ウルタールの路地裏から。 -119ページ目

みょん×ソード ep.Ⅱ アヤカシノユメ ②

 (ep.Ⅱ①はこちらhttp://ameblo.jp/nekobaron/entry-10409673950.htm )



 妖夢の意識は混濁した世界にあった。
 目の前を流れるとりとめのない情景。切り張りされたシーンの連続が、鈍い頭に叩きつけられていく。
 初めて巫女やメイドと戦い敗北した春雪異変に始まり、百鬼夜行、永夜異変、花の異変、天人の異変……彼女の経験した、様々な戦いの記憶が無秩序に浮かんでは消えていく。

 そして──



 「あなたみたいな半人前の未熟者、この屋敷にはいらないわ」


 「!」
 



 橙は手頃な大きさの洞穴を見つけると、その床にそっと妖夢の身を横たえた。
 「ン……」
 わずかに体をよじらせる妖夢。
 全く反応がなかった先ほどと比べると少しは回復しているのだろうか。時折反応を見せるようで、橙はほっと一息ついた。
 「よし! 次は……」
 ひょいと洞窟から飛び出す橙。数分もしないうちに大量の薪と草を抱えて戻ってくると、洞穴の真ん中に薪を集めて火を付け、少し離れた場所に草を広げた。
 そして、草を一本一本つまみ上げて注意深く観察し、使えるものと使えないものをより分けていく。
 橙が探しているのは、藍に教えてもらった、気付けと解熱、滋養の効能を持つ種類の薬草だ。
 妖獣向けの薬草が半人半霊の妖夢に効くかは分からない。
 それでも橙は妖夢のために、自分にできることをしたかった。
 自分には「力」がない。
 だから巨大な敵と戦うことはできない。ここ数日の襲撃も自分は離れて安全な場所から見ているしかできなかった。
 それだけじゃない。
 春雪異変の時だって巫女たちにコテンパンにやられて、主のところに逃げ帰るしかできなかった。
 いつも守られてばかりだ。
 だから、せめて今は。
 自分にできることくらいは精一杯こなしたい、主や妖夢の役に立ちたい。
 いつか、自分も強くなって戦える日が来るまでは。
 それが橙の思いだった。
 「これと、これと、これ。よし…」
 選別を終え、足下に薬草を並べていく。
 橙はそれを水筒の水で軽く洗って手に取ると、妖夢の近くへ持っていった。
 眠っている妖夢の顔を見つめる橙。懐からタオルを取り出して水で濡らすと、ベストとブラウスのボタンを外して、顔や胸元の汗を軽く拭いてやる。
 荒い呼吸とともに上下する青白い肌。
 先ほどより良くなったとはいえ、まだ苦しそうだ。
「後は、藍さまがしてくれたみたいに……」
 橙は自分の口に薬草を放り込み、それらをよく噛んで潰し、混ぜ合わせる。 

 そして、妖夢の顔に口を近づけていった。
 

 
 夢幻の中にあっても、胸を突く一言。
 主から言い渡された「不要」の宣告。
 それは妖夢の心に大きな影を落としていた。
 主のため、西行寺家のため、冥界のため。お役目とともに魂魄一族が代々受け継いできた剣術と二刀。
 先代である祖父より学び、そのお役目を継いでからも必死に研鑽してきた技。
 その剣の切っ先は常に、主の障害となるものを斬り捨ててきた。
 そう、妖夢の剣は、常に主のためにあった。
 その剣が行き場を失ったのだ。
 「幽々子様、御爺様、私の剣は……どこに行けばいいのですか?」
 遠い主と行方知れずの祖父に尋ねる。だが、当然答えは返ってこない。
「私には何が足りないのですか?」
 やはり、答えはない。
「強くなれば、すべてを斬れば……分かるのですか?」
 答えはない。
 歪む世界に投げかけられては消えていく問い。
 それをかき消すように、再び言葉が叩きつけられる。 


「あなたみたいな半人前の未熟者、この屋敷にはいらないわ」


 


