不倫の賞味期限 ≪猫と一緒にぽんちっち≫ -63ページ目

消したい過去

翌日、佐藤さんから電話がありました。

佐藤「なんて言っていいのか・・・

とにかく、ぽんさんの声が聞きたくなりました・・・」

ぽん「ひどい話でしょう?

高校の教師が生徒に乱暴するなんて・・・」


佐藤「そうですね・・・

信じられないです・・・」


ぽん「私だって信じられませんでしたよ・・・


飄々とした感じで、男子にも女子にも人気のある数学の教師だったんですよ・・・

ものすごい土砂降りの雨の日に、家まで送ってあげるからと言われて車に乗って・・・

家とは違う方向に行ったとき、私の知らない近道があるのかな?って思いました。

それくらい、信用してました・・・

誰も通らないような場所で車が停まって・・・

もうね、自分が何をされているかもわかりませんでした。
その頃、私、男性経験なんてありませんでしたから・・・

泣き叫んでも無駄でした。

誰も助けになんか来てくれない場所でしたから・・・


それでも学校には行っていたんですよ。

学校を休んだら、親に心配をかけてしまいますからね。


数学の授業はずっとボイコットしていました。

テストは白紙で出しました。


そしたらね、テストが改ざんされて返ってきました


ああ・・・

大人って、やることが汚い・・・って思いました。


自分の中に抱えきれなくなって、保健室の先生にだけ打ち明けたら、そこから親に知れて、自宅に校長と教頭が謝罪に来ました。


だけど、問題の教師はそのままで、処分を受けることも異動になることもありませんでした。


なんなんでしょうね・・・


信じられないですよ・・・」


佐藤「そうですね・・・」


ぽん「佐藤さん、教育委員会なんて、そんなもんですよ」


佐藤「・・・・・・」


ぽん「校長と教頭が帰った後、父が、私に、どうして車に乗ったんだと言いました・・・

その言葉で、自分の中で何かが壊れてしまいました。

今なら、私のことを責めた言葉じゃなかったんだとわかるんですけどね・・・

親として、無念で悔しくてしょうがなかったんだな・・・って・・・

もしも、自分の娘が誰かにそんなことをされたら、私、相手を殺したいと思いますよ・・・


だけど、当時の私にはそれがわかりませんでした。

誰もわかってくれないと自暴自棄になりました・・・

高校一年の夏休み前から一年間ぐらいでしょうか・・・

もう、家にはほとんど帰らないで、いけない友達といけないことばかりして過ごしていました。


親には本当に心配かけてしまいましたよ・・・

後悔してもしきれません・・・

今まで誰にも言えませんでした。

こんな自分の消したい過去・・・


佐藤さんに言えたのは、とても信頼しているけど、絶対に私の結婚相手にはなり得ないからでしょうね。


こんな消したい過去を持っている私と、結婚したいと思ってくれる人なんて、いるはずがないですから・・・」


佐藤「私は、ぽんさんの過去は気にしませんよ。

結婚したいと思います」


ぽん「そうでしょうか?

佐藤さんは、私と結婚を前提としていない安全圏の中にいるからそんなことが言えるんだと思いますよ」


佐藤「そんなことはないですよ。

と言っても、今の自分には、証明のしようがないのがもどかしいです・・・

なんて言ったらわかってもらえるんでしょうか。

私は、ぽんさんがどんなことがあったとしても、好きな気持ちは変わりませんよ。

今の話を聞いても、独身の頃に会っていたなら、私はぽんさんと結婚したいと言いますよ。

できることなら、今すぐにでもそばに行って、ぽんさんのことを抱きしめてあげたいです」

鼻の奥がツーンとして涙が出てきました。

誰にも言えなった話を佐藤さんに話して、自分の辛かった過去が、ようやく昇華されたような気がしました。

そして、この日の会話は、二人の気持ちを、ためらいのローギアから一気にトップギアへと変えました。

書類一枚読んだだけで襟を正してしまうんですか?

