母は平成23年5月に「尊厳死の宣言書」を書き残していました。
母が認知症初期と診断されたのが平成24年9月頃。
1年後にそんな診断を受けることになるとは夢にも思わず書いたのでしょうが、
今となっては、”絶対的な本人の意思”として形に残る事となりました。
内容としては、
「死期を伸ばすための延命措置は望まないこと。
但しその場合、苦痛を和らげる処置は最大限に実施してほしいこと。」
と、書かれていました。
私がこれを見つけたのは3~4年前。
母が家計簿をつけられなくなり、私がサポートをするために母の引き出しを開けるようになった頃でした。
使うかどうかわからないと思いながら保管していたけれど、
母がグループホームに入居するにあたり、叔父が緊急連絡先となってくれた際叔父に開示。
そして昨日、母が脳出血で入院したことを叔父に報告すると、
すぐにでも病院に、母が書いた「尊厳死の宣言書」を提出するよう促されました。
言われてみれば、脳出血して入院をしているということは、いつ何があってもおかしくないんですよね。
もちろん脳出血に限らず、80歳を超えた高齢者ならどんな病気でも「万が一」は有り得る事。
叔父に言われた通り、私は今日、入院病棟の看護師さんに事情を説明したところ、
すんなりコピーをとって受け取ってくださいました。
そして帰宅後には看護師の責任者らしき方から私の携帯に電話があり、
・私が間違いなく今日「尊厳死の宣言書」を持ちこんだかどうか
・宣言書が本人の直筆であるかどうか
・家族(私)がその内容をきちんと把握した上で同意しているかどうか
の確認をされ、その上で主治医に伝えてくれるとのことでした。
どうやら、思ったよりもずっと効力がある書面のようです。
思えば、こんな紙切れ1枚があるだけで私は苦渋の選択から逃れることができ、
さらには誰からも責められずに済むってことなんですよね。
お母さん、書いておいてくれてありがとう
そして、瞬時に指示を出してくれた叔父さんもありがとう
なんだかまたひとつ大きな仕事を乗り越えた気分です
ちなみに母の様子は昨日とほぼ同じ感じ。
意識はあるけど受け答えはほとんどできない。
多分、力が入らなくて声も出ないのかな。
私も胆嚢の摘出手術後、麻酔から覚め切らない時がそうだった。
声は聞こえるんだけど、とにかく自分の声が出ない。
でも聞く事はできるのだからと、手を握りながらいろいろと話しかけてきました。
あとは、枕元に散らばった髪の毛を綺麗にしたり、ウェットティッシュで顔を拭いたり。
今はそんな事くらいしかしてあげられないけど、
とにかく、なるべく通って声をかけに行きたいと思います