はい、義務として食べてます。
以前、同じ質問をあのかたにしたとき
「何を食べてもおいしくない、むなしい」とおっしゃった。
手土産のお菓子を、喜んでくださったのは
ただの思い遣り?
*** ***
年末調整を、ようやく済ませました。
手につかない、なんて言っていられません。
次は、決算です。
講座も、ボラも、支えとして頑張ります。