職場で、私の送別会とかすみちゃんの歓迎会を開いてくれることになりました。

と言っても、セッティングしたのは飲み会担当の私なんですが・・・

仕事の最終日は、佐藤さんとどうしても会いたかったので、事前に歓送迎会の日時を私が調整して決めて、スタッフ全員に一斉メールで告知しました。

ぽんさん、リフレッシュ休暇なのに、どうして送別会なのよ!と数人のスタッフから返信を貰いましたが、私としては職場を辞める覚悟を決めていたので、どうしてもお別れのけじめをつけたかったのです。

歓送迎会の当日、佐藤さんは狙ったかのように熱を出して欠席しました。

かすみちゃんが「佐藤さん、欠席で良かったかもしれませんね。出席していたら、ぽんさんのことばっかり見てそうですもん」と言いました。

佐藤さんの体調が良くなった頃、電話をしました。

ぽん「風邪の具合はいかがですか?

もう熱は下がりましたか?」

佐藤「はい。おかげさまで元気になりました。

送別会には出ることができずに申し訳ありませんでした・・・

でも、出ていたら、ぽんさんのことばかり見てしまいそうでしたから、欠席でよかったのかもしれません・・・」

あ、かすみちゃんとおんなじこと言ってる・・・

ぽん「また、二人きりでお会いしたいと思ってはいけないですか?」

佐藤「・・・・・・」

ぽん「もう職場でお会いすることはありませんよね?

私・・・

また会いたいです」

佐藤「この間職場以外の場所でお会いしたのは、勢いに任せた突発的な出来事でしたよね。

お互い、予測していたことではありませんでした。

だけど、計画的に職場以外の場所でお会いするのは・・・

ちょっと踏み切れません・・・」

ぽん「佐藤さんは私と会いたくないんですか?」

佐藤「それは・・・

会いたいですよ。

だけど・・・」

ぽん「会ってはいけないんでしょうか・・・

私は、すごく会いたいです・・・」

佐藤「自分も会いたくないわけではないんですよ。

だけど・・・

実は、今日、職場で、規範を順守すべし、みたいな書類が回ってきました。

自分が公務員であることを改めて自覚しましたよ・・・

ぽんさんとこうして電話をするのも、本当はいけないことなんですよね・・・」

ぽん「そんな・・・

いまどき、小学生だって紙切れ一枚でピシッとなりませんよ。

それが、佐藤さんは、書類が回ってきただけで・・・

書類一枚読んだだけで襟を正してしまうんですか?」

佐藤「すいません・・・

正直なところ、襟を正してしまいました・・・

やっぱり、いけないことなんですよ。

お互い既婚者同士なんですから・・・」

ぽん「佐藤さんの、そういう真面目なところが好きなんですけどね。

でも・・・」

佐藤「・・・真面目過ぎて、愛想がつきましたか?」

ぽん「いいえ。

そんなことはありません。

好きですよ。

佐藤さんの真面目なところ。


佐藤さんは、なんて真面目なんだろうと思います。

佐藤さんのような真面目な人、初めてですよ・・・

世の中の公務員が、みんな佐藤さんのように公僕意識が高くて真面目だったら、私の人生、違っていたかもしれません・・・」


その日の夜、私は佐藤さんに長いメールを書きました。


どう書いたらわかってもえるんだろう・・・


今まで誰にも話したことのない、私の消したい過去を。


わかってもらえないかもしれないな・・・


送信キーを押すのに、とても勇気が要りました・・・

あれ?なんだかかすみちゃん、へん・・・

話は前後しますが、佐藤さんから電話が入る前、私はかすみちゃんと一緒に我が家でランチしていました。


かすみ「ぽんさん、なんだか顔色悪いですね」


ぽん「うん。

歩くと胃の中のモノが鼻から出そうな気がするわ・・・」


かすみ「昨夜はそんなに飲んだんですか?」


ぽん「たぶん・・・

って言うかね、かすみちゃんが帰った後の記憶がないのよ・・・」


かすみ「えーー

それはけっこう飲みましたねぇ・・・」


ぽん「うん・・・

今朝、佐藤さんから『昨夜帰宅途中に何度も空メールが入りましたが、何かのメッセージだったのでしょうか?』ってメールがあったわ。

気をつけてお帰りくださいと打ちたかったのですが、メールの操作ができないくらい酔っていたようです。特に何かをお伝えしたかったわけではありません。って返信したんだけどね」


かすみ「気をつけて帰るのはぽんさんの方ですよっ!

