第二百八話 白猫伝説 其一 | ねこバナ。

第二百八話 白猫伝説 其一

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ねこは みずが きらいと よく いうが
むかしは たいそう みずが すき だったんだと
うみに もぐって さかなを とったり
ゆったり およぎを たのしんで いたんだと

なんで ねこが みずに はいらんように なったか
それを はなして やろうかの

  *   *   *   *   *

むかあしむかしの そのむかし
うみが とっても よくみえる
むらの おやまの ちゅうふくに
ちいさな やしろが あったんだと

その おやしろには
うみの かみさまが まつられていて
その けんぞくは しろい ねこ だったんだと

むらの りょうしは りょうに でる まえに
かならず その おやしろに おまいりして
たいりょうを ねがったんだと

  *   *   *   *   *

ヘイタは このむらの わかい りょうしで
たいそう はたらきもの だったそうな
みよりのない ひとりぐらしで
びんぼうだったが きだてのいい おとこだったそうな
ただ ちいさい ころの やまいの せいで
くちが きけんかったそうな

あるひ ヘイタは いつものように
りょうに でようと ふねを おそうとした
すると

ふねの なかには
ぐったりと よこたわる しろい ねこが
きずだらけで いきたえだえの しろい ねこが おった
ヘイタは びっくらこいて ねこを かついで
むらの じいさまの ところへ つれていった

その しろい ねこは
みぎめが ぴたりと とじたままだった
ひだりが ひのひかりのような きんいろを しておった
それをみた じいさまは
これは うみの かみさんの つかいだから
ようく かいほう しておあげと いった

ヘイタは いわれたとおりに
かいがいしく ねこの せわを した
きずぐちを ふいたり
さかなを たべさせたり
しもの せわを したり

ひとつきも たたんうちに
ねこは すっかり げんきに なった
じいさまは ヘイタに いった
ねこが げんきに なったなら
やまの おやしろへ つれて いきなさいと

ヘイタは ねこを せなかに しょって
おやまの おやしろへ のぼっていった
そうして ねこを おやしろの まえに
そうっと おいて あげた

ねこは たいそう なごりおしそうに ないた
ヘイタも たいそう なごりおしかったけれど
やがて ゆっくり やまを おりていった

  *   *   *   *   *

それから ふたつきばかり たった あるひ
ヘイタは いつものように
りょうに でようと ふねを おそうとした
すると

ふねの なかには
ぐったりと よこたわる
ひとりの おんなのひとが
いきも たえだえの おんなのひとが

ヘイタは びっくらこいて
おんなのひとを かついで
じぶんの いえへ つれていった
そうして じいさまを よびに はしった

おんなのひとは
すきとおるような しろい はだをして
かみのけは あおびかり するほど くろかった
みぎの めは ぴったりと とじていて
ときどき ヘイタをみる ひだりの めは
ひのひかりの ような きんいろを していた

じいさまは ヘイタに いった
かいほうして やるのは いいが
よそもんは ここには おいておけない
げんきに なったら でていって もらえ と

ヘイタは いわれたとおりに
かいがいしく おんなひとの せわを した

その おんなのひとは
シヲネ と なのった
どこからきたのか
じぶんは なにものなのか
すっかり わすれて しまったんだそうな

ひとつきも たたんうちに
シヲネは すっかり げんきに なった
ヘイタは シヲネをつれて
じいさまの ところへ でかけていった

シヲネは じいさまに いった
あたしには かえるところが ないのです
ごめいわくで なければ
あたしを ヘイタさんの ところに
おいて いただく わけには まいりませんか

じいさまは うんうん うなって いたが
ようし わかった
ただ おまえさんは よそもんだから
いちねん ヘイタの ところで なにごともなく くらすまでは
めおとに なる ことは ゆるさんぞ と いった

  *   *   *   *   *

それからというもの

ヘイタは はりきって りょうに でかけ
シヲネは ヘイタを かいがいしく ささえた

ふしぎなことに

シヲネが ヘイタを ひきとめた ひは
きまって うみが しけたのだ
シヲネが うけあって ヘイタを おくりだした ひは
どんなに うみが あれていても
そのうち ぴたりと なみは おさまり
さかなが たんまり とれたのだ

