たまにはお店で看板猫を | カツオシ D の小説ブログ

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 右イラストはMECHAさんに書いて頂いた「餓鬼ども!」のキャラクター、餓鬼ちゃんズです。    ⇒

   たまにはお店で看板猫を

 

 まだ梅雨も明けていないはずなのに暑いですね。

 ベランダのミニトマトも育って、毎日夕食のサラダを提供してくれています。

 

 キュウリもこのとおり。今年は珍しく種から大きくなりました。例年は苗を買っていたんです。あ、ミニトマトは苗からです。

 

 そろそろ冷房の用意をと思って水冷式のタンクを見るとチビポンが乗っかっていました。

 このカバーを外して掃除しないと大型のクーラーが使えません。

 

 チビポン、どかされるのが嫌らしいですね。まあ、しばらくはまだいいか・・・。電気代もバカ高いし。

 

 チビポンのことを心配しているのか、それともアロンソ兄弟が戻ってくるのが心配なのか、ハチワレ君はドアの前から離れません。

 

しばらくするとチビポンも部屋に入りましたので・・・、

 

 シマポンママも呼んで、チビポンと一緒にひさしぶりに看板猫をやってもらうことにしました。

 

 でもあまり熱心とは言えませんね・・・。

 だれかが「あ、猫ちゃん」というと引っ込んできます。

 そこが昔のクロちゃんとは違うところです。

 

 チビポンはと探すと、殆ど使っていない陳列棚の上に。

 さあさあ、前に出てお客さんを呼び込んでくださいな。

 

 シマポンママも、包装台まで戻ってきているし・・・。

 

 今度は高い場所に飛び乗って遊んでいます。

 まあ、たぶんこうなるとは分かっていたんですけどね。

 

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      縄文時代の謎

 

 このあいだテレビで屋久島の縄文杉のことをやってましてね、そういえばあの時代になぜ杉が大量にあったんだろうかと疑問に思ったんですよ。

 

 私はオリゴ糖などを摂取して軽くなったとはいえ毎年、花粉症に悩まされています。その原因となる杉は日本の植生とは異なる本来は寒冷地に生える植物で、日本中の杉は殆どが植林されたもののはずなのです。ところが屋久島には数多くの杉が縄文時代からあるというではないですか。

 

 これって不思議ですよね。そこで調べてみると屋久島は土壌が浅いため、深く根を張る習性のある広葉樹ではなく浅く根を張る杉の方が有利だったんですね。言うならば屋久島は特殊な環境だったわけです。

 

 もし林野庁が杉ばかり植えることを止めて、日本本来の植生に戻してくれたら、人も動物も木の実や山菜によって今より豊かな暮らしになれると思うんですけどね。

 

 そう思ってAIに縄文時代の生活を描いてもらいました。

 それがこちらです。

 

  なんだか楽しそうです。

 

 食料自給率の低い日本ですが、広葉樹に植え替えれば、かなり改善されると思いますよ、さらに広葉樹は根を深く張るのそうで水災害にも強いんです。

 

 それにしても縄文時代は謎だらけ

 

 まずはこの写真を見て欲しいんですが

 

 これは東京国立博物館にある縄文時代後期の遮光器土偶と古墳時代の埴輪をならべたものです。もし日本の歴史を何も知らない外国の方に片一方は5000年ほど前のもの、もう片一方は1500年ほど前のもの。どちらが古いものか分かりますかと問えば、ほぼ全員が埴輪の方が古い時代のものというのではないでしょうか。

 

 制作した人の技能差ということもあるかもしれませんが、腕の作りこみなんかを見ると古墳時代のものは粗雑です。

 

 もうひとつ。左側の物は造形が複雑なものは国宝の火焰型土器と言ってこれも縄文時代の地層から出土したもので、右側の壺は古墳時代のものです。

 

 世界的に見て文明が発達した場所では、優れた美術品が数多く出土しています。私は子供の頃、教科書で大陸から米作や鉄器などの文化がもたらされたおかげで日本の文化が急速に発展したというようなことを習いましたが、客観的に縄文時代と古墳時代を見比べると美術品に関しては退化してませんか?

 

 南米の例を見ても侵略された側の文明はかっての輝きを失い、占領してきた文明に沿う形で作り変えられていくものです。そう考えると大陸から受けたものは恩恵だけでなく、同時に文明破壊もあったのではないかと思いを馳せました。

 

 縄文時代の約1万年は文字を持たなかった文明といいますが、こうした優れた美術品を見る限り、口伝だけで継承するのは難しいのではないかと考えます。文字はあったのだけれど取り上げられただけかもしれません。そしてそれが見つかった時に歴史が大きく見直されるのではないかとも思いました。