大丈夫ですか?」


ぽん「うん。

うっ・・・

・・・・・・ちょっとトイレに行ってくるわ」


胃の中のアルコールを含んだ水分を戻したら、すっきりと元気になりました。


ぽん「あーーさっぱりした!

もう大丈夫よ。


昨夜はかすみちゃんと佐藤さん、けっこう盛り上がってたよね」


かすみ「そうですね。

佐藤さんが意外とまめなのにびっくりしましたよ。

奥さんが美味しいたいやき食べたいって言ったら、家族で麻布十番まで出かけるなんて・・・

麻布十番の浪花屋は、私も行ってみたいと思っているお店の一つなんですよ。

うちの主人に一緒に行こうと言っても、絶対に行ってくれないですよ・・・」


ぽん「かすみちゃんのご主人、私と一緒で、超イン・ドア嗜好だものね」


かすみ「はい。

そうなんですよ・・・」


ぽん「佐藤さんのところは、たいやきに限らず、ガイドマップに載っているお店なんかに奥さんやお子さん連れてちょくちょく行くみたいよ」


かすみ「そこの部分だけは奥さんが羨ましいですね。

そこだけ、ですけどねっ!」


ぽん「そこだけにそんなに力、入れなくても・・・


電車の話もしてたよね?」


かすみ「中央線の話ですね。

通勤快速と各駅停車の電車の違いが、ボディの色でわかるっていう・・・

さすが、佐藤さん、鉄オタですよね。

電車の話になると、ほーんと、嬉しそうでしたもんね。

それにしても、この寒空に、息子さん連れて中央線のボディを見学って・・・

こうして鉄オタの血は継承されていくんだなって思いましたよ」


ぽん「確かに・・・

男って、車や電車になんでやたらはまるんだろうね?

どうも理解できないわ・・・

うちの主人は完璧車派なんだけどね。

ウーハーだかアーハーだか、けっこう値の張るもんつけちゃってるわよ・・・

ボコボコ感が気持ち悪いって家族には評判悪いから、家族で乗るときには使用禁止なんだけどね」



かすみ「ご主人、かわいそー!」

ぽん「あのね、佐藤さん、私と一緒にいろんな場所に行ってみたいと思うんですって。

だけどさぁ、私は家で猫と一緒にごろごろするのが何よりも好きだから、
お出かけするのが好きな奥さんと結婚した佐藤さん、正解だよね」

かすみ「そうですね。
夫婦でお出かけ願望指数があまりにも違い過ぎると、どちらかが我慢ですもんね」


ちょうどその時、不意に夫が帰宅しました。


ぽん「あ、もしかして、かすみちゃん、うちの主人と会うの、初めてかな?」


かすみ「はい。初めてです」


夫「どうも、初めまして。

うちのがいつもお世話にってます」


かすみ「いいえ、こちらこそ、毎週ランチをご馳走になってます」


夫「どうぞ、ゆっくりして行ってください」


かすみ「あ・・・

はい・・・

どうも・・・」


あれ?

なんだかかすみちゃん、へん・・・


どうしてかな?


理由は後日のランチのときにわかりました。

もしかして、もっと過激なことをしたんですか?

佐藤「何を話したかも覚えていないんですか?

同じことを何度も繰り返していましたよ」

ぽん「・・・はい。

あまり・・・

あっ、ちょっと思い出しました。

私、どうしてこんな私のことが好きなんですか?って聞きましたよね?」

佐藤「ちょっと違いますね。

私のどこが好きなんですか?と聞きました。

私が全部ですと言ったら、ちゃんと答えてくださいって怒りました」

ぽん「え・・・

私、怒ったんですか?」

佐藤「はい。

どこがと聞かれても、自分としては全部なので困ってしまいましたよ」

ぽん「今聞くととても嬉しいんですけどね。

何考えていたんでしょうね、私・・・


もしかして・・・

私、佐藤さんのネクタイ、また外しました?」

佐藤「それは覚悟していたからいいんですけどね」

ぽん「えっ・・・

それじゃ・・・

もしかして、もっと過激なことをしたんですか?」

佐藤「椅子に座っている私のベルトを外そうとしていましたよ」

ぽん「えーーーーっ!

そんな・・・

嘘でしょう?」

佐藤「ぽんさんに嘘ついてどうするんですか。

私がやめくださいと言っても、とても必死に頑張っておられました」

ぽん「えーーーっ!

