“力”が、欲しい―――
誰しも一度は思う空想だろう。
平凡の日常など退屈だ。他の誰にも真似できない、特別な存在になりたい。
何も変えられない、ただ流れに身を任せるだけの現実からの逃避先の1つに、空想がある。
そう、ただの空想。
実現できないと結論を出し、諦めてそれで終わり。
だが、もう一歩進んでみてはどうだろうか。
特別な力が本当にあれば―――
特別な力が本当にあれば―――
その時、自分には退屈な日常と違う、刺激的な非日常が待っているのだろうか?
非日常が待っていたとして、それが本当に幸せなことなのだろうか?
非日常が待っていたとして、それが本当に幸せなことなのだろうか?
“力”は時として、人生を歪める。
適材適所を追い求めれば、力によって己の道が定義される。
力を誇示すれば、周りの自分を見る目が変わる。
大半の者は、異質な存在とみなして自分と距離を置き、孤立がもたらされる。
時として、出る杭を打とうとする者、自分を利用しようとする者に出くわすかもしれない。
かといって、力を己の中に秘めていては、他人に認めさせたいという欲求不満に苦しむことになる。
適材適所を追い求めれば、力によって己の道が定義される。
力を誇示すれば、周りの自分を見る目が変わる。
大半の者は、異質な存在とみなして自分と距離を置き、孤立がもたらされる。
時として、出る杭を打とうとする者、自分を利用しようとする者に出くわすかもしれない。
かといって、力を己の中に秘めていては、他人に認めさせたいという欲求不満に苦しむことになる。
その“力”が、人生を歪めるだけの価値のある、特別で、かつ有用なものであればまだ希望はある。
もしその力が、大して特別でも、有用でもない代物だったならば。
そしてその力が、僕の人生を歪めるならば―――
もしその力が、大して特別でも、有用でもない代物だったならば。
そしてその力が、僕の人生を歪めるならば―――
僕はそれを、拒絶(リジェクト)する。
「ん、んっ。朝か・・・」
肌寒い感触と共に、目が覚めた。
換気のために窓を開け、ベッドに軽く横たわったところ、すぐ寝落ちしたようだ。
換気のために窓を開け、ベッドに軽く横たわったところ、すぐ寝落ちしたようだ。
こめかみを押さえる。頭が重い。
また例の”現象”のせいだ。
満足に眠れない日々が続く。
満足に眠れない日々が続く。
寝ぼけ頭を起こすため、簡単な自問自答を繰り返す。
今日は3月4日。
曜日は水曜日。
僕の名前は桜井拓斗。
いたって“普通”の中学1年生。
・・・そう、普通だ。
僕の中では、普通だと思っているし、普通に振る舞おうと努めている。
特別なんて要らない。
平凡な日常を恙なく生きること。
それこそが僕に課せられた、唯一にして至高の命題だ。
納豆にご飯。和の朝食を済ませて支度をし、家を出た。
僕の中では、普通だと思っているし、普通に振る舞おうと努めている。
特別なんて要らない。
平凡な日常を恙なく生きること。
それこそが僕に課せられた、唯一にして至高の命題だ。
納豆にご飯。和の朝食を済ませて支度をし、家を出た。
「おはよう、拓斗君。」
「あぁ、おはよう。有咲。」
「あぁ、おはよう。有咲。」
彼女の名は樫木有咲。
お隣さんで、小学1年に僕がここに引っ越してきてからの友達だ。
黒髪にツインテール。少し垂れ目がちな可愛らしい顔つき。
見た目通りと言うべきか口調も大人しいが、自分の意見をしっかり持ち、言うべき時にはきちんと述べられる。
見知らぬ子が公園で苛められていても仲裁に入り、2コ下のいじめっ子達を叱りつけたこともあった。
お互い男子同士、女子同士で遊ぶことは多いが、ずっと登校は一緒だし、時々家で遊ぶこともある。
小学生から変わらない間柄。
お隣さんで、小学1年に僕がここに引っ越してきてからの友達だ。
黒髪にツインテール。少し垂れ目がちな可愛らしい顔つき。
見た目通りと言うべきか口調も大人しいが、自分の意見をしっかり持ち、言うべき時にはきちんと述べられる。
見知らぬ子が公園で苛められていても仲裁に入り、2コ下のいじめっ子達を叱りつけたこともあった。
お互い男子同士、女子同士で遊ぶことは多いが、ずっと登校は一緒だし、時々家で遊ぶこともある。
小学生から変わらない間柄。
いつまで続くのだろうか?
