「ら・・・く・・・ご・・・?」
初めて聞く単語だった。
その「らくご」というものが、私の話にオチがないことと何の関係があるのか。
「そう、落語。座布団の上に座った人が"噺"をして、観ている人を笑わせるんだよ。」
本当だ。
動画には舞台の上のおじさんの声に加え、観客の笑い声も聞こえてくる。
「ただおじさんがしゃべっているだけなのに、何がそんなに面白いの?」
「"噺"に身振り手振り、話し方、間の取り方を付けると面白くなるんだよ。」
「もしかしておばあちゃん、私が"らくご"を始めれば話が上手くなるって言ってるの?」
「べ・・・べつにいいよ。
ちょっとからかわれただけだから。話が下手なままでもいい。
ただちょっと悔しかったから、おばあちゃんに話を聞いてもらいたかっただけ。
いつものように、黙って聞いてくれたらいいの。」
おばあちゃんは何も言わない。本当に黙って聞いてくれている。そう、それでいい・・・はず・・・なんだけど・・・
「物静かな私が話が下手なんて、分かりきっていたことだし。
友達とからかい合うことなんて、いつものこと。
だから別に、悔しいなんて・・・」
あれ・・・?どうしてだろう?涙が浮かんでくる。ウソはついてないのに。別にいいの!どうでもいいの!・・・きっと。
「男子がしつこく言ってきたけど、どうせ男子の言うことなんていい加減だし、放っておけばいいの。
オチが0個で越智玲子?気にしてないって。勝手に言わせておけばいいって!」
不思議と口調が荒くなってしまう。おばあちゃんは相変わらず何も言わない。表情一つ変えない。
いや、違う、少し顔が歪んでる。
我慢してるんだ。
そう気づいた時、ふと6歳の頃の記憶が蘇ってきた。
「玲子や。いい子だねぇ。
こんなにいい名前を付けてもらって、お父さんとお母さんに愛されて、本当に幸せな子だ。
小学校に行ったらあまり会えなくなるけれど、時々大きくなった姿を見せておくれよ。
私はずっと、玲子の味方だからね。」
悔しくないはずがないんだ。
おばあちゃんだって、悔しいんだ。
でも、顔に出すと私に気付かれてしまう。
そんなおばあちゃんの"真意"に気付いた時、何か強い衝動にかられる気がした。
「オチが0個と言われたって、別に悔しくなんてない・・・」
私は気付いてしまった。もう、戻れない。
「わけないよ!悔しいよ!私だって!!!」
言ってしまった・・・
「語るに落ちたね。玲子や。
『語るに落ちる』と書いて落語。ちゃんとオチのある話ができたじゃないか。」
「おばあちゃん、そういうのはオチと言わないよ・・・」
どうしたのだろう?胸のつっかえが取れた気がする。
もうすぐ中学生なんだ、大人なんだから我慢しなきゃと思っていたけど、本当の気持ちを話すのも悪くないかも。
「でもおばあちゃん、私に落語なんて無理だよ。まず何を話していいか分からないよ。」
「心配ないよ。落語は『古典』と『新作』に分かれていて、『古典』には誰もが話せるような有名な"噺"がたくさんあるの。」
「古いお話で、しかも有名な話だったらみんな飽きちゃってるんじゃない?」
「同じ話でも、話し方が変わると全く違って聞こえるんだよ。そこが面白いの。」
いつになく真剣なおばあちゃん。
おばあちゃんが何かについて熱心に話すことなんて、今までにあったっけ?
話が理解できていない様子を察したおばあちゃんが、更に話し始めた。
「例えば、玲子のお友達がしていた話があっただろう。ワタル君の話。
あの話は「恋文」と「変文」を間違える話だったけど、
『せ、せ、せ、せ、せ、せんせい!ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼくの(プシューーーーー)』
とワタル君をすごく恥ずかしがり屋な子に表現することもできるし、
『ラブレター?これを私のクラスの誰に渡せばいいの?』
と先生が勘違いした話にすることもできる。
古典の"噺"はあらすじは決まっているけれど、登場人物の性格や細かな中身は話し手が自由に決めることができる。
だからプロも古典の"噺"をすることがあるし、お客さんも飽きずに笑えるんだよ。」
おばあちゃんの説明は非常に分かりやすかった。
でも、どうしてこんなに落語に詳しいんだろう?
「それに玲子。お前さんは私の孫だ。
きっと落語の才能があるさ。」
「・・・?」
「まぁ、時が来れば分かる。・・・それより玲子、落語の"噺"を何か知っておるかね?」
思わせぶりなおばあちゃん。わざとらしく話をそらしていたけど、何を言おうとしたのだろう?
落語という単語自体初めて聞くのに、知っている訳がないじゃない。
そう思った私の脳内に、1つの単語が思い浮かんだ。
「ねぇ、おばあちゃん。」
「"じゅげむ"って知ってる?」