◎番外◎ ひとりごと(4) | ねこバナ。

◎番外◎ ひとりごと(4)

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皆様こんにちは。

地震のあと、雪崩てしまった本棚に本を押し込めながら、ふと昔の手帖を拾い上げ、そこに

「はうっ」

むかーしむかしにお付き合いをしていた女性の写真をみつけ、あわてて奥につっこんだ佳(Kei)でございます。

別に連れ合いに見つかっても、どうってこたぁないと思うのですが。
わざわざ見せるのもなんですし、捨ててしまうのもなんだか可哀想で。
いえ写真がですよ。
その昔のお相手に、別段未練があるわけでもないのですが(大昔のことですしね)。
誰かの姿かたちを映しているものを、どうにもこうにも捨てられないのです。
ヘタレな私をお許しください。

そうそう、姿かたちといえば、思い出しました。
皆様、こんな経験は、おありでしょうか。

  *   *   *   *   *

一目惚れというものに、私は共感したことがなかったのです。
見た目素敵だな、と思うことはありましたが、それが大きな衝撃となって襲ってくることなど、ありませんでしたから。
あの日、あの時を迎えるまでは。


某年某月某日、私は秋田県の横手という街におりました。
バスに乗ってあちこち見てまわり、昼間っからビールとともに名物横手焼きそばを堪能し、駅の待合室の隅に突っ立って、ぼんやりと汽車を待っていたのでございます。

待合所の中にはちいさな売店がひとつ。
十数人の老若男女が、椅子にこしかけ、思い思いに待ち時間を過ごしておりました。
ああ、まるで地元の駅に帰ってきたようだ、と、なにやらノスタルジイを喚起させられた私は、ほろ酔い気分で旅情に浸っていたのでございます。

視点の定まらない私の目の前を、すう、と過ぎてゆく人がありました。
何気なくその横顔に、焦点を合わせた瞬間。


ごろごろごろごろごろごろ
どっかーーーーーーーーん


あたまの中に、雷鳴が轟いたのでございます。

つややかな黒髪と
透き通るような肌
そして長い睫のほかは
なんと形容してよいやら
判りませんが
ともかく

類い希なる可憐な少女が、眼前にあったのでございます。
今風に申せば

「め、めっちゃタイプやん!」

×100くらいの衝撃でございました。

制服を着た女子高校生と思しきその少女は、元気にすたすたと売店のほうへ向かい、中のおばちゃんと楽しげに談笑しておりました。
周りの人々は、何事もなかったように過ごしております。
なぜ、なぜに誰も、あの可憐さに眼を奪われないのか。私には不思議でしょうがなかったのですが。
ともかく私は、呆けたように、その少女の後ろ姿に、しばし見とれておりました。

開け放たれた待合室の窓から、ゆるやかに春の風が吹き込んで。
少女の髪の毛を揺らしました。
そうして。

くるりと少女は振り返り。
一瞬、私の眼を見ました。

ずきゅん

撃ち抜かれました。ええ撃ち抜かれましたとも。
次元の44マグナムか、はたまた対戦車ライフルか。
いえそれ以上の衝撃でございます。
あんなぱっちりした眼で見られた日にゃ。
正気でおられる訳がないじゃあありませんか皆の衆。
ここここここれが一目惚れなる現象か。
あなおそろしや。

私の心臓は、がんがんがんがんと鋼を打つようで。
ほろ酔い気分もあって、それは一層加速して。
全身の動脈という動脈がばっくんばっくんと波打ち。
立っているのもやっとの状態でした。

いかん倒れそうだどうしようしかしここで救急車に運ばれてったらどうなるんだ旅先で女の子に見られて急性心不全とかって恥ずかしすぎるいや現にそうなってるじゃないか落ち着け落ち着くんだそうだこういうときは関係ないことを考えるに限るうんうんそうだああさっきの焼きそばうまかったビールにぴったりだあれは家でも作れそうだなやっぱり福神漬とそれからパリッとした目玉焼きがポイントだなあの焼き加減とあのヴィジュアルがまたよろしいそうあの目玉焼あの目玉あの目あの眼あのめぱっちりしたあのめめめめめめめめめぐあああああああああ

...どうしようもなくくだらない、しかし必死の妄想を繰り広げながら。
私はよろよろと、待合室をあとにしたのでございます。
はい、どう見ても怪しすぎるおっさんその1。
そうして私はそれから二十分あまりを、券売機の横に突っ立って、所在なく過ごしておりました。

ようやく心臓の音が落ち着いてきた頃。

「秋田ゆき、間もなく到着いたしまーす」

アナウンスが流れ、人々が待合室から改札へと、ぽろぽろ動いてゆきます。
そうして、その人々のなかには、あの少女のすがたがありました。
見てはいけない。いやしかし。
駅のタイル貼りの床を睨みつけ、ぎゅっと拳を握りしめて。
はっと顔を上げると、その少女は、改札の向こうへと消えてゆくところでした。

髪の毛がさらりと舞って、午後の陽射しに、溶けてゆきました。

  *   *   *   *   *

帰りの汽車に乗り込んだ私は、ワンカップの蓋を開けながら、少女のすがたを思い返しておりました。
もっと自分が若くて、あの少女と同じくらいのトシだったら、彼女に声をかけただろうか。
いいや、多分今とおんなじだ。声もかけられずただ俯いて、後ろ姿を見送るに違いない。
もちろん、それでいいのだと思う。思うが、それにしても。

ジンセイ初の一目惚れ。
旅先の駅の待合室で。
しかもじょしこおこおせい。
可憐という言葉のほかはない、一瞬の光景。

妄想から現実にかえって、ふと見る。
私の手の中にはワンカップ。
そしてホヤの燻製。

なんなんだこのギャップは。

「ぷぷっ」

あまりの可笑しさに、ひとり苦笑して、私はぐびっと、酒をあおったのでありました。
酒は私の喉を灼き、あの光景すらも、脳にじじじと焼き付けました。

そのせいでしょうか。
少女の可憐なすがたは、十年近く経った今でも、ありありと思い返すことが、出来るのでございます。

  *   *   *   *   *

毎度へなちょこですみません。
私は、こんな人間です。

皆様にはおありでしょうか、一目惚れの経験。




おしまい




ねこバナ。

これがその時の「横手焼きそば」デス




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