すっかり思い出を振り返るブログになってしまいましたが、2023年の5月に岐阜県中津川市への続100名城・苗木(なえぎ)城と中津川市鉱物博物館を訪れ、その日は恵那峡で宿泊![]()
翌日は岐阜県恵那市の100名城・岩村城のあと、岐阜県可児市の続100名城・美濃金山城を訪れました![]()
今回はその時の思い出を振り返ります![]()
1570年(元亀元年)に近江宇佐山城の戦いで可成が戦死すると、「鬼武蔵」と呼ばれた次男の長可が跡を継ぎ、1582年(天正10年)長可が信濃国川中島に転封されると、有名な森蘭丸(乱丸)こと、弟の成利(長定とも)が入りました![]()
しかし、成利は本能寺の変で信長とともに討死、川中島から撤退した長可が再び治めますが、1584年(天正12年)に長可が小牧・長久手の戦いで戦死すると、可成の六男にあたる、弟の忠政が城主となりました![]()
安土城の天守とほぼ同時期に建てられたとみられる複合式層塔型2重2階の天守がありましたが、森氏が川中島藩に転封されると、後に入った石川貞清によって1601年(慶長6年)に建物は犬山城の改修に使われ、破城されたそうです![]()
先に資料館に行くつもりでしたが、通行止めを迂回していると先に城に着いてしまったため、下図の左にある出丸の駐車場に車を停めました![]()
この日は先に行った岩村城から雨が降り始め、翌日にかけて雨の予報でしたが、城に着いた時は雨は弱まってました![]()
出丸からの眺めを見るより、相方は下をのぞき込んでます![]()
出丸の下には早速石垣があります![]()
出丸下に回り込んで石垣を見に行きました
なかなかの石垣があります
出丸から本丸へ目指します![]()
苗木城も岩村城も、人が結構いたので気にしてなかったのですが、この城では人が全然いなかったので、念のため熊鈴は持っていきました![]()
雨がまた降り始めたので、傘をさしての登城となりました
雨の山城は足場が心配なので、無理そうなら引き返すつもりでしたが、木が生い茂っているので結構雨は避けられました![]()
三の丸の門跡へ
崩れてはいますが、石垣がありました![]()
崩れているのは、再び城が築かれないように破壊した跡だそうです![]()
水の手への虎口がありました![]()
ギリギリまで先をのぞきに行きましたが、水の手はわかりませんでした![]()
二の丸へ上がります![]()
二の丸はそこそこで、さらに登ります![]()
そして現れたのは枡形虎口![]()
石垣で枡形を作ってます![]()
キレイに真四角が形成されてます![]()
南腰曲輪と、その下に二の丸![]()
そしていよいよ本丸へ上がります![]()
またも石垣がありました![]()
これが天守台だそうです、天守台の一部でしょうか![]()
ここも長くなってしまいましたので、残りは次回後編に回します![]()












































