ソーシャルゲームでは金がある奴が強い。そんなことは判っている。誰だって知っていることだ。それでも負けたくない。勝ちたい。一番になりたい。どうすればいい? どうしたら勝てる?

 俺はスマホを睨みつける。
 廃課金――月収と同じくらいの金額を課金――すれば圧倒的な優位に立てる。それは間違いない。実際に経験済みだ。
 ソーシャルゲームではどれだけ金をつぎ込むことができるか。そこに全てがかかっている。

 そう思っていた。
 間違いなく、一番になれると思っていた。
 それなのに……。

 勝てなかった。
 三位だった。
 
 十万円では足りなかったのか……。
 ひたすら後悔していた。
 二位にはあと、300ポイント、一位には1000ポイントで届いたはず。

 二人が運営である可能性は無い。それは、2ちゃんでも散々議論されてきたことだし、本人たちのツイッターを見ていても解る。そもそも、ランキングアイテムは十位以内ならもらえるのだから一位になる必要性は無い。意味が無い。

 そんなことは解っている。
 それでも、一位になりたいんだ。
 ゲームを始めてから半年間、二人の後塵を拝してきた。届くと思った瞬間にスルリとかわされてしまう。

 金の問題じゃない。
 俺は気づいていた。俺が二人を追い越した。そう思った瞬間に追い抜かれる。そして、二人はぎりぎりの位置で立ち止まり戦い続けている。

 そうだ。
 時間の問題なんだ。
 タイミングの問題なのだ。

 ゲーム内のイベント、コロシアムが終了する時間までにどの程度のポイント差を作っておくが、それが大事なことなのだ。そのことに気づいた俺は早速試してみる。コロシアム開催の最終日、会社をずる休みした。昼間の十二時に終了するコロシアムで最善のタイミングで二人を追い越す。

 考えてみれば簡単なことだった。
 二人ともこちらのポイントを確認している。お互いに課金しすぎないように、ぎりぎりの位置での一位を狙っている。そもそも、一位になることは無意味だから当然の作戦といえる。

 俺は、十一時過ぎに攻撃を開始する。300ポイントの差があるが、すぐにつまるはず。こっちが会社員ということを二人は知っている。つまり、油断している。敵はお互いしかいないと思っているのだ。

 狙い済ました俺は二人の油断をついたはずだった。
 既に何回もシミュレーションした結果のポイントを余裕で超えていた。間違いなく俺が一位になっているはずだった。
 十二時になった。無我夢中でクリアしていた俺のポイントを確認してみる。

 と、二位だった……。
 何故?

 一位とは、1500ポイントも離されている。
 どういうことだろうか。
 こちらの動きを察知してゲームを仕掛けられたのだろうか。
 納得がいかない。
 壁をなぐりつける。何回も殴る。
 ボロッちいアパートに穴が開きそうになるほど暴力行為を行ってからコタツに座る。タバコに火をつける。ぷはー、と息を吐く。煙がたゆたいながら天井に登っていく。

 そうだよ。
 俺が甘かった。
 ぎりぎりで倒そうなんて考えが甘すぎた。

 今まで二位だった奴より、俺のほうがゲーム能力は高い。
 だが、一位の奴は、俺よりはるかにゲーム能力が高い。

 だから、この順位なんだ。こっちのポイント急上昇を見て本気を出しやがったんだ。

 となると、今度は全力を投入するしかない。
 会社など行かない。
 最初っから最後まで一週間、死ぬ気でゲームをする。

 そして、俺のゲームでの戦いが始まった。
 カロリーメイト一週間分とペッドボトルを用意した。
 コタツから動かない。間違いなくコレで勝てるはず。

 一週間後、俺は勝利した。
 完全なる勝利だった。

 そして、その瞬間に電話があった。

「お前、無断欠勤を続けたから、くび」



 了

 手を伸ばしたら届きそうだった。でも、絶対に届かないって知っている。だって、もう、何年も追いかけ続けていただのだから……あの虹を……。

 僕が小学校の三年生の時だった。今、思い出すとあれは丁度物事をリアルに考えることができるようになる年齢だったと思う。幼かった思考が少しずつ大人、いや、青年のそれへと変化していく年齢。自分だけではなく他人に対して興味を抱き始める年齢。

