清少納言と紫式部 | 久蔵

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落語と歴史のブログ

華やかな宮中にしなやかなかな文字の国風文化を流行らせた代表的な女流作家、しかし二人の運命は時の為政者に左右された

 

愛読書

 

二官八省の左弁官に民部省があり右弁官に大蔵省があった、左の方が右より権威は高い


太政官の右大臣はナンバーツーで左大臣がナンバーワンとなり、その上位の太政大臣は臨時の官職

 

愛読書

 

これが古代の律令中央官制で官位相当制の始まり、当時の大蔵省は現在の財務省とは趣きが異なる

 

これらがよくわかるのが枕草子と源氏物語、参議以上の公卿で上級官人の殿上人たちの宮中での物語

 

8コマ×54帖

 

清少納言は中宮定子(後に皇后)に仕え、紫式部は中宮彰子に仕えた、どちらも一条天皇の正妃

 

彰子の父は藤原道長、定子の父かつ道長の兄の関白道隆の病死によって、道長は左大臣・摂政となり太政大臣にまでなった歴史上最も運に恵まれた人物

 

 

どちらが栄華したのかは、仕えた先が左右官位のどちらに属するかで人生が左右したようだ

 

大陸の魏(三国志時代:魏志倭人伝)との交流以降、国内の文字は漢字が使われた、隋・唐時代も宮中は男文字の漢字だった

 

 

貴族の子弟は大陸の文化・知識を学ぶために幼いころから氏族の大学で学んだ

 

氏族の地位や権力があっても漢語を解さなければ上級官僚にはなれなかったという、現代なら英語

 

 

9世紀末に菅原道真によって遣唐使が廃止され大陸との国交は断絶した、片仮名や平仮名の使用が多くなり以降の書物は漢字は減少していった

 

男はより強い国の文化を吸収するために漢語を使い、知識人は日本独自のカタカナを、女性は女文字のひらがなという流行語を使った

 

 

現在は漢語が英語に代わり、国内は漢字とカタカナとひらがなで世界中の言葉を表記できるようになった、万能はカタカナ

 

税務国税庁の役割があるのが民部省、財政というおカネを使う役割が大蔵省にあった

 

 

大蔵省は民部省に劣後し主流の省庁は左弁官、そうではない省庁が右弁官に設置された

 

いまだに年配者に多いおカネを扱うことを忌み嫌うこだわりの起源は、大陸からの儒教的な思想の律令が制定された時代にまで遡る、のだろうといわれている

 

 

右に出る者はいないや左遷の語源も律令から、古代の中国と日本では左右の尊卑は真逆だという


現在の財務省は税務と財政の両方を兼ね備えた省庁となっている、この違いを始め二官八省一台五衛府の役割は日本史重要論点

 

 

大学受験とは異なり一般知識・教養としてなら、愛読書の漫画とこれ↑だけでじゅうぶん