ウルタールの路地裏から。 -110ページ目

みょん×ソード ep.Ⅲ 届かず、遠く①

傷だらけの夢が風に吹かれて転がってゆく。

欲望の嵐が渦を巻き、新たな異変を巻き起こす。

幻想郷はそんな場所。

野望と夢が飛び交う、人外たちのパラダイス。


ともに歩み、同じ志を持つ相手がいる。

ほんのわずかな触れ合いで、彼女らは同じ夢を見る。

そして、その一方で戦わねばならない相手もいる。

それは果てしなき旅の壁。山のように高くそびえたつ。






みょん×ソード epⅢ 届かず、遠く
 



 「いよ~ぅ、お疲れさん」
 幻想郷の東端、人里離れた場所に位置する博麗神社。
 紫達の消息を追ってそこに至る獣道を抜けてきた二人を迎えたのは、気の抜けた舌っ足らずな声。
 その声の主、まだ日も高いというのに引火しそうなほどのアルコール臭を漂わせているのは鬼の伊吹萃香だった。何故か霊夢のお下がりらしき巫女服を着て、神社の拝殿の床に寝ころんでいる。
「でも霊夢なら此処には居ないよ~」
 言って萃香は巫女服の胸のあたりをくいくいと指さす。そこには『代理巫女 伊吹翠香』と書かれた名札が。
「代理巫女…ですか?」
「そ、似合うかい?」
 萃香は名札を見ていぶかしむ妖夢に答えながら、袖をひらひらとさせてみせる。
「何でも霊夢は『ばかんす』だってさ」
 バカンス。
 妖夢も名前くらいは聞いたことがある。それは気分転換のための長期休暇のことを指し、人はその際に夏には海や高原などに、冬は雪山や南国に行くという。
 しかし、幻想郷に元々海などないし、時期柄景観を備えた雪山もない。あるとすれば湖くらいだが、今行っても氷の精霊くらいしかいないだろう。
 妖夢はどうにも引っかかるものを感じ、首をかしげた。
「突飛なのはいつもですけど……一体どこに?」
「知らないよ。確か冬のあたりからだったかなぁ? 久々に天界から降りて来たら紫が居てね」
「「紫さまが!?」」
 思いがけぬ情報に身を乗り出す二人。
だが萃香は意にも介さず、酒を瓶から一口あおって話を続けた。
「そう。『留守番お願いね~』って言って、この巫女服と大量の酒を置いてったんだよねぇ。で、それきり」
「そうですか……」
 落胆する妖夢と橙。
そんな二人をよそに、萃香はまた酒を一口あおる。
「きっと霊夢も紫も私を置いて、どっか楽しいところに行っちゃったんだ。しくしく」
 わざとらしく泣き崩れてみせる萃香。しかし代理生活はちゃっかり満喫しているようで、その周りには御神酒の瓶が大量に転がっていた。
「なんか腹立つなぁ、ちくしょ~」 
 言って、萃香は半分以上中身が残っている一升瓶を一気に飲み干す。
 傍から見ても胸焼けしそうな光景だった。
「最近はあまり妖怪も遊びに来ないし……退屈だなぁ」
 そこまで言ったところで萃香は不意に言を止める。そして、『にぃぃ』と笑みを浮かべた。
 イタズラを思いついた子供のような、恐ろしいほどに無邪気な笑み。
 その表情に妖夢は本能的に寒気を感じた。
「てぇりゃ!」
 突然、繰り出される鉄拳の一撃。
「……ッ!」
 妖夢はとっさに二刀を抜き放ち、重ねた刀身でそれを受け止める。
 しかしその一撃の威力は凄まじく、吹き飛ばされた妖夢は賽銭箱の上を越え、参道の中頃あたりまで行ったところでかろうじて止まった。
「おぉ、やるねぇ。あんたも、その剣も。暇つぶしには丁度良さそうだよ」
 拳を突き出したまま嬉しそうに言う萃香。
「橙、少し待っていて」
 妖夢は拝殿の方に目をやって橙に促すと、小刀を左逆手に、長刀を右手にして二刀を構える。
「お、やる気だね」
「百鬼夜行の時の敗北、忘れてはいませんから。負けっぱなしでは気が済みません」
 妖夢の言葉に萃香はますます嬉しそうに笑みを浮かべる。
「いいねぇ、真っ直ぐだ。鬼はそういうのが大好きなんだ!」
 言って萃香は本殿から飛び出し、参道に降り立った。
 真正面から向き合う二人。
「さぁ、その剣がどれほど鋭くなったか、そしてお前自身はその鋭さにどれだけ近づけたか、鬼の私相手に試して見るがいい!」
「言われずとも!」
 走り出す二人。
 先ずは小細工無しの真っ向勝負。
「妖鬼『─密─』」
 振り上げた萃香の右手に熱が萃(あつ)まり、それは拳を覆う炎になる。
「心抄斬!」
 一方、妖夢はさらに加速。桜色の剣気とともに斬り込んでいく。
 

 拳と剣が、主不在の神社で衝突する。




「始まっちゃった……」
 拝殿の床にちょこんと座り込んだ橙は二人の戦いを眺めていた。
 苛烈に攻める萃香の拳を妖夢は白楼剣でいなし、楼観剣で斬り返す。

 萃香はそれを霧になってかわすと、腕だけを再構成したアッパーで反撃。

 かと思えば、妖夢は空中で体勢を立て直し二刀からの衝撃波で攻め返す。
 こういった私闘は本来弾幕勝負のカテゴリに入るはずなのだが、二人とも近い間合いを得意としていたため、戦いはほとんど格闘戦の様相を呈していた。