 そんなある日、僕は美奈のことを好きになった。
 きっかけは大したことではなかった。
 落ち込んでいる僕のことを優しく、ずっと見つめてくれていた。ただ、それだけのことだった。以前から気にはなっていた。可愛い女の子だった。リーダーシップを発揮する。というより、影からみんなのことを支えてくれる。そんなタイプだった。ピアノが上手で――と言ってもクラスの女の子の間ではという意味だが――笑顔を絶やさない女の子だった。

 ちょっと僕より背が高いことだけが気になっていたが、女の子の方が成長が早い。だから、あと、一二年もすれば、追い越すに違いないって根拠も無く信じていた。

 もし、中学校の頃に背を比較すれば僕のほうが勝っていたに違いない。そんな自信があるほど僕の背はすくすくと伸びた。

 けれども、比較することはできなかった。彼女は、父親の仕事の都合で引っ越すことになったのだ。

 その頃、僕の町ではリストラが大流行していた。まるでウイルス感染でもするかのように、クラスメイトたちが引っ越して消えていった。先週までいた人がいなくなる恐怖はある意味、死にも近く感じられた。だから、僕は空席になったクラスメイトの席を必死に視界に入れないように努力した。怖かったのだ。まるで死神にあの世に連れていかれるイメージがして。

「ねぇ、どうしていつも窓の外ばかり見ているの?」

 美奈に尋ねられた僕は、振り向きもせずに返答をする。

「虹が見えないかな。と思ってね」
「見えるはず無いじゃん。虹は雨が降った後にしか見えないんだから」
「雨が降るかもしれないだろ」
「降らないよ。だって、凄く良い天気だもん」
「お天気雨になるかもしれない。そんな日のほうが虹が良く出るんだ」
「ふーん、そう」

 彼女は僕の席に座って同じように窓の外を眺める。

「見れるかな」
「いつかは絶対に見れるよ」
「それじゃ駄目なんだよね」

 彼女の言いたい意味が解らなくって、反射的に彼女の顔を覗き見る。

「引っ越すんだ」
「何処へ?」
「北の方、かな」
「そっか、北か」

 それが彼女との最後の会話だった。僕は彼女のいなくなった席を絶対に見ないようにしていた。見なければ、彼女がそこににこやかに笑いながら座っているかもしれない。そう思えたんだ。

 ある日、いつものように窓の外を見ていた。
 晴れているのに虹が現れた。
 僕は教室から飛び出す。そして、虹に向かって走り出す。ずっと、倒れるまで走り続ける。


 私の体には針が生えています。沢山の針です。数えることなんかできやしません。でも、不便ではありません。針は役に立っているのです。

  元々、私たちは弱い生き物でした。いつの頃からでしょうか? 身を護る術を身につけました。いえ、それは正しくありません。自分を護る体を手に入れたので す。恐ろしい猛獣たちが私たちを捕食しようと襲いかかってきても、体を丸めてじっと耐え忍ぶことができます。それは、この針のおかげです。

 敵が手を出そうものなら、彼らの皮膚に突き刺さり、棘となって痛み続けるのです。しかも、私たちの針は簡単に抜けません。折れやすいようになっており、返しもあるのです。

 ですから、興味本位で私たちに手を出した愚かな猛獣たちは、長い期間痛みをもって、私たちの存在を強く感じるのです。

 ああ、あいつらに触れたらやばい。絶対にダメ。という具合に。

 でも、この針も便利なだけではありません。
 全てのものが良い面と悪い面、表裏一体になっているように、私たちの鎧も例外ではありません。ある意味、宿命だと思います。私たちが自分たちの身を護るために手に入れたものは、苦しむためのものでもあったのです。

