中国のひずみ。
今年になってそのひずみは大きくなってきている。
この国に住んで、色々な土地へと足を運べばそれは確信へと変わる。
郊外に建てられた誰も入居していない新築物件。
明かりの少ないマンション群。
建築途中のまま止まった放置インフラ。
客がほとんどいない商業施設。
脈々と受け継がれた官僚思想による発達方式。
高官の公式発言を聞いても、出てくるのは、
過去の偉大なる同士の意思、とか
中華思想の解釈だったり、とか。
「金儲けは好きにやっていいが、政治には口をだすな」
のように自由資本主義の上位概念として社会官僚主義が位置
しているのであれば、こうなるのは必然か。
友人のアメリカに帰化した中国人が中国を客観的に見て
蜃気楼と行ったが言い得て妙である。
ここに民意が入る余地はない。
鄧小平は「富める者から富んでいく」政策をとった。
これは当時の中国では正確な判断であった。
しかしこれだけの人口を抱える中国において沿海大都市の人口問題は
必須となる。次の手は国土に対し均等に発展させることである。
もちろん人集中の口の大小で差異がでてくるのは仕方無いが。
それをしなかった現状があり、それが現在の出稼ぎ、戸籍問題等
重要な問題へと発展していく。
世界の工場として成り立った背景から沿海部が著しく発達していくのは
仕方がないが、振り返ってみるともっとできることはあったと思う。
この国は「表面的な優越感」に支配されている。
点ができ、そしてその周辺にまた新たな点ができ、
それが線で繋がり相互補完していく。
しかしこの国は点と点がつながらない。
ましてや繋げようとも考えていない。
すべては事前に予測された事象ではなく結果論。
だからひずみが起こる。
政治家の評価はどれだけ国民を幸せにしたかではない。
どれだけ表面的な見栄えを良くしたかである。
これだけ金融システムが進んだ経済では、今後の中国において
行き過ぎた投資における莫大な不良債権化が起こるであろう。
現在温州で起こっていることはその序章でしかない。
今後の税収についても、土地からの税収が徐々に見込めなくなって
くる以上国有企業の法人税が上がるのは間違いない。
広州、深圳でもここ最近の家賃の上昇がとまらない。
不動産価格が止まっているのに、である。
要するに彼らの不動産でも収入の上昇が見込めなくなったから
無理矢理持ち物件の家賃を上げているだけである。
この国はいつまでたっても売り手市場。
その原因はこの国の人間の精神的、思想的構造にある。
この国で生活してみると妙に不思議な気分になる。
私が強く思うのは、元来は官僚思想を持っている部分はあるが、
より精神的に豊かな人種であったに違い無いということ。
友人として認められ、その後自分に尽くしてくれる様子を見ると
そう感じることは多い。
しかし、毛沢東がそれを変えてしまったように思う。
すべての人間が自分もしくは家族しか信用できない時代に
変容してしまった。そして世界的に類を見ない程の短期間で
物質的に豊かになってしまったため、極端な価値観しか
持てなくなってしまったように思う。
自分の間違いは絶対認めない。そして他人にも干渉しない。
面子思想。自分がやってることは世界のどの国に行ってもやっても問題無い。
この国にもとても聡明で努力を怠らない人間は大勢いる。
そのような人間が中国人というくくりで世界から認識されている事実が
残念でならない。
私の住んでいるマンションの敷地内でも、
みんなが集まる場所で子供に平気で排泄物をさせる母親。
タバコの吸い殻はその場に捨てる、賭け事をし終わったトランプが
捨てられ道路に散乱。エレベーターに乗る際も後の人を待たず
自分だけ乗ったらすぐドアを閉めてしまう。
こんなのは当たり前。
外国人にとっては中国人の友人に対しては感謝の連続、
他人に対しては不快の連続である。
ニュースを見ていると日本では考えられない事ばかり。
インフラ建設での事故も後を絶たない。
そして汚職。新聞を見ると汚職により党資格剥奪、私財没収、
などの記事ばかり。
魑魅魍魎、それが中国...
