第二百十二話 ネコを探しに | ねこバナ。

第二百十二話 ネコを探しに

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ネコという動物がいるらしい。
だから、探しに行かねばならない。
村のオサは僕にこう言った。

「このままでは、あの黒くて小さい奴に、村の食い物はみいんな食われちまう。なんとしても見つけ出してくれ」

伝説によると、ネコは、黒くて小さい、あのいまいましい奴らを餌にする動物なのだという。
大きな耳と鋭い牙、そして夜でも光る妖しい眼を持つというネコを、僕は手に入れなければならないのだ。
村を守るために。

「頼んだぞ」

村人みんなに見送られて、僕は村をあとにした。
村をすっぽり包んでいる壊れかけたドームから踏み出すと、外には果てしない砂漠が広がっていた。

  *   *   *   *   *

最初に辿り着いたのは、川沿いの汚いごみごみした街だ。
此処も、黒くて小さい奴に随分苦しめられているようだ。
至る所を奴らが走り、手当たり次第に食い荒らしている。

「ネコ? ふん、そんな都合のいい生き物がいるんなら、とっくの間に手に入れてらあ。しょせんは伝説さ」

と、人は口々に言う。そうして、

「この街も、もうおしまいだ」

などと口走って、さっさと走り去ってしまう。
どうやらここで、手掛かりは見つかりそうにない。
僕は見切りを付けて、早々に街を立ち去った。

  *   *   *   *   *

次に辿り着いたのは、灰色の丘が連なる大きな街だ。
丘にはたくさんの四角い穴が空いていて、人々はそこから僕を覗き見ている。これはビルヂングという旧世紀の遺物だと、オサが教えてくれたことがある。
街に入ろうとすると、数人の男が僕の行く手を阻んだ。

「すまないが、村によそ者を入れる訳にはいかない。黒い奴らが紛れているかも知れないからな」

そんなことはないと僕は説明したが、聞き入れてはもらえなかった。僕はネコについても訊いてみたが、

「知らない。知っていたとしても、よそ者に教える訳にはいかない」

にべもなく、僕は街から追い払われた。
何の手掛かりも得られないまま。

  *   *   *   *   *

次に辿り着いたのは、酷い臭いを放つ沼のほとりの小さな村だ。
この村には、あの黒い奴らはいないようだった。

「そりゃあそうさ。この酷い場所で暮らせるのは人間くらいのものさ。もっとも、そう長くは生きられないがね」

ひと晩泊めてくれた男はそう言って、激しく咳き込んだ後、口から血を吐いた。
僕はネコのことを訊いてみたのだが、

「ふうん。そんな生き物がいるのかねえ。まあいたとしても、ここには近寄らないだろうな。へへへへ」

そんなふうに、男は寂しく笑った。
翌日、僕が眼を覚ますと、その男はベッドの上で息絶えていた。

男の埋葬を済ませた僕は、旅を急ぐことにした。

  *   *   *   *   *

次に辿り着いたのは、ボウルのように窪んだ鉱山街だった。
深い深い坑道の奥に住む人々は、まるであの黒い奴らのように、もぞもぞと蠢いていた。

「ああ、ネコの話は、聞いたことがあるよ」

ひとりの老人が教えてくれた。絶望を刻んだ皺が、言葉を発するたびに震えた。

「山を幾つも越えた、遠い北の集落で、そういうネコを見たと聞いたことがあるよ」
「それは、ほんとうにあの黒い奴らを食うのですか」
「ああ。そうして、集落の食い物を守っているんだそうな」

僕は歓喜に震えた。やった。ようやく見つけたのだ。

「だがなあ」

老人はまた、ひくひくと皺を震わせた。

「それはもう、五十年も前の話だ」
「ご、五十年」
「今はどうなっておるか、誰にも判らんのさ」
「何故です。何故判らないのです」

老人は、膝を抱えて、蹲ってしまった。
膝の間から、擦れた声が滲み出て来た。

「その北の地は、戦に飲み込まれたのさ。もう、生きている人間はおるまいて」

  *   *   *   *   *

僕は北の山へと向かった。
荒れ果てた険しい山道を進んだ。ひとつ山を越えたところで、今まで見たことのない、冷たい氷の粒が吹き付けて来た。
それはずんずん深くなり、ついには辺り一面、真っ白に埋めてしまっていたのだ。
三つ目の山を越えた時、僕は見つけた。
白い盆地の真ん中に。
真っ黒な瓦礫の山を。