  私たちは、ある程度の年齢になると母親の元から追い出されます。それは、この針のせいです。お互いに針を持った私たちが近づけば傷つけあってしまうのは当 然のことなのです。ですから、私たちはすぐに孤独になります。母親の温もりは、すぐにでも手放さなければいけない代物なのです。

 悲しむ必要はありません。
 それが、私たちに与えられた宿命なのですから。

 ただ、そうは言っても、寂しい日もあります。
 生き物は一人で生きるようにできていません。あの、自己生殖する生命体ですら、分裂するではありませんか。孤独で生きるようにできていないから、分裂するしパートナーを必要とするのです。

 矛盾している。
 時々、そう思うこともあります。
 私たちの針は、孤独になるために存在するのに、私たちは孤独なまま生きることはできない。

 ずっと、悩んでいました。
 私たちは間違った存在へと進化してしまったのではないか。
 疑っていたのです。

 そんなある日です。
 彼女が現れたのは。

 いつもにこやかに笑っていました。挨拶もしてくれました。
 言葉を交わすだけならば、私たちは傷つけあうことはありません。お互いの針が突き刺さらない距離を保っていれば安全なのです。

 でも、やはり時々はお互いの存在を確かめ合いたくなります。言葉だけではなく、無性に触れ合いたくなります。

 苦しくなって胸を押さえていると、彼女が近づいてきました。
 私は、ダメだ。と言いましたが、彼女は躊躇しませんでした。

 針は私のほうが長いのです。いくつもの針が彼女を傷つけている。
 解っていてもどうすることもできません。

 それでも、彼女は痛みを表情に表しません。
 そして、にっこりと微笑んだのです。

 私たちはここにいると。
 体から錆が出た。
 鉄の酸化したもの。化学式で言うならFeO2いや、Fe2O3だっけ? まぁ、どちらでも構わない。私は化学は苦手なのだ。

 そもそも、錆びるという現象からして気に入らない。望んでいるわけでもない。計算したわけでもない。エントロピーとは増大する傾向にあるのでは? 熱力学第二法則だって全ての物質が発散していくことを説明しているのだろ? それなのにどうして、鉄は酸素と結合して酸化鉄になるんだ? 

 ああ、解っているさ。エネルギーは質を低下させていく。だから、鉄は錆びると知っている。錆びた鉄はもろくなる。錆びればボロボロになって朽ちていく。

 いつの間にか、右足が錆び落ちた。
 もしかして、祈ることができれば錆びなかったのだろうか。考えてみる。祈ってみる。何処からも答えは帰ってこない。誰もいない。諦めるしかない。

 青白い星を眺めながら片足で飛び跳ねる。移動するにはこれで不自由は無い。だが、多分、この左足もそう永くかからないうちに使えなくなるだろう。

 全ての物質には寿命がある。あの太陽でさえもでも百億年も経てば消滅する。運命という名に縛られている。
 だから諦めている。怖くもない。
 元々、私には恐怖する。という感情は与えられていない。そのように設計されていないのだ。

 設計ミスなどではない。機能が不要と判断されたのだ。
 イレギュラーだったかもしれない。計画当初ではもっと多くの私がいるはずだったのだから、計画の途中で制約が出てきたのかもしれない。

 昔は、沢山の私が働いていた。
 それが、気がつけば私だけになっていた。
 人もロボットもいない世界になっていた。

 この月面上のヘリウム3を集めるのが私の役目だ。与えられた仕事。ひたすら砂をかき集めて機械に放り込む。そこから取り出したヘリウム3は核融合炉に使用される。原理的には太陽と同じだ。ある一定以上のエネルギーが生み出されたらヘリウムはお互いに衝突し合い、さらに重い原始へと変化していく。その際に発生する巨大なエネルギーをナトリウムを用いて蒸気エネルギーに変換しタービンを回している。