中学生にもなると、年頃の女の子として付き合い方を変えた方が良いのかもと思うことはあるが、向こうは特に気にする素振りを見せない。僕にとっては数少ない友人だ。親密であるに越したことはない。
「はぁ~~~」
隣に女の子が居るというのに、つい欠伸を漏らしてしまう。
まぁ、幼馴染だからいいか。
まぁ、幼馴染だからいいか。
「すごく眠そうだね。昨日は夜更かししたの?」
「昨日は10時に寝たよ。ただ、変な夢?いや、まぁそんな感じの物を見てな・・・」
「出た、拓斗君の夢の話。一度聞いてみたかったんだよね。教えてほしいな。」
「いや、支離滅裂で説明しづらいし、何というか・・・恥ずかしい。」
「まぁ、夢の話は恥ずかしいよね。もしかして、私は出てくるの?」
「昨日は10時に寝たよ。ただ、変な夢?いや、まぁそんな感じの物を見てな・・・」
「出た、拓斗君の夢の話。一度聞いてみたかったんだよね。教えてほしいな。」
「いや、支離滅裂で説明しづらいし、何というか・・・恥ずかしい。」
「まぁ、夢の話は恥ずかしいよね。もしかして、私は出てくるの?」
一瞬、有咲とは別の女の子の顔が浮かんだが、すぐに意識から遠ざけた。余計なことは言うまい。
「いや、誰も出てこない。くだらない夢さ。」
「そっか。でもいつか、聞いてみたいな。」
「そっか。でもいつか、聞いてみたいな。」
この話題には触れないでおこうという空気になったせいか、しばし沈黙が流れる。沈黙に耐えきれなくなったか、有咲が別の話題を出した。
「そういえば、今日が中1の最終日だね。」
「あぁ、遂にこの町にも来たか、って感じだよ。」
「あぁ、遂にこの町にも来たか、って感じだよ。」
突然訪れた、中1の最終日。有咲と話し終わる頃には、丁度学校の正門の所に来ていた。
世界中で猛威を奮う新型ウイルス“VRS”
ウイルスを表す“virus”という単語から1文字ずつ取って生まれた造語だ。
感染した時の症状を表す3つの単語の頭文字らしいが、正確には覚えていない。
日本に初めての感染者が現れて1ヶ月、遂にこの町にも、感染者が出てしまった。
そして、感染の広がりを食い止めるため、明日以降の授業が休止、本日が終業式となった。
ウイルスを表す“virus”という単語から1文字ずつ取って生まれた造語だ。
感染した時の症状を表す3つの単語の頭文字らしいが、正確には覚えていない。
日本に初めての感染者が現れて1ヶ月、遂にこの町にも、感染者が出てしまった。
そして、感染の広がりを食い止めるため、明日以降の授業が休止、本日が終業式となった。
教室に向かい、自分の席に腰掛ける。
突然の最終日となってしまったが、特に感慨は無い。
クラス替えで大半が離れ離れになるであろうクラスメイトにも、軽く挨拶すれば満足した。
余計な感情など、持たない方が疲れなくて良い。
感染防止のため、体育館に集まることは無く、教室で担任から、休日中の過ごし方の注意と、消えた授業代わりの宿題の説明を受けて、30分程で解散となった。
突然の最終日となってしまったが、特に感慨は無い。
クラス替えで大半が離れ離れになるであろうクラスメイトにも、軽く挨拶すれば満足した。
余計な感情など、持たない方が疲れなくて良い。
感染防止のため、体育館に集まることは無く、教室で担任から、休日中の過ごし方の注意と、消えた授業代わりの宿題の説明を受けて、30分程で解散となった。