むらの みんなは びっくらこいて
いつのまにか
ヘイタに ならって うみにでる
ヘイタの まねして りょうをやすむ

そんなふうに なっていった

ヘイタと シヲネの くらしは どんどん らくになり
ふたりは いっそう なかようなった

  *   *   *   *   *

それが おもしろくない おとこが おった
むらの らんぼうもの キハチだ

ろくに くちも きけねえくせに
おいらより かせぎが いいなんて
きにくわねえ

むらの じいさまは
いちねん なにごともなく くらせば
シヲネは ヘイタと めおとに なれると いった

ちょうど あさって その いちねんめが くるのだ

そうは させるかと
キハチは ヘイタが りょうに でたあと
ヘイタの いえに むかった
そうして シヲネに らんぼうしようと おそいかかった

ひっしになって あばれる シヲネを
キハチが なぐろうとした そのとき

ずっと つむったままだった
シヲネの みぎめが ひらいた

ぱっくりと あいた そのめは
そらのような あおい いろだった

シヲネは ものすごい ちからで
キハチを はりとばした
キハチは とぐちまで すっとんだ

キハチは みた
シヲネの くちには
するどい きばが
シヲネの てには
するどい つめが

キハチは にげだして
むらの じいさまの ところに かけこんだ
じいさま シヲネは ばけもんだ
あんなもん むらに おいといたら えれえことになる

キハチは じいさまを ときふせた
そうして むらに のこっていた おとこしゅうと ともに
もりや おのを もって
ぞろぞろと ヘイタのいえに むかっていった

  *   *   *   *   *

りょうから もどった ヘイタを むかえたのは
あおいかおをした シヲネだった 

ふたりの まわりには
むらの おとこしゅうが ぞろぞろ あつまってきた

そいつは ばけもんだ おめえ とってくわれるぞ

どんなに おとこしゅうに いわれても
ヘイタは シヲネを はなさない
そうして
シヲネの てを ひいて はしりだした

おとこしゅうは やりを てにして おってくる
ヘイタと シヲネは ひっしに はしった
すなはまを ぬけ がけを のぼって
とうとう
むらはずれの みさきに おいつめられた

じりじりと おとこしゅうが ヘイタと シヲネを おいつめる
キハチが おのを ふりあげて
シヲネに おそいかかった

ヘイタは シヲネを とっさに かばった
にぶい おとがして
ヘイタの せなかに
おのが つきたった

おまえさん

シヲネが さけぶと
シヲネの みぎめが あいた
あおい めが ぎらりと ひかり
しろい けに おおわれた うでが
キハチを はりとばした

キハチは みさきの がけから
まっさかさまに したに おちていった

シヲネは すっかり
おおきな しろい ねこの すがたで
ヘイタを だきかかえていた
ヘイタは

シヲネの しろい ほほを
そうっと なでて

それきり ちからを うしなった

あれは しろねこ
うみの かみさんのつかい

おとこしゅうが つぶやいた

シヲネが ゆっくり たちあがる
うなりながら たちあがる
きんいろの めが ひかる
あおい めが ひかる

おとこしゅうは おそれ おののいて ひれふした

シヲネは てんに むかって おおきなこえで さけんだ
とたんに

はげしい かみなりが なり
じめんが おおきく ゆれた
そうして
うみのかなたから

やまのような つなみが おしよせた

シヲネの りょうめから こぼれる なみだと ともに
ヘイタも
おとこしゅうも
ちいさなむらも

ぜんぶ つなみに のみこまれて しもうた

  *   *   *   *   *

いきのこった かずすくない むらびとは
やまの ちゅうふくの おやしろに
シヲネを おまつり したんだと

あらぶる シヲネの たましいが
しずまりますように と

ただ

ねこたちは

シヲネの かなしい きもちを おぼえていて
それからというもの
うみに はいることは しなく なったと いうことだ

とっぴんぱらりのぷう

  *   *   *   *   *
  *   *   *   *   *

この話を ××村の古老から聞いたのは、昨年の八月のことだった。
話の中に出てくる「山の中腹の社」は今はもうなく、明治の初めに麓の△△神社に合祀されたのだという。にもかかわらず、この村の人々にとって、白猫は相変わらず畏怖の対象であるようだ。話を聞いた古老も、まるで見て来たかのように、滔々とこの悲しい物語を語るのだ。私にはそれが不思議でならなかった。いつとも知れぬ遠い昔の、しかも本当かどうか判らない伝説ではないか。
私が率直にその感想を話すと、古老は俯いて、少し辛そうに話してくれた。
この村では、この物語によく似た出来事が、最近あったばかりだというのだ。

最近といっても、それは古老の感覚である。
戦争が激しくなる、昭和十九年の冬、その出来事は、この村で起きた。



つづく




いつも読んでくだすって、ありがとうございます

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