 剣と拳、斬撃と爆炎の応酬が繰り広げられる。
 しかし、橙はただその戦いよりも今後のことの方が気なっていた。
「どうしよう、お友達の萃香さんも紫様さまのことを知らないなんて……」
 途方に暮れる橙。
 どこを見るでもなく、ぼんやりと眼前の戦いを眺めていた。
 そうしてしばらくたった頃。
 視界の端に、ふと目を引く色彩がよぎった。
 それは──
 橙の瞳が見開かれ、心臓が高鳴る。
 金色。
 目に焼き付くほど鮮やかでいて、柔らかく揺らぐ金色。
 二人の戦いをよそに拝殿の裏手へと歩みを進めていくその姿。
 見間違えようはずもない。
 その金毛は。
 橙は思わず名を呼んでいた。
「───」
 言葉は爆音にかき消される。
 それでも、橙は確かに呼んでいた。


 藍さま、と。



「あははは! 面白い、鬼相手にそこまで正攻法でくるとはね!」
 爆炎のむこう、萃香の顔が喜悦に歪んだ。
 両の手に炎弾を形成し、連続で投げつける。
 妖夢はそのことごとくを両断、さらに間合いを詰めてくる。
 萃香は感心したように口笛を吹いた。
「いいねぇ。なら…これはど・う・か・なっ!?」
 萃香は疎の力で霧に変化したかと思えば、大量の小さな分身となって妖夢の全方位を取り囲む。
「「「「かごめかごめ~って言っても、全部私だけどねっ!」」」」
 ちび萃香の数十の拳と炎弾が一斉に妖夢に襲いかかる。
 そして、爆発。
「「「「ははは、やりすぎたかな?」」」」
 まき上がる煙を取り囲んで笑うちび萃香たち。
 しかしその姿はまとめて斬り払われ、霧散していく。
「「増えるのは貴女だけの技じゃありません」」
 煙の向こうから現れたのは『二人』の妖夢。
 妖夢は半霊を短時間己の分身に変えるスペルカード、魂符『幽明の苦輪』を使うことで全方位からの攻撃を防ぎきっていた。
 元の姿に戻る半霊。
 妖夢は萃香の姿を探そうと視線を巡らした。
 そのとき、


 がしっ
 
 と、妖夢は不意に背後から右腕を掴まれる。
「つかまえたぁ~」
 振り返ると、そこには半ば煙と同化した萃香。
 再構成されていく顔に浮かぶは凶暴な笑み。
「未熟未熟。素敵なほどの鈍さも相変わらずだ」
「……くっ」
 白楼剣で突きを繰り出そうとするも、煙の中から飛び出してきたちび萃香たちに左腕を押さえ付けられてしまう。
「お前は私が分身したとき、その見える分身だけが全てだと思った。本体の私がどうしているか気づきさえもしなかった」
 幼い体に似合わぬすさまじい握力。押さえつけられた妖夢は動くことすらできない。
「腕は磨いているようだけど、そこはまだまだ甘いねぇ。『見えるものしか見ない』なんて!」
「……!」
 妖夢は黙り込んでしまった。
 先日の戦い、橙の協力なしでは幻影を破ることができなかったという事実を思い出したからだ。
 力の差、己の未熟を妖夢は痛感させられて気が沈む。
「でも、暇つぶしにはなったかな。楽しかったし」
 萃香はけらけらと笑いながら、空いた左手でスペルカードを取り出した。
「敢闘賞ってことで、本気でとどめさしてあげるよ。鬼符『大江山──」
 そこまで言ったところで萃香の動きが止まり、腕の拘束がゆるんだ。
「?」
 突然の解放を不審に思い、妖夢は萃香に目をやる。
 そこにあったのは妙な量の汗を流す青ざめた顔。視線も定まっていない。
「うぷ」
「!?」
 恐ろしいほどの嫌な予感が妖夢を襲う。
 頭によぎるは決闘前の光景。
 神社本殿に転がっていた大量の御神酒の瓶。そして勝負による急激な運動。
 これは。
 まさか。
「……ッ!」
 妖夢は全力で離脱し、間合いを取った。


 酒飲みが調子に乗った結果といえば、一つである。
 妖夢は思わず目をそらし、後ろを向いた。
 まばらな雲が浮かぶ清々しいまでに青い春の空を見上げ、そして思う。
 なんだかなぁ、と。




(藍さま、藍さま、藍さま!)
 橙は走り出していた。
 拝殿の角、神社の裏手に向かう後ろ姿を追って。
 見失わないように、ただ走る。
 他のことなど考えられなかった。
 ずっと、会いたかった。
 追い続けていた。
 大好きな主。
「藍さま!」
 再びその名を叫び、角を曲がる。
 その小さな体が、


 ぼふっ


 と、柔らかいものに受け止められた。
 感じる、懐かしい匂い。
「ただいま、橙」
 かけられる声に胸が熱くなる。
 それほど時間が経っていないはずなのに、橙にはとても長く思えた。
「一人にして、すまなかったな」
 頭をなでる優しい手。
 橙の瞳には涙があふれていた。
「藍さま、藍さま!」
 橙の声にはだんだんと嗚咽が混じり始めていた。
「大丈夫だ、私はどこにも行かないよ」
 言って、藍はふるえる小さな肩を抱きしめてやった。
「ぐすっ……本当ですか?」
「ああ、本当だ」
 自分の式の問いに、藍は強く抱きしめて返す。
「うぅぅ……うわぁぁああん」
 とうとう橙は泣き出してしまった。
 藍はその背中をあやすようにぽんぽんとなでてやる

 親が子にしてやるように何度も、何度も。




ep.Ⅲ②へ続く