「幽々子さまっ!」
 悲痛な叫びとともに、妖夢は目を覚ました。
「──ッ」
 頭に鈍い痛みが走り、視界がぼやける。意識もまだはっきりせず、状況を把握できない。


『あなたみたいな半人前の未熟者、この屋敷にはいらないわ』
「ッッ!」


 夢の残響のように頭を巡る主の言葉。
 脂汗が頬を伝い、背筋をいやな汗が流れる。
 妖夢は半身を起こしたままの体勢で頭を押さえた。
「あんな夢を見るなんて……」 
 呟いてしばらく後。
 頭を上げて周囲に目をやる。
 場所はそこそこの広さがある洞穴の中。すぐそばでは焚き火が燃え、そこから少し離れたところには見たことのない植物が散らばっている。
 少しづつ意識が明瞭さを取り戻してくるとともに、意識を失う前の記憶が頭によみがえってくる。
「そうだ、私は倒れて」
 そこまで言って妖夢はため息をつき、頭を抱えた。
「……情けない」
 自分を運んで介抱してくれたのは恐らく橙だろう。
 自分としたことが、気を失うという不覚をとった上に、橙にまで迷惑をかけるとは……。
 再びため息。
 妖夢は気を取り直して橙の姿を探す。そこには橙の鞄が落ちていた。すぐそばには石で重しのされた紙切れも。
 妖夢はその紙を拾い上げる。
 そこには拙い文字でこう書かれていた。
 
『やくそうをとってきます。すぐもどるので、あんせいにしていてください  ちぇん』


 やはり介抱してくれたのは橙らしい。
 自分の情けなさに再び落ち込み、座り込む妖夢。
「ン?」
 不意に妖夢は表情をしかめた。
 それは口の中に奇妙な味を感じたためである。
 僅かだが痺れるような辛みと苦みを放つ植物のようなものが口腔に残っている。
 橙が手紙に書いていた薬草だろうか?
 でも、寝ている間にこんなに細かく咀嚼できるわけはないし、調合の道具を使った様子もないから…。
 無意識に唇を触り、気付く。
 道具無しに、薬草を混ぜ合わせて飲ませる方法。
 それは、つまり。
 

 ぼっ。
 

 妖夢の顔が焼けそうなほどに真っ赤になる。
「~~ッ」
 そして漏れ出る言葉にならぬ声。
 妖夢は今この場に橙が居なくて良かったと心から思った。
 もし居たらどんな顔を向ければいいのか分からない。
 こういう救護行為を恥じるのは不謹慎だと分かっているのだが、身持ちの堅い妖夢にとっては、やはり同姓でもこう言った行為は変に意識してしまう。
 とりわけ橙はその無邪気さもあって『藍さまが言ってた』という大胆な行動やスキンシップを度々とってくることがあり、妖夢はその度に赤面させられてきた。 
「でも、助けられたのも事実……か」
 妖夢の顔に浮かぶのは優しい笑顔。
 体調の回復もあるが、気付けば幾分か気が晴れていた。
「橙のおかげかな」
 妖夢は優しく言うと立ち上がり、軽く伸びをする。確認するように体を動かしていく。まだ少し足下がふらつくが、普通にしている分には問題ない。
「帰ってきたらお礼を言わないとね」
 言って妖夢は微笑む。
 しかし、それでも。
 妖夢の心の奥にある「もや」は、完全には晴れていなかった。主の言葉は、深く沈む汚泥のように妖夢の根本の部分にこびりつき、その心を知らずのうちに蝕んでいく。

 風に揺られたリングがもの哀しげな金属音を立てる。

 その音は妖夢の晴れぬ心を象徴するように、細く尾を引いて響きわたっていた。
 


 暗くなり始めた曇天の下、薬草を探しに出た橙は信じられない光景に遭遇していた。
 洞窟からそう離れていない茂みの一つ向こうに、急に里の景色が現れたからである。
 そして橙は知っていた。里と言ってもすべての人間がその中に住んでいる訳ではなく、その周囲にもいくつか人の住む家があることを。昔、この辺に住む湖で漁をしている男の家から魚を数匹ちょろまかそうとしたり、他にも職人や木こりの家などでいたずらをしたことも覚えていた。
 ついでに、その度にそれらの家から里に情報が伝わり、ちょっとした騒ぎになったおかげで駆けつけたハクタクらに痛い目に遭わされたことも覚えていた。
 だから、おかしい。
 それならば近郊で起きたダンと巨龍の戦いに町は騒然とし、ハクタクらが駆けつけてきてもいいはず。
 しかし里は全くの平穏そのもの。生活の煙や灯りは途絶えていなかった。
「何で……?」
 心底不思議そうに呟く橙。まるで茂み一つ隔てた先で、世界がまるごと変わってしまっているような……。
「あっ!」
 気付いた橙は茂みに目をやると、里に背を向け、再び茂みの向こう側に分け入っていく。
(まさか……)
 そして確信を持って振り返る。
 そこに里の姿はなかった。
 向こう側に広がるのは一面の森の景色。
(やっぱり!)
 橙は理解した。ここ数日の怪異、あの龍の正体を。
 それを妖夢に伝えるべく、橙は洞窟へ走り出そうとした。
 そこに大きな影がかかる。
 薄明かりを遮る巨体。
 それは、龍の配下である機械竜のものだった。
「……!」
 機械竜の巨大な腕が、橙に迫る。
「う……」
 足がすくみ、動けない。
 また、私は──。
 涙ぐみ、目をつぶる橙。無慈悲に迫る竜の爪。
 その影が急に取り払われた。


