今日、お母さんに連れられ
おじいちゃんが亡くなった病院へ行きました。

お母さんは用があったので
私はそれに付いていくかたちで。


初めて見た
おじいちゃんのいた病院


たずねたのは朝なのに

通路から見る光景は夕方のような、


日が暮れる
一日が終わる


なにかが終わる


そんな世界でした。



併設された整形外科外来は
たくさんの人が出入りして

古い病院だけど
生きている
「生」を感じるんです。


だけど入院病棟は違う



お母さんは私によく

「T病院は、市民病院と違って
人が死ぬっていうにおいがする。

ただ死を待つだけの病院やねん」

って言ってました


私は最後に帰省できたのが6月で
おじいちゃんが転院したのが7月中旬だったから

話はんぶん、って感じに聞いていて


だけど

私も感じた、
あの奇妙な感覚や光景は

すごく頭に焼き付いています。



先進国であり
医療も充実しているといわれている
日本の医療制度の、底辺を見ました。



なにが医療先進国なんだ?



若い人は助かって

もう、治らない病を抱えた高齢者は

大病院から、ずさんな病院へ
患者の数合わせのために送られて

放っておかれて

暴言なんてはくわけないのに
暴れるだのなんだの
嘘をつかれて

ついには寂しい思いをして
死んで行けば良いのですか?


おじいちゃんは
市民病院にお見舞い行ったときも
看護師さんに

「ほんま悪いのう。いつも助かってるんや。
ありがたい」

って何度も感謝して
遠慮するひとなのに

暴言なんてはかない!



もう治らない病気だったけど
おじいちゃんが死ぬ覚悟を決めたのは
T病院へ来たときだとすれば

10日の命だった


このことを
日本の医療のトップに
もちろんT病院の人達に

そして多くの人にわかってもらいたい



そして
私が歯科医師になったとき
この悔しい気持ちを忘れず

医療や患者に
真摯に向き合えるようになりたい



天国からおじいちゃんが見ているから。

今日、朝から試験を受けて
忌引で急遽実家へ帰りました。


死んでしまうと
お人形さんみたいにかたくて
当たり前だけど動かなくて


やっぱり私は

生きてるおじいちゃんに会いたかった。


お母さんは

「おじいちゃん、もう長くないのがわかってるから

まわりに負担かけないようにと思って
薬も飲まなかった

死ぬ覚悟だった

武士だよね」

って言いました


お母さんは泣きながら

「どんな姿でも良いから
生きていてほしかった」

って言う。


私もそう思う。


けど、おじいちゃんにとったらどうだったかな


汚い病院に移転して、毎日一人ぼっちの時間が長くて

情けない思いもして

おばあちゃんやお母さんは、仕方ないけど日に日に疲れた顔をする


申し訳ないとか
寂しいとか
悲しいとか

いろんな思いをしただろうな。


でも私は
生きてるおじいちゃんに会いたかった


死んでしまうと

笑顔も見れないし
触れることも
声をきくこともできないやん。


骨になってしまったら
会えないやん


死んでしまうと
人ってどうなるのかな。


今までの私は

死んだら何も残らない

って考えだったけど


今は

魂が天国へ行って
幸せに暮らしてほしい

そしてたまにはお化けになって
うちに旅行しにきてほしい

って、そう思うんです。


お化けでも良いから

会いたい。


おじいちゃん、
寂しい思いをさせてごめん

私の入学祝いに、って
たくさん助けてくれたから

私、一生懸命頑張って
いい歯医者さんになるね。

自慢の歯医者さんになるよ!
天国で自慢してね!!


本当にありがとう

おじいちゃん大好きだよ

本当に大好きだよ。

先程、天国へ旅立ったそうです。


涙は出ますが
実感がわきません


離れて暮らしているから…?



明日、明後日のテストが終われば

実家に帰って
お見舞いへ行くつもりでした。


「8月に会おう、また来るね」

って、
1か月も前に手を握ったのが
最期になりました。



悲しくて

泣けて

頭がそれでいっぱいで

テスト勉強どころじゃないです。


大好きな人が亡くなると
こんなに悲しいんだな、と

今、解りました。



看取ることができず、残念で申し訳ないです。



おじいちゃん、

おじいちゃんは私が出会った男の人の中で
1番大好きな人です。

それ以上の人は
みつからないよ。


お洒落で
強くて
おちゃめで
車や刀好きで
頑固で
笑顔がかっこよくて

優しいおじいちゃんが
大好きでした。


本当にありがとう。


おじいちゃんの孫でよかった。