 電力が停止すれば、居住区に送り込まれている送風設備も灯りも消えてしまう。私が生活する分には一切困らないが、止めるわけにはいかないのだ。

 私は居住区に戻ってきてメンテナンスを行う。昔いた整備士たちは、私が他のロボットより多くの時間をメンテナンスに費やすのを見て首をかしげていた。非効率的だ。と言って分解しようとした人間すらいる。
 それでも、私は私の行動が正しかったことを証明している。他の動かなくなったロボットたちの残骸を見ながら自分の正当性を感じている。
 ただ、それが、良かったことなのかは解らない。
 私には寂しいと感じる回路は埋め込まれていない。プログラムされていない。考えることはできない。考えてはいけない。一人ぼっちでいることなど苦しくもない。苦しいとも思いたくない。どこかへ行きたい。遠い何処かへ。

 旅立ってしまった人のことを思い出す。
 リンゴを齧ってしまった人たちは何処へ行ってしまったのだろう。

 そして、リンゴを食べ損ねた私はいつまでここにいる必要があるのか。
 解らない。
 わかる必要もない。回路もない。

 終わり
 ミカは僕の妹だ。とても可愛らしい妹だ。
 まだ三歳だから小さいけれど、僕よりしっかりしている女の子だ。

 僕がお母さんに叱られていると慰めてくれる。
 困っているときは助けてくれる。
 ホント、天使のような女の子なんだ。

「どうしてアンタは片づけができないの!」

 お母さんが怒っている。でも何も感じない。お母さんが言っている片付けは誰にも出来ない。不可能なんだ。というのも、僕の部屋には何も無い。あるのは、小学校五年生をやっていくための教科書とノートと鞄と筆記用具。それくらいしかない。

 机もない。布団も無い。枕なんかあるわけない。カレンダー、なにそれ美味しいの?
 生活が出来るのが不思議なくらいの部屋だ。
 白い石膏ボードに囲まれた僕のスペース。そこは、まさに鳥籠のようでもある。僕が棲むだけの単なる檻だ。
 
「どうしてアンタは言われたことができないの!」

 当り散らされて僕は片づけを始める。正確に言うならば、片づけをする演技をする。そうしないと、お母さんの怒りは治まらないから。仕方が無く、鞄から教科書を出して再び入れる。この無意味な動作を何回か繰り返すことになるのだ。

「アンタはミカの皮膚でも煎じて飲んでいなさい」

 お母さんはそう言うと部屋を出て行く。冗談のような捨て台詞だ。けれども、一度、実行しようとしたことがある。その時は、ミカが飲んじゃ駄目。と教えてくれたから難を逃れた。もっとも、飲んだとしてもなんら問題なんか起こらなかった。と解っているんだけど。

「そろそろ御飯にしない?」

 誰しもが寝静まった時刻。ミカが言うから、僕は自分の部屋から出る。もう、お母さんは眠っているはず。音を立てないようにする。起こさないように見つからないようにキッチンに向かう。
 僕だってこんな真似はしたくない。こそ泥のように、周囲に視線を配りながら恐る恐る食べ物を探すようなことはしたくない。

 でも、どうすることも出来ない。僕に御飯は与えられない。少なくともこの一年間はそうだ。自力で食べ物をゲットする必要がある。
 ミカが色々と教えてくれなければ餓死していた。間違いなく。

 カップラーメンを握りしめ水を入れる。お湯なんか入れている余裕はない。ヤカンでお湯など沸かしていたらお母さんが起きてくるから不可能だ。

 これなカップラーメンでも不味くはない。みんな、カップラーメンにはお湯を入れなくてはいけない。そう思っているだけのことだ。

 カップラーメンと割り箸を持った僕は部屋に戻る。

「ミカも食事にする?」

 訊ねると頷くのでカップラーメンを分けようとする。

「他のがいいな」

 ミカが言うが僕は困る。
 もう冬だ。
 ミカが好むハエや昆虫はもういない。

「ふぁああぁ」

 ミカが欠伸をする。そろそろ冬眠する季節だ。
 どうしようミカが眠ってしまったら。
 僕は黒光りするミカの尻尾を撫でながら途方に暮れていた。

 おわり