 響く強烈な金属音。それとともに機械竜が大きく吹き飛ぶ。


「えっ」
 顔を上げる橙。そこには機械竜の前に立ちはだかるダンの姿。
「妖夢さん!」
 思わず橙は声を上げる。
 先ほどまでの涙が嘘のように、ぱぁっと笑顔が咲く。
 ダンの姿は、妖夢という存在は、橙にとってそれほど心強い存在になっていた。
 


 青い流体の流れるコクピット。膝を突いて楼観剣を床に突き刺し、ダンを操作する妖夢。
 まだ呼吸は荒いものの、機械竜を殴りとばした一撃にはかなりの威力が戻っていた。
 モニタを操作し橙の無事を確認する妖夢。
 先ほどのことを思いだして一瞬、顔が赤くなるが、気を取り直して前方の敵を見据えた。
 敵の機械竜は三体。
 橙を襲った巨大な機械腕のものの他に機械の二頭を持つ四つ足のもの、背に巨大な機械翼を持つものが現れる。
 巨龍はまだ姿を見せていない。
 三体の機械竜はダンを睨みつけると各々の武器で一斉に襲いかかってきた。有翼のものは空中から、後の二体は地上から。
 ダンはそれを正面から迎え打つ。
「……来い!」
 まず、妖夢の視線は飛来する有翼の竜をとらえた。
 急降下し、迫りくる巨体。
 ダンを引き裂かんと爪を振りかざす。
 しかしダンはその場から動かない。
 刀を逆手に持ち、ゆっくりと、そして大きく後ろに振りかぶる。
 そして、槍投げの要領で勢いよく投擲。
 大気を裂いて飛翔する剣は見事、竜の心臓に突き刺さる。
『ギャアァァァァス!!』
 ほとばしる悲鳴。
 それを契機にダンも走り出す。
 有翼竜が墜ちるより早く跳躍。
 その身にとりついて素早く刀を引き抜き、宙返りしながら着地。
 すかさず後ろから迫る二頭竜の顎を長刀で背中越しに受け止める。
 拮抗する力。
 刀を噛み砕き、ダンに食いつかんと二つの顎にぎりぎりと力が込められていく。
 重量差もあってか少しずつ押し込まれるダン。
 しかし、妖夢に焦りはない。
「こっちだって、武器は二つある!」
 妖夢はダンを操り、長刀の柄に左手を沿わせた。
 すると、長刀の柄と刀身の一部が分離し、小刀になる。
 ダンはその小刀を左手にしっかと握ると、振り向きざまに竜の首に一閃。
 二頭を切り落とし、一本に戻した長刀で胴体に止めをさす。
 火花を吹いて爆発する機械竜。
「次!」
 振り返る妖夢。視界に機械腕の竜の姿はない。
 ダンの足下で、不自然な振動が響く。
「地中か!」
 地面を突き破り現れる機械腕。しかし、その一撃は空を切った。
 機械竜の頭上、遙か上空で、ダンは大きく長刀を振りあげる。
 とっさに腕で防御する機械竜。
 だが、遅い。
「頭上花剪斬!」
 気合いのこもった兜割りが、機械竜の体をその腕の防御ごと斬り裂いた。
 まさに一刀両断。
 機械竜は鉄屑の混じった体液をまき散らしながら爆散する。
 炎がダンと深い曇天を照らし出した。
 三体を見事撃破。しかし、妖夢の目に油断はない。
「……!」
 飛来する数発の火炎弾をダンは大きく飛び退いてかわす。
 着弾地点より上る火柱。
 そのむこうより巨龍が現れる。
 顎を大きく開き、鎌首をもたげてダンを見下ろす威容。
 大気を揺るがす咆哮が響きわたる。
「今度こそ、倒す」 
 鋭くつぶやく妖夢。
 しかし、妖夢は巨龍を前にしたとたん、今までと同じような感覚に襲われていた。頭痛を伴うめまい。悪酔いにも似た不快な感覚。
 遠のき始める意識。それを押し止めるように妖夢は楼観剣を握り込む。
 長刀を分割したダンが、広く二刀を構える。

「……魂魄妖夢とその剣、ダン・オブ・サーズディ、参る!」
 


ep.Ⅱ③へ続く