向かうべき場所。 | とあるインテリア・家具デザイナーのブログ

向かうべき場所。

我々はどこへ向かうのか。

価値観は多様化し、共生と支配で揺れ動く世界。

引かれた確実性のレールの中で、生まれる不確実性。

不確実性が連動し起こる事象と連動する運動体。

1つの価値観において増長する勢力と浸食。

規模と数の理論の強大さ。

人間個人はかくも弱い者となった。

技術と軍事力と資源で世界の覇権が争われるようになった今、

人間個人の価値はどこにあるのだろう。

時系列の連続性は事象の連続性の遮断によって

有事へと変容する。

変容を「変化の容認」と定義するならば、

意図的な変容が主体となることがあまりにも多くなった。

客体の総意による自然変容の本質はいずこへ。

白は黒になりグレーにもなる。

仕手が入れば本質を見失うことに。

近代化と経済発展は表面的には人間を進化させたが、

本質的には退化しているのでは。

すべての人間が「考える」ことをしない時代。

我々は自分で行き先を考えなければならない森の中を

歩いているのではなく、コンクリートと壁で固められた

1本道を歩いている。

占有に共生はない。

覇権に妥協はない。

すべての人間が「無欲」だったら、現在はどういう世界に

なっていただろう。

序列は有形無形の力となり、いかようにも作用する。

哲学の明確な回答はいまだでてこない。

人間が作り上げる物事に正解はない。

化学と物理と数学を除いては。

心理や哲学などはあくまで「傾向性」のストーリー。

生き物は群れ(群衆)をなせば、共通、共有意識が生まれ

それが行動様式となる。

生命を維持し、子孫を残す、ということが生命体の

大前提であると思うが、その価値観が崩れた今

なにが残るのか。

食物連鎖の健全なバランスはすべての「野生」である

状況の上に成り立つ。

それを破壊した人間の行く先は...

我々は地球という惑星体をいつまで維持できるのか。

意思に導かれる連動体ははてしなく継続している。

必要とされる物が出現するのではなく、

必要とする物を生み出し続ける世界。

人間は何のために生きるのか...

何か変なことを書いてしまった。

そろそろ仕事を切り上げましょう。