都合。 | とあるインテリア・家具デザイナーのブログ

都合。

自分の都合しか主張しない人間がこの不況下において

増えているような気がする。

その個人が置かれた環境がそうさせるのだろうが、

根本的な資質は人格が形成される年少期に

どう育ったか、に大きく起因しているように思う。

裕福な家庭に生まれ、甘やかされなんでも与えられて

身の回りのことをすべていぇったもらっていた人間は

社会人になっても、同じように振る舞う傾向にある。

周りとあまり接することのなかった人間は、

なんでも1人で物事を完結させようとする傾向にある。

最近ニュースでよく見る「モンスターペアレンツ」も

この類いである。

こういう人達は、要するに自分に余裕がない。

社会人になれば、各自の置かれた環境で多かれ少なかれ

ストレスやプレッシャーにさらされることになる。

それに対処できる能力を持っていない人間にこういった傾向

が顕著にあらわれるのである。

また成熟し高度に組織化した社会では

「知っててやらない」人間も多い。

自分のミスをなんとか仕入先に押し付けて、

隠蔽しようとする人間。

とある事象の問題を見つけながら「これくらいは大丈夫だろう」

と思って指摘しない人間。

最近多くないですか?

「権利」とは「義務」と果たして主張できるもの、

と解釈するなら、「義務」を放棄して「権利」を主張する人間が

あまりに多すぎるんです。

またそいうった人間は客観的に物事を見れない傾向にあるため、

物事を短絡的にしかとらえられない。

だから本質的な意見が述べられない。

ゆえに相手は理解できない。

プライベート主体のパブリックは成立不可能ですよね。

中国の話をすれば「権利」が「面子」にかわる。

他者にあまり干渉しない、という国民性もあるが、

自分が干渉されると、すぐに「面子」「面子」の始まりである。

個人の面子が一般社会常識を超えたときにひずみがはじまる。

ノーベル賞の受賞が決まった中国の人権活動家の劉氏に関する

一連の中国政府の対応はまさにそれ。

まあこの話もこんなところで。

我々は共生しないといけないわけで、他人の価値観を認め合って

お互いを尊重しながら生きていきたいものですね。

さあ、明日は上海へ。ともだちから電話が。

早上好,好久不见了!

我明天去上海,那边冷不冷?

冷了,要长袖。

真的吗?这边还短袖没问题的

我到浦东机场了后去古北那边要见公司老板

明白了,过来小心吧。

こんな会話をしながら。

上海は寒いらしい、こっちはまだ半袖なのに。

今日も頑張りましょう。