現地時間17時半、授業が終わり帰宅し、ブログを書いております。
仕事が無い解放感は凄まじいですw
授業中は英語という不慣れな言語が飛び交うので気が抜けず、結構ヘトヘトになりますが、社会人でいうと毎日定時上がりですからね。
会社の先輩達がご褒美扱いしていたのも頷けます。
授業が2時半終わりの人もいたらしいですが・・・いや、僕は英語の学習という本分を弁え、定時くらいの時間は授業を受けるとします。
真面目かw
1.学校の話
今日から通常授業がスタート。
1限:8時半〜10時、2限:10時20分〜11時50分、3限:12時50分〜14時20分、4限:14時半〜16時半というカリキュラムです。
普通の留学生は3限までで、4限は僕の会社からの留学生だけが受ける、先生と1対1の個人レッスンです。
自分だけ4限があるのキツそうと思われるかもしれませんが、
癒やしタイム
ですw
明瞭かつゆっくりとした発音で話してくれる、どんなに言葉に詰まっても待ってくれる、どんなに拙い表現でも意図を読み取り言葉を紡いでくれる、どんなに平凡な正答でも「Perfect!!!」とベタ褒めしてくれる、非常に良い環境です。
「あぁ、俺の英語も通じるんだな・・・」と誤解すること間違いなし。
誤解して自信を持ってガンガン話すうちに、本当に上手になればいいのですがw
「来週1日サボらせてほしい」と頼んだら、快く別の日に振り替えてくれるし、良い人過ぎて拝みたくなりました。
来週サボって何するか?来週末のお楽しみですよ・・・
3限までの集団授業に話を戻すと、諸外国の方々のマシンガントークについて行けないのは相変わらず。ただ、昨日と違う心持ちで受けると、そんなに苦もなく乗り切れることに気づきました。何とか1ヶ月耐えられそうです。
もう1つ、1ヶ月耐えられるか不安な要素がありました。
それは、
飯
です。
正直に言ってしまうと、羽田空港を飛び立ってから3日間、何かを食べて旨い!と思うことがありませんでした。
毎日用意してもらって文句の言える立場でないことは当然ですが、滞在先の食事はいつも冷めています。昨日ワンタンスープが出て、「カナダで食べられるのか!」と感激しましたが、自分の舌は正直でした。
日本人の舌に合う物は難しいのか・・・と思っていたら、意外と身近、かつ安価に味わうことが可能であることを知りました。
学食のラザニアです。
今日は集団で飯に行く気配がなかった上に、午前の授業で英語はお腹いっぱいになりかけていたので、1人気楽に飯を食うことを選びました。
昨日はバッサリと選択肢から外され、結局しょぼいバーガーショップに連れ込まれましたが、今日は自分の意思で学食を選びました。
チラっとメニューを見て、値段そこそこのイタリアンが並んでいることを知っていました。
「無難にパスタかな〜?」と思って改めてメニューを見ると、
「"lasagna"・・・?ラザニアか!!!」
ラザニアを発見しました。
「トマトとチーズのグルタミン酸の相乗効果で旨味が増す」という食檄のソーマかぶれの知識を持つ僕にとっては大好きな料理です。
後単純に女子()なのでチーズが好きですw
値段は8ドル、日本円で700円程度です。
カナダは物価が高めなので、まぁ許容範囲と言えるでしょう。
実際に食べてみると、
「チーズと挽き肉の旨味を感じる・・・そこにトマトの酸味が丁度よく合わさって、これはイケるぞ・・・!」
旨いと言っても学食基準、日本ならもっと旨いラザニアを食べたことがありますし、本場のナポリの人からは笑われてしまうでしょう。
しかし、日本を離れる瞬間に諦めた、「旨いものを食う」という行為を思い出せたのは大きな収穫です。
カナダにも、きっと日本人が気にいる味があるはず。
1ヶ月もバンクーバーに居るのですから、無駄にはしたくない。
より豪華な食レポ、期待していてください!
