函館の従姉は、子供がいなかった東京の叔母の祭祀者になった。
その従姉の姉は結婚してからずっと神奈川に住んでいたため、
叔母が闘病中の6年間はキーパーソンとして献身的に尽くしてくれた。
そんな姉妹がある大きな疑問を抱いていた事を、
私は先日の従姉宅訪問で初めて聞くことに。
それは・・・
「なんだかんだ言って東京の叔母さんに1番お世話になったのってカマッテキングちゃんじゃない?
なのに、海外旅行にはバンバン行く時間があるのに、叔母さんのお見舞いには1度も来ないってどうなの???」
という疑問。
言われてみれば、確かにそうだ。
あの人は東京への憧れが強いあまり、
学生時代はしょっちゅう叔母の家に泊まりに行っていた。
確か、遊びに行った時に暴飲暴食で白血球が急激に増え、
救急車で運ばれた挙げ句、1週間ほど入院したこともあったはず。
遊びの時だけではない。
東京の大学に落ち、
就職では札幌の叔父のコネまで使って東京の企業を受けたのにそれも落ち、
その度にも叔母のお世話になっていたはずなのに。。。
短大の卒業旅行で海外に目覚めてからは東京への興味はなくなったようだけど、
それまでは「憧れのTOKYO一筋」だったはず。
へーそういう話って、ちゃーんと従姉達に広まってるものなのね。
なんだかその話を聞いて、胸のすく思いだったわぁ。
やっぱり見る人は見ててくれるんだなーって
私自身も親戚の中で末っ子の人間だから甘えたい放題で、過去の事はどう思われているかわからないけど、
これからはきちんと親戚付き合いをして行こう。
間違っても例の方みたいに、
利用するだけ利用して、相手が困った時には知らんふりな人間にだけはなりたくないわ。
唯一の姉妹はこんなクサレだし、かと言って夫も子供もいないので、身内との繋がりは大切よね。
お互いに、なにかあった時こそ助け合うのが真の血縁よ。
あ、あの人はなにかあってもなくても孤独な人生だけど。フフフ