例年より早い終業式となったが、クラスの雰囲気は暗かった。一部では春休みの予定を話し合う声も聞こえたが、大半の者がマスクを付け、終わるや否や教室から出ていった。欠席者もまばらに居た。
反抗期に差し掛かる年頃であっても、現状の深刻さを理解するだけの冷静さは有しているようだ。自分の町で感染者が出た以上、いつ自分の身に降りかかるか分からない。ニュースの中の他人事が、徐々に自分事へと移り変わっていった。
反抗期に差し掛かる年頃であっても、現状の深刻さを理解するだけの冷静さは有しているようだ。自分の町で感染者が出た以上、いつ自分の身に降りかかるか分からない。ニュースの中の他人事が、徐々に自分事へと移り変わっていった。
家に帰る道すがら、“VRS”のことを考えていた。インフルエンザより毒性は弱いらしいが、特効薬もワクチンも無く、確率は低いながら死亡事例も報告されている。恐ろしいのが感染力で、飛沫感染のみならず、エアロゾル感染という形で、空気中を長時間浮遊し、感染することもあるそうだ。また潜伏期間が長く、症状が無い間に感染が広がるおそれもある。
“VRS”により、町の雰囲気は一気に変わった。出掛ける度に感染するのではないか、既に感染しているのではないかと、誰もが疑心暗鬼に陥っている。軽く咳をするだけで、周りから冷たい視線が突き刺さる。町中マスクをした人だらけ。そもそも外出する人が激減した。
空気がピリピリとして、皆の表情は暗い。当然のようにマスクやアルコール消毒液は売り切れだ。あらぬ噂や都市伝説が流布し、生鮮食品やティッシュ、トイレットペーパーなど、ウイルスと無関係な品までが買い占められている。フリマアプリではウイルスに有効という怪しい石までもが出品され始め、世紀末の様相を呈している。
空気がピリピリとして、皆の表情は暗い。当然のようにマスクやアルコール消毒液は売り切れだ。あらぬ噂や都市伝説が流布し、生鮮食品やティッシュ、トイレットペーパーなど、ウイルスと無関係な品までが買い占められている。フリマアプリではウイルスに有効という怪しい石までもが出品され始め、世紀末の様相を呈している。
家に着いた時、僕は軽く溜め息を漏らした。
考えても、仕方がない。
考えても、仕方がない。
僕は“普通”の中学1年生。
自分の感染を予防し、他に広げない位しか、出来ることは無い。
闇雲に首を突っ込むことは、何も良い結果をもたらさない。
“例の件”で、嫌という位学んだじゃないか。
頭が、重い。
朝の寝不足が未だに響いている。
それだけではない位に、一気に眠気が襲ってくる。
例の“現象”だろうか。
だとしたら、支度が必要だ。
洗面所の引き出しから予備の品を取り出すと、抱えてベッドに向かい、横になった。
幾ばくも経たぬ間に、僕の意識は闇に吸い込まれていった―――
朝の寝不足が未だに響いている。
それだけではない位に、一気に眠気が襲ってくる。
例の“現象”だろうか。
だとしたら、支度が必要だ。
洗面所の引き出しから予備の品を取り出すと、抱えてベッドに向かい、横になった。
幾ばくも経たぬ間に、僕の意識は闇に吸い込まれていった―――
風の音が聞こえ、目を開いた。
目の前で砂嵐が巻き起こる。
自分の背丈ほどもあろうかという岩が、ゴロゴロ転がっている。
やはり、“喚ばれた”ようだ。
ここは砂漠だろうか。
辺り一面、砂地が広がるのみ。
遠くを見通すと、多数の窓と、そびえ立つ頂点に時計が付いた巨大な建築物があった。
遠い異国、見知らぬ土地に飛ばされたのだろうか。