嘘でしょう?」

佐藤「嘘じゃないですよ」

ぽん「あーーー!

もうーーーー!

もうやめてださい!」

佐藤「それはこちらのセリフですよ・・・

私のベルトのバックル、ちょっと特殊な形になっているんですよ。

もしも普通のベルトだったら外されていたかもしれませんね」

ぽん「ということは・・・

結局、外さなかったんですね?」

佐藤「はい。

でも、その後、もうキスマークはつけませんから安心してださいと言って、

何度も・・・

すいません、私もアルコールが入っていたので、ぽんさんの胸を服の上から・・・

そしたら、ぽんさんが、触るならちゃんと触ってくださいと怒りました」

ぽん「えっ?私ったら、また怒ったんですか?

はぁ・・・

申し訳ない・・・


それで、佐藤さんはどうしたんですか?」

佐藤「すいません、直に触らせていただきました」

ぽん「そうだったんですか・・・・

覚えてないです・・・」

佐藤「覚えていないんですか・・・

なんだか悔しいですね。

私はあんなにドキドキしたのに・・・」

ぽん「すいません・・・」

佐藤「でも、ぽんさん、昨夜は飲まずにはいられない心境だったんでしょうね・・・

最後の出勤日でしたからね・・・

だけど、ちょっと飲み過ぎでしたよ。

あんな飲み方をしたら体にも悪いですよ」

先週の抑圧された思いが、酔っぱらって弾けたのでしょうか?

飲んだら眠くなることはあっても、人を襲わない人畜無害な酔っぱらいのつもりでいたのに・・・

とにかく、私は佐藤さんに謝りました。

ぽん「ごめんなさい。

反省します・・・

記憶がなくなるような酔い方をしたのは初めてです・・・

本当にごめんなさい!」

佐藤「もうあんなに飲まないでくださいね。

ぽんさんがひっくり返したゴミ箱、片付けるの大変だったんですから」

ぽん「はい・・・

本当に申し訳ありませんでした。

佐藤さん、大変でしたね・・・

もう、私のこと、嫌いになりましたか?」

佐藤「いいえ。

好きですよ」

佐藤さんとの約束どおり、私はその後、記憶をなくすほど飲むことはありませんでした。

私、何かしたんでしょうか・・・

一週間後、つい私は最後の出勤日を迎えました。


その日は、メールや電話で攻防することなく、夕方になったら佐藤さんがワインを持って事務所に来てくれました。


佐藤「ぽんさん、今日でついにお仕事、最後ですね・・・」


ぽん「はい。

こうして仕事をしていると、まだまだ実感が湧かないんですけどね。

仕事が終わったら、かすみちゃんと一緒に飲みましょうね」


佐藤「はい」


仕事を終えてから、かすみちゃんと一緒に、三人で楽しくお酒を飲みました。


9時を回った頃、かすみちゃんが帰りました。


帰り際、かすみちゃんが私に小声で「さっきぽんさんが席を外した時佐藤さんが今日はぽんさんが最後の日だから、自分にできることはなんでもしたいから来ましたって言ってましたよ。いいとこあるじゃないですか、佐藤さん」と言いました。


ぽん「私、今日で仕事、最後なんですよね・・・

なんだかとても寂しいというか・・・

悲しいです」


かすみちゃんがいる間は気を張っていましたが、佐藤さんと二人きりなったら、仕事を辞める寂しさが涙と一緒に込み上げてきました。

佐藤「そうですよね・・・

もう、こうして、事務所でお会いすることもなくなってしまいますね・・・」


申し訳なさそうに佐藤さんが言いました。


その後、佐藤さんが「ぽんさん、ちょっとピッチ速すぎですよ。もう少しゆっくり飲んだほうがいいですよ」と言うのも聞かずに、私はハイペースで飲み続けました。


家に帰った記憶はあるのですが、事務所で何をしたのか・・・


記憶がすこーんと抜けました。


翌日、佐藤さんから電話がかかってきました。


佐藤「ぽんさん、大丈夫ですか?

昨夜はだいぶ飲んでいましたね・・・」


ぽん「はい・・・

激しく二日酔いでした。

つわりの100倍みたいな感じで苦しかったです・・・

でも、胃の中の物を出したらウソみたいに楽になりましたよ。

ご心配おかけして申し訳ありませんでした」


佐藤「そうですか。

それならよかったです。

昨夜のぽんさん、ちょっと手に負えませんでしたから・・・」


ぽん「えっ?

