2026年3月9日(月)【モリアガルモノハモリアガルノダ】
中道(立憲)は国民から批判されている。
「軍拡=戦争」という発想はもう時代遅れ。
軍拡をしている国が出てきている中、日本も軍拡をしないと自国を守れない。
というのが、最近の情勢である。
国民の、特に若者の多くは、そういった考えの人が多いのだろう。
でも・・・何かおかしくないか?
現在の社会情勢をニュースで見ていると、「ガキ大将が自分の思い通りにならないから喧嘩をしている」ようにしか見えない。
そう、「対話」がないのだ。いや、厳密に言えば対話はあるのだが、「対話で解決させる気がそもそもない」のだ。
相手が自分に不利なことを言おうとするなら、自国の軍事力をちらつかせ、言いたいことを言わせないようにする。
・・・子どもかよ。
「対話が通じない」から、戦争に発展することは仕方ないのか?
始まったら、いつ終わるかも分からない戦争を、やりたい人が本当にいるのか?
軍拡の正当性を主張する意見をたくさん聞いてきたが、やはり私は納得しない。
軍拡なぞにお金をかけずに、崩壊している日本の教育にお金をかけた方が、よっぽどこれからの国を守れる人たちが増えると思うからだ。
今、軍拡を正当化している人たちに対して、学習不足の(、または自分から学習する力が育っていない)人たちは、「あぁ、そうなんだ、そうだよな」と、鵜呑みにするだろう。
逆に、日本の教育が安定して、教職員がのびのび働けて、子どもたちが自分の能力のぐんぐん伸ばしていった場合、自分から学べる子どもたちが増える。
それは、「人と人との対話で問題を解決する世界」を構築していく人たちを育てることと同義である。
教員の賃金を、単純に2倍にしてはどうだろうか?何かを減らして、担任手当の支給や教職調整額の増額をするより、教員志望者が増え、教員の質が担保される。
学校教育で、嫌な相手は攻撃せよ、と教える教員がどこにいるのか?
大人がそれをしていて、子どもたちに響くものが何かあるのか?
全世界が一斉に武器を手放せば、争いは起こらなくなる。
そんなの理想論だと言う人がいるのだろう。
だが、理想は追求していくべきものであり、実現させていくべきものではないのか?
真に頭の良い政治家が生まれ、日本を、世界を真の平和に導いてくれることを切に願う。