辺り一面、砂地が広がるのみ。
遠くを見通すと、多数の窓と、そびえ立つ頂点に時計が付いた巨大な建築物があった。
遠い異国、見知らぬ土地に飛ばされたのだろうか。
否。
こういう光景には、既に慣れている。
数十分前に居た場所だ。忘れるはずがない。
数十分前に居た場所だ。忘れるはずがない。
そう、ここは学校の校庭だ。今日来た時と、何も変わらない。
変わったのは、自分。
全長1.6ミリメートル。およそ1000分の1に縮んだ自分の姿からは、日常のあらゆる風景が全て巨大に映っていた。
これこそが、僕の力の正体。
普通でありたいというささやかな願いを打ち砕く、残酷な呪縛。
普通でありたいというささやかな願いを打ち砕く、残酷な呪縛。
喚ばれた先の状況が理解出来たところで、いつも通り、左手を胸の前に持ってきて祈る。5秒待ち、静かに念じる。
(飛べ)
一瞬にして、自分の身は学校の玄関口へと転移していた。これが僕の、第2の力。
しかし残念なことに、これ以上の力は無い。ただ小さくなっただけの、生身の人間だ。
眠っている間に、体が矮小化してどこかに転移する能力と、その体で活動する間、数秒祈ることで、近くの別の場所に転移する能力。これだけだ。
しかし残念なことに、これ以上の力は無い。ただ小さくなっただけの、生身の人間だ。
眠っている間に、体が矮小化してどこかに転移する能力と、その体で活動する間、数秒祈ることで、近くの別の場所に転移する能力。これだけだ。
他人から見たら、カッコ良く見えるだろうか?特別だろうか?
しかし、全身は無理としても、自分の情報を他の場所に転移する技術は昔から存在する。
電話を使えば、自分の声を遠方に届けることが出来る。
動画を撮れば、自分の姿も映像として届けることが出来る。
3Dプリンターを使えば、自分の立体的情報も遠方に届けることが出来る。
しかし、全身は無理としても、自分の情報を他の場所に転移する技術は昔から存在する。
電話を使えば、自分の声を遠方に届けることが出来る。
動画を撮れば、自分の姿も映像として届けることが出来る。
3Dプリンターを使えば、自分の立体的情報も遠方に届けることが出来る。
初めて“喚ばれた”のは小5の時。以来何度も呼ばれる中で、自分なりの仮説を立てた。
この現象は、遠方の誰かがベッド内の自分の立体的情報を読み取り、3Dプリンターのような装置を用いて別の場所に実体化しているのだと。そこに僕の意識を移せば、現在の状況が完成する。
こう考えれば、僕がおよそ1000分の1に縮んだ理由も説明が付く。実体化する際、原寸大に再現するには大量の原料が必要となる。縮めることで、原料が少なく済むということだ。意識的に転移できる能力は、体が小さいままだと不便だろうと、喚び出す誰かさんが付けてくれたものだろう。
この現象は、遠方の誰かがベッド内の自分の立体的情報を読み取り、3Dプリンターのような装置を用いて別の場所に実体化しているのだと。そこに僕の意識を移せば、現在の状況が完成する。
こう考えれば、僕がおよそ1000分の1に縮んだ理由も説明が付く。実体化する際、原寸大に再現するには大量の原料が必要となる。縮めることで、原料が少なく済むということだ。意識的に転移できる能力は、体が小さいままだと不便だろうと、喚び出す誰かさんが付けてくれたものだろう。