どうしてですか?」


佐藤「ぽんさん、覚えていないんですか?」

ぽん「はい・・・

私、何かしたんでしょうか・・・

思い出せないです・・・」


佐藤「本当に覚えていないんですか?」

ぽん「はい、覚えていないです・・・」

佐藤「私のことを襲いましたよ・・・」


ぽん「えーーーーっ

・・・嘘でしょ?」


私は必死に記憶をたぐり寄せようとしましたが、すこんと抜けた記憶は戻ってきませんでした。

いったい、何をしたのよ、私・・・

今夜はこのまま帰りましょうか?

佐藤「・・・やっぱり、こんな場所で会うのはいけないですよね?」


ぽん「・・・・・・」


佐藤「何を今更、って思うかもしれませんが、怖いです」


ぽん「怖いって、何がですか?」


佐藤「これ以上のお付き合いをしてしまったら、

自分がどうなるのかわからない不安と、

それと・・・

どんな顔して家に帰ればいいのかわからないです・・・」


ぽん「・・・そうですか。

佐藤さんの気持ち、わからなくはないですよ。

私だって同じような気持ちです。


どうしましょう?

今夜はこのまま帰りましょうか?」


佐藤「それに・・・」


ぽん「はい?」


佐藤「初めてなんです」


ぽん「何がですか?」


佐藤「・・・こういう場所に来るのが」


ぽん「えっ・・・

初めてなんですか?

奥さんとは結婚前にこういう場所には来なかったんですか?」


佐藤「はい。

お互い旅行が趣味だったので、一緒に旅行には行きました。

だけど・・・」


ぽん「だけど、こういうホテルは初めてだと・・・」


佐藤「そうですね・・・」


ぽん「なるほど」


何がなるほどなんだか・・・


ぽん「私も昔のことなのでもう覚えていないというか、

男の子がリードしてたから覚える必要もなかったんですけど、

こういうところって、特に何か知識がいるわけじゃないと思いますよ。

行けばなんとかなるしくみになっていると思います」


佐藤「・・・そうでしょうか?」


ぽん「たぶん」


今夜はとことん北風に晒される日だなぁ・・・

ぽん「どうしますか?」

佐藤「怒らないでくださいね。

今夜はこのまま帰りましょう」

ぽん「そうですか」

佐藤「はい」

ぽん「怒りませんよ。

別に」

佐藤「すいません・・・」

ぽん「どんな佐藤さんでも好きだって言ったじゃないですか。

こんなことは初めてですけどね。

ホテルの前まで来て何もしないなんて・・・」

佐藤「すいません・・・

でも、いつかは、きっと・・・と思います。

ぽんさん、待っていてくれますか?」

ぽん「そうですね。

待ちますよ」

タクシーを拾おうとしたのですが、なかなか捕まりませんでした。


私たちは来た道を引き返して歩き始めました。


30分以上歩いたところで、ようやくタクシーが通りました。

佐藤「駅までお願いします」

タクシーが方向転換して走り出しました。

なんだ・・・

駅とは逆方向にひたすら歩いていたんだ・・・

はぁ・・・

私たち、伝書鳩以下じゃん・・・

不倫の馬鹿力で盛り上がったわりにはトホホな夜の日付が、もうすぐ変わろうとしていました。

ちゃんと来てしまいましたね

観念した佐藤さんと二人で、タクシー乗り場に行きました。

タクシー乗り場には、順番を待つ人が10人くらい並んでいましたが、スムーズに車が流れて、あっと言う間に順番が来ました。

緊張度数マックス状態の佐藤さんと一緒にタクシーに乗り込みました。



運転手「どちらまで行かれますか?」


佐藤「あの・・・」


佐藤さん、自分の口でちゃんと言ってくださいね。と、私は心の中で念を送りました。


佐藤「あの・・・

えーと・・・」


頑張れ、佐藤さん!

佐藤「いや・・・

あの・・・」

運転手さんが怪訝な顔で見てるぞ。

頑張れ、佐藤さん!!

佐藤「あの・・・

二人で・・・・

二人でゆっくりできるところに行きたいんです」



運転手「わかりました」



えーーーっ?!

