今年4月頭、満を持して上州真田の城を再訪しましたニコニコ


今回の城は群馬県東吾妻町の続100名城・岩櫃(いわびつ)城です照れ 

岩櫃城の築年代は不明ですが、戦国時代には上杉謙信に従う斉藤氏と、武田信玄に従う真田氏が争い、のちに真田信之が沼田城に入るとその支城として機能しましたカブト

織田信長の武田領への攻勢により武田勝頼は押され、真田昌幸は勝頼にこの城に逃れるよう勧めましたニコニコ


しかし勝頼は、小山田信茂の岩殿城への逃亡を選んでしまい、信茂の裏切りに遭い、武田氏は滅亡しましたナイフ


その後真田氏は豊臣秀吉や徳川家康に従い、岩櫃城も存続しましたが、慶長19年(1614年)幕府による一国一城令により廃城となりましたニコニコ

岩櫃城の北側にある平沢登山口側の駐車場から攻城しましたニコニコ

熊が怖いので、なるべく寒い時期に来るべきですが、攻城を4月まで待ったのは、観光案内所が冬季は閉鎖されてるためです照れ

岩櫃城のジオラマがあります下矢印

背後にそそり立つ岩山がインパクトありますね〜爆笑

下矢印今回が2度めの訪城で、常々再訪を狙っていたのですが、熊が怖くて二の足を踏んでました笑い泣き

下矢印群馬県の有名人といえばこの2人口笛

だいぶ色褪せてますがw

下矢印そして大河ドラマ「真田丸」でこの城は一躍有名になりました照れ

パーカーはもちろん真田の「六文銭グラサン

キャップも真田で準備万端、ゴーアップアップアップ

下図の赤矢印から入城、中城を目指します走る人

下矢印中城手前の空堀爆笑 

中城の南側が登城道になってます走る人

中城の西側の南竪堀を見に行きました走る人

下矢印南竪堀は一の曲輪と二の曲輪の間から落ちている竪堀です照れ

戻って中城南の中央竪堀へ走る人

なかなかの竪堀ですチュー

登りますニコニコ

虚弱な我々がちょいと息が切れる登り坂は、それでも5分くらいでしょうかえーんゼーゼー

三の丸の辺りで空堀があったので登城道を逸れてみました口笛

先ほど下から見た南竪堀にぶつかりましたチュー

なかなかの竪堀にご満悦下矢印

さらにヤブに突っ込んでみました、堀が見えますが近づけませんでした笑い泣き

そしていよいよメインどころへ口笛

下矢印二の曲輪下の横堀チュー

そして南竪堀とぶつかりますグラサン

竪堀に降りてみましたグラサン

かなりの傾斜ですラブ

眺めも素晴らしいラブ

下矢印堀底ウォークを楽しむヤツグラサン

楽しんでますね〜爆笑

下から相方を見上げると小さく見えますチュー

いよいよ二の曲輪から一の曲輪へ走る人

堀切を渡って一の曲輪へチュー

一の曲輪到着チュー

城碑照れ

コイツはパーカーを脱いでも六文銭でしたグラサン

下矢印一の曲輪から見た竪堀ラブ

なかなか壮観です爆笑

以上で攻城終了チュー


熊が怖くて再訪を躊躇ってましたが、前回見られなかった遺構も見られて満足でした照れ