この考え方に至る度、一見不可解な状況に納得がいく一方で、少し虚しくもなる。転移という特別な力を持っているのではなく、誰かに操られているに過ぎない。元々大して役に立たない力だが、自分固有の力ではなく、他人の操作が無いと行使できないとなれば、もはや力の保有者ですらない。極力カッコよく形容して、「力の依り代に選ばれし者」という称号が限界であろう。
尤も、現物を1000分の1の大きさで再現する加工技術や、意識を遠くに移す方法、与えられた転移能力など、謎はまだまだ多い。追い追い解き明かさねばなるまいと考えていると、突然の呼びかけに意識が引き戻された。
「たっく~ん!おつかれ~、久しぶりだね!」
背後を振り返ると、1人の少女が立っていた。
咲と名乗る少女。
赤みがかった茶髪に、ウェーブの掛かった髪型。反り返ったまつ毛に、パッチリ開いた瞳。薄っすらと化粧がなされ、年上に見える。一方で、そういった装飾を取り払えば、実は同年代という可能性もある。
レディに歳を聞くのは失礼だ。真実は、闇の中。
咲と名乗る少女。
赤みがかった茶髪に、ウェーブの掛かった髪型。反り返ったまつ毛に、パッチリ開いた瞳。薄っすらと化粧がなされ、年上に見える。一方で、そういった装飾を取り払えば、実は同年代という可能性もある。
レディに歳を聞くのは失礼だ。真実は、闇の中。
尤も、口調は僕よりも幼いが。
「相変わらず働き者だね~。今日はウイルス退治?」
僕が右手に抱える物を見て、彼女が問う。
僕が持つのはアルコール消毒液。
どうやら転移の際に、手で抱えられるサイズの物なら一緒に持ち込めるらしい。
そして、今まで“喚ばれた”時の傾向から、今回の持ち物を選んだ。
僕が持つのはアルコール消毒液。
どうやら転移の際に、手で抱えられるサイズの物なら一緒に持ち込めるらしい。
そして、今まで“喚ばれた”時の傾向から、今回の持ち物を選んだ。
僕が“喚ばれる”時は、何らかの使命を背負っていることが多い。
公園で会った子がボールを溝に嵌めて失くしたと聞けば、夜にそのボールを探して届けたことがある。
近所のおじさんの家がシロアリで悩んでいると聞けば、夜におじさんの家の屋根裏に飛ばされ、シロアリを駆除したことがある。
公園で会った子がボールを溝に嵌めて失くしたと聞けば、夜にそのボールを探して届けたことがある。
近所のおじさんの家がシロアリで悩んでいると聞けば、夜におじさんの家の屋根裏に飛ばされ、シロアリを駆除したことがある。
調子に乗ってより大きな案件に首を突っ込んだこともあるが、それは遠い昔の話。“例の1件”以来、自分の身の丈に合った仕事しか引き受けないことにしている。
力を誇示することは、その実力以上の憶測を生み、敵を呼び寄せ、失望と敗北しか残さない。もう、力の使い方は誤らない。自分の手の届く世界が、誰も知らぬ間に少しだけ改善されている。そんな自己満足だけあれば、僕にとっては十分だ。
力を誇示することは、その実力以上の憶測を生み、敵を呼び寄せ、失望と敗北しか残さない。もう、力の使い方は誤らない。自分の手の届く世界が、誰も知らぬ間に少しだけ改善されている。そんな自己満足だけあれば、僕にとっては十分だ。
最近の話題は“VRS”で持ち切り。
この町に感染者が出てからというもの、連日喚ばれてはウイルス退治。お陰でまともに夜は眠れない。今回学校に喚ばれたということは、校内に感染源があるということか?
この町に感染者が出てからというもの、連日喚ばれてはウイルス退治。お陰でまともに夜は眠れない。今回学校に喚ばれたということは、校内に感染源があるということか?