それでわかるの?

私たちはどこに連れて行かれるの?!


佐藤さんと私は、車内でひと言も会話を交わすことなく、運転手さんが停まる場所を、じっと固まったまま待ちました。


何分くらい走っていたのか覚えていません。


寂れた感じの駅前商店街を抜けて、住宅地も抜けて・・・


タクシーはホテルの前で停まりました。



運転手「ここが一番近いですよ。

ここでいいですか?」



佐藤「あ・・・

はい・・・」


佐藤さん仕様の優しい運転手さんで良かった・・・

って言うか、タクシーの運転手さんて、みんなそれくらい心得ているものなの?

とにかく、人生、なんとかなるもんだ。を実感。

そして、ちょっぴり感動。


ぽん「ちゃんと来てしまいましたね」


佐藤「はい・・・」


ぽん「どうしますか?」


ここまで来てどうしますか?もないと思ったのですが、一応佐藤さんに聞いてみました。


佐藤「ぽんさん、やっぱり・・・・・・」


えっ・・・


やっぱりって、何よ・・・


佐藤さん・・・

一緒に行きたいところってどこなんですか?

冷たい風に晒されながら、佐藤さんと私は駅前のロータリーで、ずっと立ちながら会話を続けました。


佐藤「・・・寒いですね。

このままだと、ぽんさん、また風邪をぶり返してしまいますよ」


ぽん「はい。

そうですよね・・・

佐藤さんは、私がこのまま帰った方がいいんですか?」


佐藤「そんな・・・

できればもっと一緒にいたいです。

でも・・・」


ぽん「でも、なんですか?」


佐藤「どうしてぽんさんはいつもそうして困ってしまうことばかり聞くんですか?

私だって男ですから、もっと一緒にいたいし、

できれば、もっと、ぽんさんのことを・・・」


ぽん「・・・寒いです。

佐藤さんの言葉が寒いんじゃなくて、本当に寒いです。

ここにこのままいたら二人とも凍ってしまいます」


佐藤「そうですよね・・・

でも・・・

ぽんさんは、私の行きたいところに一緒に来てくれるんですか?」


ぽん「佐藤さんが私と一緒に行きたいところってどこなんですか?」


佐藤「そんな・・・

自分の口からは言えません・・・」


ぽん「私の口からだって言えないですよ」


佐藤「ホ・・・

ホ・・・」


佐藤さんは季節外れのホタルでも呼ぶつもりか?


佐藤「やっぱり言えません・・・」


ぽん「私も言えません。

とにかく、ここにこうしていたら風邪ひいちゃいます。

佐藤さん、タクシーに乗りましょう」


佐藤「え・・・」


ぽん「それとも、私がこのまま電車に乗って帰った方がいいんですか?」

佐藤「いや・・・

でも・・・」

ぽん「私、帰ったほうがいいですか?」

佐藤「・・・いいえ。


わかりました。

・・・一緒にタクシーに乗りましょう」

居酒屋での会話その2

佐藤「さっきは、社会の規範を破るわけにはいかないなんて言いましたが、

ご家庭のあるぽんさんのことを好きになってしまった自分は、

そんな偉そうなことを言える立場じゃありませんでしたね・・・

まさか自分が、こんなふうに誰かを好きになるなんて

思ってもいませんでした・・・」


ぽん「私だってそうですよ。

結婚してから夫以外の人を好きになったこともなかったし、

手を握ったこともなかったです。

まさか自分が・・・って思いますよ・・・」

佐藤「どうしてこんなにぽんさんのことが好きになってしまったのかと思います・・・

なんだか学生時代に戻ったみたいですよ・・・

ずっとぽんさんのことばかり考えてしまいます・・・

休みの日、家族といても、ぽんさんは今頃何をしているんだろうって・・・」

ぽん「同じですよ。

私も佐藤さんのことばかり考えています。

土日は特にそうですよ。

今頃は家族サービスをしているのかな・・・って。

だけど、奥さんに対して、不思議と嫉妬はないんですよね。

夫婦を10年以上やっていたら、今更相手にときめいたりしないというのは、自分が一番よくわかっていますから」

佐藤「そうですね。

妻は空気のような存在ですね・・・」

ぽん「私もそうです。

夫は空気みたいなものです。

でも、いてもいなくてもいいんじゃなくて、いないと困る存在なんですよね。

空気ってそうでしょう?

