そんなある日だった、彼女「小暮」と出会ったのは。


正確に言うと、出会っていたのかもしれないが、僕自身が彼女を見つけた日とでもいうのだろうか。

昼ごはんを食べるため、事務所からロビーに出て休憩所でのんびりジュースを飲んでいたときだった。


お年寄りばかりの輪の中に一人僕と変わらないか、少し下位の女の人がいることに気がついた。

「わかってるの?おじいちゃん」

「だから違うって!」

などと、少し興奮気味に何かを力説している。


更に少し聞き耳を立てみると、どうやら「昴」という星団のことについて語っているみたいだ。

「あれは、一つの星じゃないんだって!」

老人達はわかっているのかわかっていないのかうなづくだけである。


さらに彼女は続ける。

「双眼鏡でもみえるんだよ、今日だったら・・・8時からがいいかな」

きっと老人達は見ないだろう。


でも見てるとなんか、面白い。


仕事が始まったので、その後の彼女の講義を聞くことはできなかったがとりあえずその日帰って昴をみた。

もちろん、これが初めてというわけではないが、彼女が行ってた通り、8時きっかしに望遠鏡でみてみた。


「確かに、きれいだ」

彼女の言ったことが、思い出されてくる。

世界が広がった気がした。

ただ見ているより少しでも知ってから見る星座の世界が。


それから、何度か彼女を見かけることがあった。

そのたびに、少し耳を傾けてみる、老人達もまんざら嫌がってるようなわけでもないようだ。


そして、家に帰って講義があった星々を見る。

そんな生活が始まった。


といっても彼女も毎日来てるわけでもない、どうやら火曜日と土曜日の昼間にいることが多いようだ。

一日いることもあれば、すぐ帰っていくこともあるが、目的はプラネタリウムでも博物館でもなく例の講義らしい。

いささか来る場所を間違ってる気もするが、それをいってしまうと老人達の目的はただのおしゃべりなので、幾分ましに思える。


それに、こうしてここに講義のファンもちゃんといるのである。



「おつかれっす」

今日もまた一日が終わろうとしていた。


もう、天文台に勤めて半年になるだろうか。


ずいぶんここにもなじんできた気がする。


仕事は、まぁ順調だ。


電話にかかってくる用件は大体、潮の干満のことだとか、今度はいつ満月になるのかなどなのだが、これが一般の人だけからかかってくるわけじゃないのである。


雑誌のライターが情報として載せるために聞いてきたり、小学校の校長が遠足に行く時に聞いてきたりすることもある。


たまには、自分の家からいつ満月がきれくみえるのかなどと、突拍子もない質問をしてくる小学生の子がいたりもするけど、その他はいたって平凡な毎日を過ごしている。


半年前に比べるとずいぶん充実しているように思える。

何かとゆとりが出てきて、長いことあっていなかった同級生に連絡を取ったりして飲みにいったり。

ちょっとした旅行に出かけたりもした。


やっぱり、あの時やると決めてよかったなぁとつくづく思う。


天体観測は、最近毎日できるわけじゃないが三日に一度くらいは続けている。


しかし、普通の人よりは長い間空を見上げているのだが、僕はまだ流れ星というものを見たことがない、完全に消えるまでに三度願いをいえば、それをかなえてくれるという流れ星。


でもまあ、いま現れられても願いを三度言う自信はない、早口の練習もしてなければ、何が一番の願いかも全く思いつかないからだ、それに・・・


父さんは、初めて僕が天体望遠鏡をのぞいた日に流れ星は本当にかなえたい願いがあるときには必ず現れるのだと言ってたんだ。もちろん、それを信じてるわけじゃないけどその時のことはよく覚えてる。

その時の父さんは、夢見る少年の様な顔をしていた。どこか、遠い人のように感じた。


父さんの願いはなんだったんだろう?


父さんの夢はなんだったんだろう?


星達に、答えを求めるわけでもつぶやいた。

次の日は、早く起きた。

というより、あまり眠れなかったようにも思う。


焼きたてのトーストと、ジューっていう玉子焼きのにおいが僕の腹の虫を呼び覚ました。


「なんでも、言うとおり働くのよ」と、ジャムを出しながら母さんは言った。

「わかってるよ、子供じゃないんだから」


トーストにかぶりつくと、朝食を食べるのも久しぶりだということに気がついた。


何かをこれからやってやろう、そんな大げさなもんじゃないかもしれないけど、ひそかな決意を胸に僕は家を出たのであった。


朝のにおいがする、冬の朝のにおいが。

ツーンと鼻を刺すようななんともいえないにおい、今にも新聞屋さんが飛び出てきそうな、そんな悪くないにおいだ。


横を走り抜けていく人、眠そうに目をこする人、みんな駅の方に吸い込まれるように流れていく。

ふいに、僕もその一人なことに気がつく。一人で笑い、一人で納得してる自分がいた。


天文台につくと、山本さんに席を教えてもらった。

少し散らかったままの机、そして結構年季が入ったパソコンが無造作に置かれている。


「ここが、君の仕事場です」と、山本さんは言った。


同僚は、5人。パートらしきおばさん二人と、僕と同じくらいの男の人、30くらいの女の人、そして山本さんである。


「とりあえず、君の仕事は、書類の整理と電話番だから」

「漆原さん、ちょっと教えてあげてくれる」と、言われると


横にいたパートのおばさんが「はーい」

とのんきそうな声で返事した。


漆原さんは、同じことを何度も繰り返しながらも色々教えてくれた。人と1対1でこんなに長く話すことも久しぶりだった。


どうやら、基本的にはマニュアルにそった電話の応対、それの記録、そしてそのつど与えられる書類の整理が主な仕事らしい。


電話の応対など、もちろんやったことはないから不安があって最初かかってきたときなど、なかなか電話に手が伸びなかったのだが、昼ごろまで続けていると少しはましになってきた気がした。


「あ、ごめん言うの忘れてたね」といいながら、山本さんが申し訳なさそうに言った。

どうやら、昼ご飯は各自で用意しなければいけないようだ。


「今日は、コンビニで買ってきてもらえる?」

といわれて、特に断る理由もない僕は「あ、全然大丈夫ですよ」と笑顔で答えた。


天文台のロビーで焼きそばパンをほおばっていると、まばらに人が出入りしている。

お世辞にも混雑とはいえないだろうが、平日の昼間ということを考えるとそれも自然な気がした。


天文台には、観測所と、プラネタリウム、そしてちっちゃな博物館のようなものがある。

ほとんどのお客さんは、プラネタリウムが目的なのだが広いロビーは空調も管理され、お年寄りが談笑しているのも見受けられる。


昼休憩も終わり、朝までとほとんど変わらない仕事をなんとかこなした。

5時になると、パートの二人はごそごそし始め

「おつかれさまです」とみんなに挨拶して帰っていった。


「斎藤くん、今日はお疲れ様、これからがんばって」と山本さんは言った。


どうやら、残業などはないらしく、残りの二人も帰るよういをしている。


「はい、がんばります」といつもより、声を振り絞った。