この国に住んで、色々な土地へと足を運べばそれは確信へと変わる。
郊外に建てられた誰も入居していない新築物件。
明かりの少ないマンション群。
建築途中のまま止まった放置インフラ。
客がほとんどいない商業施設。
脈々と受け継がれた官僚思想による発達方式。
高官の公式発言を聞いても、出てくるのは、
過去の偉大なる同士の意思、とか
中華思想の解釈だったり、とか。
「金儲けは好きにやっていいが、政治には口をだすな」
のように自由資本主義の上位概念として社会官僚主義が位置
しているのであれば、こうなるのは必然か。
友人のアメリカに帰化した中国人が中国を客観的に見て
蜃気楼と行ったが言い得て妙である。
ここに民意が入る余地はない。
鄧小平は「富める者から富んでいく」政策をとった。
これは当時の中国では正確な判断であった。
しかしこれだけの人口を抱える中国において沿海大都市の人口問題は
必須となる。次の手は国土に対し均等に発展させることである。
もちろん人集中の口の大小で差異がでてくるのは仕方無いが。
それをしなかった現状があり、それが現在の出稼ぎ、戸籍問題等
重要な問題へと発展していく。
世界の工場として成り立った背景から沿海部が著しく発達していくのは
仕方がないが、振り返ってみるともっとできることはあったと思う。
この国は「表面的な優越感」に支配されている。
点ができ、そしてその周辺にまた新たな点ができ、
それが線で繋がり相互補完していく。
しかしこの国は点と点がつながらない。
ましてや繋げようとも考えていない。
すべては事前に予測された事象ではなく結果論。
だからひずみが起こる。
政治家の評価はどれだけ国民を幸せにしたかではない。
どれだけ表面的な見栄えを良くしたかである。
これだけ金融システムが進んだ経済では、今後の中国において
行き過ぎた投資における莫大な不良債権化が起こるであろう。
現在温州で起こっていることはその序章でしかない。
今後の税収についても、土地からの税収が徐々に見込めなくなって
くる以上国有企業の法人税が上がるのは間違いない。
広州、深圳でもここ最近の家賃の上昇がとまらない。
不動産価格が止まっているのに、である。
要するに彼らの不動産でも収入の上昇が見込めなくなったから
無理矢理持ち物件の家賃を上げているだけである。
この国はいつまでたっても売り手市場。
その原因はこの国の人間の精神的、思想的構造にある。
この国で生活してみると妙に不思議な気分になる。
私が強く思うのは、元来は官僚思想を持っている部分はあるが、
より精神的に豊かな人種であったに違い無いということ。
友人として認められ、その後自分に尽くしてくれる様子を見ると
そう感じることは多い。
しかし、毛沢東がそれを変えてしまったように思う。
すべての人間が自分もしくは家族しか信用できない時代に
変容してしまった。そして世界的に類を見ない程の短期間で
物質的に豊かになってしまったため、極端な価値観しか
持てなくなってしまったように思う。
自分の間違いは絶対認めない。そして他人にも干渉しない。
面子思想。自分がやってることは世界のどの国に行ってもやっても問題無い。
この国にもとても聡明で努力を怠らない人間は大勢いる。
そのような人間が中国人というくくりで世界から認識されている事実が
残念でならない。
私の住んでいるマンションの敷地内でも、
みんなが集まる場所で子供に平気で排泄物をさせる母親。
タバコの吸い殻はその場に捨てる、賭け事をし終わったトランプが
捨てられ道路に散乱。エレベーターに乗る際も後の人を待たず
自分だけ乗ったらすぐドアを閉めてしまう。
こんなのは当たり前。
外国人にとっては中国人の友人に対しては感謝の連続、
他人に対しては不快の連続である。
ニュースを見ていると日本では考えられない事ばかり。
インフラ建設での事故も後を絶たない。
そして汚職。新聞を見ると汚職により党資格剥奪、私財没収、
などの記事ばかり。
魑魅魍魎、それが中国...