辺りを調べて見たが、人の気配は全く無かった。
僕は最後に、瓦礫の中心に聳える、一番大きな建物に入った。

「誰か居ませんか」

大きな声で呼びかけながら進む。しかし返事はない。
だんだん闇が濃くなる。僕は壁に手をつき、辺りをまさぐりながら、ゆっくりと歩いた。
正面に壁が立ちはだかる。もぞもぞと壁を撫でると、取っ手のようなものが伸びていた。渾身の力でそれを引っ張る。

ぎいいいいいいいいいいいい

怖ろしい響きを立てて扉が開いた。中から光が洩れて来る。
オレンジ色の光に満たされた室内に、僕は一歩踏み入れて、

「うっ」

言葉を失った。

ドームのような高い天井。幾つかの窓からは光が射し込み、辺りを照らしている。
オレンジ色に浮かび上がったのは。
山のように積み上がった、白骨化した屍体だった。

恐る恐るその山に近付く。どれも着衣のまま息絶え、長い年月が経過しているようだ。
屍体の手足は複雑に絡み合って、どれも部屋の奥のほうへと向かおうとしている。
一体何があったというのだ。僕は慎重に、屍体の山の周りを調べようとした。

「ちっ、ちっちっ」

鳴き声に気付いた。あれは。
黒い奴らだ。
食い物を食い荒らす、悪魔だ。
やはりここにもいたのか。

ふと振り返ると。

「うぎっ」

一匹の黒い奴を咥える、生き物があった。
大きな耳。
全身を覆う褐色の毛。

「あ、あれが」

ネコなのか。

僕はそれに近付こうとした。するとその生き物は、黒い奴を加えたまま、すいすいと積み上がった屍体の上を飛び跳ねてゆく。
そう、どの屍体も手を伸ばしている、部屋の奥へ。
その先には、石で出来た台のようなものがあった。
屍体の、そしてあの生き物の向かおうとする方向に、一体何があるのだ。
僕は意を決して、屍体の山に足を踏み入れた。

がらがらがらがらがらがら

「うわああああ」

沈み込み、崩れ落ちそうになる。
僕は必死に骨をかき分け、前へと進む。
あの生き物のいる石の台へ向かって。
まるで僕は、屍体のひとつになったような気分だ。

「ぴゃあう」

屍体の山を半分ほど登ったところで、小さな鳴き声が聞こえた。
眼を凝らして見ると、石の台の上に、小さな生き物がいる。
黒い奴とは違う、褐色の毛で覆われた、小さな生き物が。

「ぴゃああう」

その傍らに、黒い奴を咥えたあの生き物が座った。
そうして、もう動かない黒い奴をぽとりと落とす。
小さな生き物は、それを前足で押さえながら、貪り食っている。

「や、やっぱりネコだ。これが、これが」

僕は渾身の力で、屍体の山をかき分けて進んだ。

がらがらがらがらがらがらがらがら

二匹のネコは、僕に眼もくれない。
小さいネコは、必死に獲物に食らい付いている。
大きいネコは、それを静かに見守っている。

「はあっ、はあ、はあ」

こいつを連れて行けば。
僕の村は。

「はあ、はあ、はああああ」

石の台の向こうには。
ネコを象った、ガラス窓が。

「ええええええい」

僕は漸く山を登り切り。

「ぴゃっ」

小さなネコを鷲掴みにして。

「う、うわあああああああああ」

屍体の山を、転げ落ちるように降りていった。
はやく。
はやく帰るんだ。
扉を押し開けて。
外に出ようとした。

「びゃあああああああああおう」

鋭い鳴き声に、ぐいと襟首を掴まれた。

「びゃああああああああああおう」

天井に、壁に床に、屍体の山に共鳴して。
その声は、じわじわと僕の脳髄を貫いた。

「ぴゃーう」

胸に抱いた小さいネコは、その鳴き声に応えるように鳴く。
血にまみれた口をいっぱいに開けて。

「びゃあああああああああああおおう」

大きな鳴き声が、私の足下で響いた。
大きなネコが、僕の足によじ登って。

「びゃあああああああああああおう」

必死に、何かを懇願していたのだ。

くたびれた褐色の毛皮が。
痩せ細った身体が。
大きな緑色の眼が。

僕の何かを、衝き動かした。

  *   *   *   *   *

僕はそうっと、小さなネコを床に下ろした。
大きなネコは、小さなネコをぺろぺろと舐めると、その身体を咥えて、すいすいと屍体の山を登っていった。
僕はただ呆然と、その姿を見送っていたのだ。

ネコを象った窓から、オレンジ色の光が僕に向かって降り注ぐ。
ふたつのシルエットとなったネコたちは。
屍体の山の向こうで。
石の台の上で、静かに僕を見ていた。
僕は。

帽子を深く被り直して。
絶望と悔恨と安堵に揺さぶられながら。

その廃墟を、後にしたのだ。



おしまい




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