今月の誕生日で後期高齢者になった。 前期はもう過ぎたのかと妙な感じがしたが、人生の最終版ということであろう。
昨年は冠動脈にステントを入れる手術をした。 体の中で加齢による不具合があちこち起こり始めた兆しである。
古稀を過ぎて、昔なら長生きとされる年であるから体の不調が出るのも当然である。
これからのことを考え、終活のひとつとして遺言書を書くことにした。
遺言書は自分でももちろん書けるが、法的効力が確かなものは公証役場で作る必要がある。
数年前、高齢者施設にいる100歳近い義母が身辺整理で遺言書を作った。
それに倣ったわけではないが、自分も遺言書を書いてみようと思ったのである。
江戸時代は遺言書を書くことが普通だったらしいということも知った。
生まれて初めて公証役場なるところへ行った。
今住んでいる市にはなく隣の市の中心部から外れたわびしい雑居ビルの中にあった。
受付に顔を出すと公証人のオフィスに通された。 年配の公証人と思しき人が現われ、その人に相談を始めた・・・・。
公証人とは、公正証書を作る準公務員で、 判事や検事を長く務めた人の中から選ばれるらしい。
子供がいないエッセイストの玉村豊男は、彼が死んだ後の葡萄畑やヴィラデストの経営についてすでに遺言書を書いているとブログの中で述べている。
遺産の多い人の場合の遺言状は分かるが、そうでない場合に遺言状は必要なのという声が聞こえそうではあるが、遺産の多寡にかかわらず遺言書は自分を見つめなおす契機にはなりうるという気がしている。