僕自身、「学食のラザニアが一番でした!!!」なんて帰国してから報告するのは恥ずかし過ぎるのでw
2.自分らしく生きること
昨日は若干気疲れ気味でしたが、今日は清々しい気持ちで帰ってくることができました。
一番大きいのは、「無理に人と仲良くしない、人に合わせない」という心持ちになれたことです。
クラスメートからは、人と仲良くしようという意識は感じられます。しかし、それはあくまでも、「俺は俺の喋りたいことを喋るけど、仲良くしていこうぜ」という態度です。
授業の進行が止まるのもお構いなしに、「隙あらば自分語り」をするスタイルは、到底真似できることではありません。
周りとの調和や、相手の気持ちを気にしつつ仲良くするスタイルの日本人にとっては、相手のペースに乗り続けるしかなく、気苦労が耐えません。ましてや、日本人の抱えるあらゆる陰の要素を凝縮した形態である僕が、マイペースな人々のペースに合わせられる訳がありません。
出発前、主に会社の人から、「最後はクラスメートと旅行に行ってきた」という体験談や、「現地での面白い土産話を期待している」というノルマを課せられ、また僕自身、「英語学習のためには、異文化の人々と仲良く触れ合わないといけない」という意識高い系の発想に縛られ、若干気が重い面がありました。
しかし、昨日や午前の授業を受けていて、
無理
と諦めようと思った時に、気持ちが非常に軽くなりました。
会話量を稼ぐことが英語上達のコツだし、授業からは逃げられないから、授業中は積極的に話そう。でも、それ以外の時間は自分のやりたいように過ごそう。
楽しくないと続かない。気楽な気持ちを維持できるという前提の下で、「少しずつ歩み寄る」という努力目標を持ちながら前向きに続ければ良いと思いました。
「皆仲良くしよう」という思想は、聖人君子くらいしか実現できないのであって、凡人にとっての異文化の共生とは、せいぜいお互いを否定せず、存在を認めることが限界なのかなと思います。
帰国した時の土産話に困るな〜と悩みましたが、そこは得意の「陰気トーク」を全面に押し出すしかないな〜と思っています。
・僕<<平均的な日本人<<留学する位意識の高い日本人<<外国人と、陰陽がかけ離れ過ぎて同じ人類とは思えなかったw
・陰気に陽気が吸われて授業中に虚無に還ることがあったw
・「何カ国語話せる?」という問いに対し、皆が「母国語+英語」の2つと答える中、1人だけ「Japanese Only!!!」と自虐ネタを炸裂させたw
27年間生きていると、自分の性格は変えられないなと改めて実感しました。
万が一、僕に対し明るいイメージを持つ人が居ればお断りしておきたいですが、
・協調性マイナス2000億→マイペースに気楽に生きよう
・彼女居ない友達少ない→自分の時間がいっぱい取れて最高
・ストレス耐性ゼロ→自分が、自分を世界一愛する存在になることで、自分の傷を癒やし続ける
・変わった好み→わたてん最高わたてん最高わたてん最高・・・
・そして何より、ブログその他諸々で、隙あらば自分語り
一般に克服すべきとされる欠点を完全に無視し、ただ純粋に自分の生きたいように生きた結果が今に至っているだけです。
自分が一番で、人には全く期待しない。人を貶めようとしないのも、単に他人に興味がないだけ。優しく見える態度も「面倒じゃない範囲で人のためになるならやっとくか」程度の意識しかありません。
「海外で暮せば意識が変わる」と言われる中でも自分のペースを維持しようとする。そんな自分が大好きな自分が居ます。
はぁ、英語に飽きそうになると日本語を使いたくなるのと、時間があると自意識過剰で自分のことを考えてしまうのとで、自分語りが過ぎてしまった・・・
オチとして、最後に番外編をお届けします。
(番外編)看過せざる冗談
Q.If you went to the prison, what would it be for?
(訳)もしあなたが投獄されるなら、それはどのような罪によるものか?
授業で出された例題です。
「仮定法」の文章であり、実現する見込みは小さいことが前提です。
・・・が、冗談でも言って良いことと悪いことがあります。
投獄されるだなんて、縁起でもありません。
べ、別に身に覚えは全くありませんが、不快感の感じる質問でした。
無難に銀行強盗と答えておきました。
わたてんのみゃー姉?何のことやらさっぱりぱりぱり???
んじゃ、また自分語りしたくなったら書きます。
では(^o^)/