校内に入る前に、咲の手元が気になった。喚ばれた目的は明らか。持ち物も同じだろう・・・
「えっ・・・うちわ?」
「うん、そうだよ~」
「それ・・・何に使うの?」
「さぁね?私には私なりの考えがあるんだよ。」
「うん、そうだよ~」
「それ・・・何に使うの?」
「さぁね?私には私なりの考えがあるんだよ。」
お姉さんぶってか、時折意味深な発言をする咲と共に、玄関の隙間から校内に入る。
「誰も居ないね。」
「今日は午前で終業式が終わったからな。帰って寝て、喚ばれるまでの間に夜になったのだろう。」
「怖いよ~!何か出たら守ってね!!!」
「今日は午前で終業式が終わったからな。帰って寝て、喚ばれるまでの間に夜になったのだろう。」
「怖いよ~!何か出たら守ってね!!!」
いや、あなたの方が年上でしょうと声に出かかったところで、危うく食い止めた。ウイルスよりも先に、僕が退治されてはたまらない。
「どこかにウイルスの貯まり場があるのかな?私は左から順に調べるから、たっくんは右をよろしくっ!」
咲は言い残すと、数秒して別の場所に転移していった。
普段は歩きなれた校内も、体が縮んだ今では歩くことさえ一苦労だ。普段の1メートルが、今ではおよそ1000倍、1キロメートルの長旅に感じられる。有難く転移能力を使わせていただくとしよう。
普段は歩きなれた校内も、体が縮んだ今では歩くことさえ一苦労だ。普段の1メートルが、今ではおよそ1000倍、1キロメートルの長旅に感じられる。有難く転移能力を使わせていただくとしよう。
理科準備室、家庭科室、美術室・・・
僕の担当は副教科関連の部屋が多い。当然ながら誰も居ないし、何の気配も無い。身体が縮んだ僕にとって、埃の存在感は普段以上だが、慣れれば気にすることはない。
特に何も無いのか?誤って喚ばれただけなのか?
僕の担当は副教科関連の部屋が多い。当然ながら誰も居ないし、何の気配も無い。身体が縮んだ僕にとって、埃の存在感は普段以上だが、慣れれば気にすることはない。
特に何も無いのか?誤って喚ばれただけなのか?
つい物思いにふける中で入った部屋は、初めてみる光景だった。
月明りの差さない暗闇に、一瞬不安を覚えた。あまり慣れないような、甘く・・・もない、だが不快ではない、そんな臭いが漂っていた。
暗闇に目が慣れてなお、見慣れない光景に戸惑うも、上を見上げると、複数の区画に区切られた棚が設置されていた。更に部屋の奥には、捨てられたのか、忘れられたのか、青と白の布切れがバケツの上に積まれていた。
見た景色を総合的に組み合わせると、合点がいった。
暗闇に目が慣れてなお、見慣れない光景に戸惑うも、上を見上げると、複数の区画に区切られた棚が設置されていた。更に部屋の奥には、捨てられたのか、忘れられたのか、青と白の布切れがバケツの上に積まれていた。
見た景色を総合的に組み合わせると、合点がいった。
ここは・・・更衣室だ。
見慣れない光景であること、積まれた服が、普段着ない柄の体操服であることを勘案すると・・・
女子更衣室に入ってしまった
誰が着替える光景も無いというのに、突然えも言われぬ背徳感がせり上がってきた。今すぐここを出なければ。心臓の鼓動が速くなり、居ても立っても居られない。
しかし、部屋の奥に再び目をやると、別の意味で焦る事態が起こっていた。
しかし、部屋の奥に再び目をやると、別の意味で焦る事態が起こっていた。
(なんだ、あの黒い粒子は・・・?)