存在そのものは意識していなくても、なくなったら死んでしまいます。

それくらい大切なんだけど、無味無臭だから、つい・・・」

佐藤「いい香りのする方に気持ちがいってしまうんでしょうか?」

ぽん「そうなんでしょうね。きっと・・・」

私たちの隣に、10人くらいの主婦のグループが座り、一気に賑やかになりました。

ママさんバレーの御一行様?

ガタイもいいし、声もでかい・・・

うーーーん、二人でひっそりと会話ができる雰囲気じゃなくなっちゃったな・・・

それに、ここは、佐藤さんの生活エリアからは遠く離れた場所だけど、

私の生活エリアからはそう遠くない場所だから、

もしかしたら、私は知らなくても相手が私のことを知っているかもれない・・・

そう思ったら、私はとたんに落ち着かなくなりました。

ぽん「佐藤さん、もう出ましょう」


佐藤「え?もう出ますか?」


ぽん「はい」


なんだか中途半端な時間・・・

お互いそう思いながらも、お店を出ました。

ぽん「今夜は風が冷たいですね。

すごい寒いです・・・」

佐藤「そうですね。

ぽんさん、もうお帰りになりますか?」

ぽん「どうしましょうか・・・

佐藤さんは、このまま私を帰したいですか?」

佐藤「え・・・」

私は、佐藤さんの目を見ながらもう一度言いました。

ぽん「佐藤さんは、このまま私を帰したいですか?」

居酒屋での会話その1

佐藤「すいません・・・

あんな電話をしてしまって。

なんて女々しいヤツだと思ったでしょう・・・」

ぽん「嘘をついていたと言われた時には、とても混乱しました。

電話でも言いましたけど、聞いた瞬間、ご家族のお誕生日か何かで来られないのかなって思いましたよ」

佐藤「すいません・・・」

ぽん「もしも、そんな理由だったら、

私は佐藤さんには二度と連絡しなかったでしょうね。

最後まで嘘をつき通してよ!って言ったと思います。

だけど、そうじゃないと言われて、あんなことを言われて・・・

佐藤さんがそんなふうに思っているのに全く気が付かなかった自分は、

なんて鈍感だったんだろう・・・って思いました。

会って佐藤さんにごめんなさいって謝りたくなりましたよ・・・」

佐藤「そんな・・・」

ぽん「佐藤さんに会って謝って、

もっと私のことを好きになっても大丈夫ですよって言って、

抱きしめたいと思いました。

私だってこんな気持ちになったのは初めてですよ・・・

私と会うのが怖いとおっしゃってましたけど、いかがですか?

・・・・怖いですか?」

佐藤「・・・いいえ。

怖くないです。

でも、ドキドキします・・・

こうしてぽんさんが、今、自分の目の前にいることが、

まだ信じられないような気持ちです・・・」

ぽん「職場以外では会わないというハードル、

なんだか二人で無我夢中で越えてしまいましたね・・・」

佐藤「そうですね・・・」

お酒を飲みながら、二人でいろんな話をしました。

ぽん「そう言えば、今日子さんと学生スタッフが、

佐藤さんのこと、なんて真面目なんだろうって話題にしていましたよ。

近隣の施設に行ったときのことだと思うんですけど。

ほんの数十メートルの一方通行の道、

逆走したってかまわないから行っちゃえー!って言っても、

佐藤さんは絶対にダメですって言って逆走しなかったんですってね」

佐藤「それはそうですよ。

公務員の自分が社会の規範を破るわけにはいきません」

ぽん「でも、さんざん遠回りして目的地に着いたら駐車スペースがなくて、

駐車禁止の場所に停めたんでしょ?」

佐藤「・・・はい」

ぽん「そしたら、近所の人が苦情を言いに出てきたんでしょ?」

佐藤「・・・はい」

ぽん「でも、苦情を言いにきた人が、たまたま今日子さんを知っていて、

しょうがないわねで済んだんでしょ?」

佐藤「・・・はい」

ぽん「さっき、社会の規範とおっしゃっていましたけど、

教科書通りにはいかないのが人生ですよ。

でも、佐藤さんは今まで教科書通りに生きてこられたんでしょうね」

佐藤「・・・はい」