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人が生きていくために必要なのは

男女の愛だけなんでしょうか?





山田裕貴さんが好きです



感情を表に出さない役が多く

それでいて感情が豊か




余談泣き笑い



このドラマも


ヒゲダンも



「旅は道連れ」が根本に





その相棒は異性


恋愛対象じゃなくても良い




助け合って生きていけるのなら




同性、人種、異種

枠なんて関係ない





血の繋がりが無くても良い




私はそう思っているのです


↓あらすじが分かります


ゲイが悪いですか?


障がいは害ですか?





畑で悩みを聞いていた

60代の男性




子連れのフィリピン人と結婚



連子は自分の意志を貫く子で

分不相応(お金がかかる)な進学を望み

家計は火の車


60代の男性は

お金を稼ぐにも限界があり

その事で夫婦仲は家庭内別居状態



溶接工として働いて

膝と腰はボロボロ



そして退職となり

彼の心は病み始め



小学生の娘に弱音を吐くまでに…




連れ子は

夢見たスチュワーデスにはなれなかった




けれど、母の母国語が話せるという事で、日本企業でのフィリピン勤務の仕事に就くことが出来ました



フィリピンは危険だから

両親も一緒に




そう企業が申し出たと彼は言いましたが


育てた娘さんの両親への思い


血の繋がっていない父の愛を

受け止めていたのだと

私は思っています



多くの子らは

就職を機に親から離れたい

そう思っている





この移住の話を一緒に聞いた

私の父は


「どうせ直ぐに帰ってくる」



異国の地で暮らせるはずは無い





そう、言い切りました





助け合って


寄り添いあって生きていく




それが異国の地であろうが


被災、体育館の中であろうが


仮設住宅であろうが





そこに愛すべき相棒がいれば


守りたいと思える相棒がいれば


どこでも

どんな状況でもやっていける





私には植物という相棒



猫という相棒


人間にとっては食事をするテーブル

けれど彼らにとっては

寝そべるのに心地よい場所なのだ




全く正反対の性格の主人




守り助け合って生きていこう





そう思える相棒



その対象に枠なんて無い




だからLGBTQだろうが


乳房を失っていようが


そんな事、どうでも良い




ただ、助け合って生きていけるか

寄り添いあって生きていけるか



弱さを認められるか


相棒の足りない部分を補える力が

自分自身に備わっているか



そんな事が大事なんだと思う



自分の器

もっと大きく深くなる為に



八方美人になる必要はない

そう思う今日この頃…





傷付けられてばかりいたら

器の修復に

時間を費やす羽根になるだろうから






傷付ける側に罰が必要と

昨日のブログに書きました



それは彼らに考える時間

自分を見直す時間

リスキリングの時間が必要だと

思っているからです




退職後の父は

与えられた時間、機会を有効に使えず



株、お金を稼ぐままの人で

あり続けています



老いた母に

自分の世話をする事を望み続け



叶わぬ事に不平不満タラタラ



昨日貼り付けた動画

↓必ず視聴して下さい

私の脳にも影響が無いとは

言い切れません



あなたは無傷ですか?