積まれた服の辺りから、砂粒のような黒い粒子が、空気中に漏れ出していた。
連日目にしてきたから分かる、あの粒子は、
連日目にしてきたから分かる、あの粒子は、
VRSウイルスだ
ウイルスの直径は0.1マイクロメートル。1ミリが1000マイクロメートルだと言うのだから、日常の感覚で目に見えないのは当然だ。
だが、今は僕の身体も1000分の1に縮んでいる。視神経も小型化に対応しているのか、逆に自分の視界に入る物は普段の1000倍の大きさに感じられる。感覚的には、ウイルスが0.1ミリ程度の大きさで見えるということだ。髪の毛の幅程度の大きさまで感じられれば、うっすらとは見えるようになる。
だが、今は僕の身体も1000分の1に縮んでいる。視神経も小型化に対応しているのか、逆に自分の視界に入る物は普段の1000倍の大きさに感じられる。感覚的には、ウイルスが0.1ミリ程度の大きさで見えるということだ。髪の毛の幅程度の大きさまで感じられれば、うっすらとは見えるようになる。
ウイルスが流れ出す様子が見えるということは、かなりの数に増殖しているということだ。用心せねばなるまい。
僕はバケツから少し距離を取り、スマホを取り出した。
僕はバケツから少し距離を取り、スマホを取り出した。
「もしもし?拓斗だ。見つけたよ。」
「さすがたっくーん!今どこ?」
「さすがたっくーん!今どこ?」
当然の質問だ。恥ずかしくとも、正直に答えねばなるまい。
「女子、更衣室・・・」
「たっくん。いくら日頃興味があるからって、口実を付けて忍び込もうとしたらダメだよ!」
「いやいやいや、ちゃんと見つけたからさぁ!」
「あはははは!冗談冗談。分かってるって。今から向かうね~」
「たっくん。いくら日頃興味があるからって、口実を付けて忍び込もうとしたらダメだよ!」
「いやいやいや、ちゃんと見つけたからさぁ!」
「あはははは!冗談冗談。分かってるって。今から向かうね~」
昔からだが、咲には頭が上がらない。
周りに姉貴分のような女子が居ない以上、不慣れなのは当然の帰結であった。
周りに姉貴分のような女子が居ない以上、不慣れなのは当然の帰結であった。
咲の到着を待つ間、僕も武器を構えつつ、バケツの様子を窺う。
消毒液という名の武器の容量は十分。転移においては、内容量も正確に再現されるようだが、念のために新品を取り出しておいた。抜かりはない。
様子を窺おうにも、バケツの高さだけで僕の身長の数百倍はある。下からの偵察は諦め、棚に転移して中を覗き込むことにした。
消毒液という名の武器の容量は十分。転移においては、内容量も正確に再現されるようだが、念のために新品を取り出しておいた。抜かりはない。
様子を窺おうにも、バケツの高さだけで僕の身長の数百倍はある。下からの偵察は諦め、棚に転移して中を覗き込むことにした。
上から見ると、状況はより深刻であることが分かった。
黒いウイルスの粒子が雲のように群がり、積まれた服の上を漂っている。その雲は、過去に見たことのないレベルで厚く、色も濃かった。
黒いウイルスの粒子が雲のように群がり、積まれた服の上を漂っている。その雲は、過去に見たことのないレベルで厚く、色も濃かった。
一体何が起こったのか・・・?
感染者が、吐瀉物を服に包み、この部屋に捨てたかのようだ。
誰が、一体何のために?
感染者が、吐瀉物を服に包み、この部屋に捨てたかのようだ。
誰が、一体何のために?
状況が呑み込めない中ではあるが、消毒液の効き目を確かめるために、軽く消毒液を一吹きさせた。この不用意な一撃により、事態は急激に動き出す。
ブオォォォォン!
背後から急激な気流を感じると、反射的に棚の陰に身を引っ込めた。
振り返ると、季節外れの扇風機が全開で稼働していた。その瞬間、再び背後に忍び寄る気配を察した。
振り返ると、季節外れの扇風機が全開で稼働していた。その瞬間、再び背後に忍び寄る気配を察した。
VRSウイルス
黒い粒子が風に乗り、部屋中に拡散していた。積まれた服の一部が風で落ち、漂うウイルスの量自体も増加していた。
再び僕は振り向くも、扇風機に気を取られた隙はあまりにも大きく、黒い筋は僕の目前に迫っていた。他の場所に転移する暇も、躱す術もない。
再び僕は振り向くも、扇風機に気を取られた隙はあまりにも大きく、黒い筋は僕の目前に迫っていた。他の場所に転移する暇も、躱す術もない。
「まったく。危なっかしいんだから・・・」
再び背後から風を感じ、声が聞こえた。扇風機と比べると弱弱しいが、ウイルスの流れを押し戻すには十分であった。
「たっくん今よ!」
僕は無我夢中で、消毒液を繰り返し噴射させていた。持ち運び用で、それが1000分の1に縮小されたとは言え、対象を見据えた状態の噴射は効果覿面。黒い粒子が漂う元気をなくし、地に堕ちてゆく。
扇風機の首が振れ、再びこちらに戻ってきた。僕は一度手を止め、バケツの方を凝視していた。もう、不意は取られない。風がこちらに向かうと、再びウイルスが舞い上がった。少し経つと、扇風機の風は遠くへ去っていく。そのタイミングを見計らい、咲がうちわを扇ぎ、僕が消毒液を噴射する。
ローテーションを繰り返す中で、ウイルスの噴出の勢いは徐々に弱まっていった。消毒液の成分も、扇風機により空気中に拡散され、部屋全体でウイルスが死滅していく流れを感じた。数分経つと、扇風機は止まり、黒い粒子は見事に消滅していた。
「やった、のか・・・?」
「うん、やったね!たっくん!」
「うん、やったね!たっくん!」
一時は冷や冷やさせられたが、何とか鎮圧できたようだ。
「ところで最初、ウイルスに触れたように見えたけど、大丈夫?」
「あぁ、僕の考えだと、大丈夫だと思う。」
「例の、遠隔から3Dで複製されている!っていう説だね!確かにその通りなら、たっくん本体には被害は無いね。」
「あぁ、僕の考えだと、大丈夫だと思う。」
「例の、遠隔から3Dで複製されている!っていう説だね!確かにその通りなら、たっくん本体には被害は無いね。」
ウイルスを鎮圧したというのに、咲は何故か普段は見せない不安な表情を浮かべる。
「でも、この現象のことを全部分かってはないんだし、用心した方が良いと思う。今日はちゃんと窓を閉めて、あったかくして寝るんだよ!」
「うん、ありがとう。そうするよ。」
「うん、ありがとう。そうするよ。」
咲はそう言い残すと、祈りを掲げ、数秒後に姿を消した。
ようやく終わった、達成感をしみじみ感じていると、自然に眠気が襲ってきた。
そろそろ“戻る”時間のようだ。
ようやく終わった、達成感をしみじみ感じていると、自然に眠気が襲ってきた。
そろそろ“戻る”時間のようだ。
(そういえば、どうして昨日窓を開けて寝たことを・・・)
僅かに浮かんだ思考も、圧倒的な眠気には勝てず、僕は睡魔の闇に再び吸い込まれていった。
どうして女子更衣室にウイルスが?どうして扇風機が回り出したのか?
謎は尽きないが、無事に退治出来て良かった。その程度の認識だった。
もしや何者かが、感染の拡大を意図して、休校中も部活に訪れる女子を狙って設置したのか?という思考はただの邪推と片付けられた。
翌日目が覚めると、そんなかすかな思索は寝不足から来る眠気にかき消され、僕はまた日常に回帰する。
謎は尽きないが、無事に退治出来て良かった。その程度の認識だった。
もしや何者かが、感染の拡大を意図して、休校中も部活に訪れる女子を狙って設置したのか?という思考はただの邪推と片付けられた。
翌日目が覚めると、そんなかすかな思索は寝不足から来る眠気にかき消され、僕はまた日常に回帰する。
だが、僕は気付いていなかった。
既に運命は廻り始めていた。
伝染病との戦い。その裏に潜む巨大な渦の中に、巻き込まれていくのであった・・・
世界は勿論、僕自身に、降りかかる恐怖にも。