郡上八幡城(岐阜県) | 月あかりのブログ☆四季つれづれ☆

月あかりのブログ☆四季つれづれ☆

五七五・五七五七七の世界に脳が目覚め始めたかも?
川柳、俳句、短歌の世界に、ちょっと一歩踏み入れてみよう!

2023年5月4日


ゴールデンウィーク車中泊の旅6日目


大垣城から郡上八幡城を目指す🚗





郡上八幡城🏯


郡上八幡城は岐阜県北部にある。

同じ岐阜県でも大垣城は岐阜県南部にあった。

同じ岐阜県でも、南部から北部への移動はなかなか大変だった。

高速道路のトンネルの中がぐるぐるぐるぐる急カーブで、何だこりゃっ!?ていうぐらい円を描いてドヒャーびっくりマークな道のりだった💦ちょっと大げさかもしれないが、そんな感じで運転しながら冷や汗物だった。1人で運転していたので、動画を撮ることができなかったが私が助手席に座っているとか、運転手じゃなかったら、同乗者だったら、絶対に動画を撮っていたと思うびっくりマーク過去最大マックスびっくりするぐらい、高速道路にこんな道があっていいのかびっくりこんなトンネルあっていいのかびっくりって言うほど怖かった💦

高低差が激しく低いところから高いところに上がっていく道なのでなかなかなかなかの道🛣️

あぁこれってすごいなぁガーン山を越えていくつもの山を越えてるんだよねー!みたいな激しい道のりだった。

とても苦労して辿り着いた。(手に汗握った💦)





櫓(やぐら)





そびえ立つ天守閣

ボルテージ上がる⤴️





お城への入り口(わくわく💖)





中に入って2階を目指し階段の途中から入り口付近をパシャリカメラ








天守閣階から見下ろした階段

階段も、壁も、木の風合いがとても素敵音符




天守閣の天井(西側天井)




天守閣の天井




天守閣からの眺め


漆喰の白壁をくり抜いた窓の手前からの眺めが、まるで絵画のフレーム🖼️みたいに見えて

「おおー❗️」と、心の中で叫んだ。

けれど、実際には、心の声が声になって出ていたかもしれない💦

(私ってそういう人なのだ(^^;; だから独り言が多い(^^;;  自分では喋っているつもりはないのだが、スーパーとかで買い物中、すれ違う人が ハテはてなマークはてなマークはてなマークみたいな顔して通り過ぎて行かれることがある💦 しまった(^^;;また独り言を言っていた。心の声が言わずもがな口をついて出ていた(^^;;  いやぁ〜変な人だなぁ〜って思われたんだろうな💦)(すれ違った方ごめんなさいでした)









ここは日本の岐阜県の郡上市の郡上八幡城の天守閣。

めっちゃ和風テストなのに、その天守閣からの眺めが、まるで西洋の絵画のように見えるのは、一体どうしたことなのか?

和洋折衷とはこういうことをいうのだろうかはてなマーク




フレームのように見える白と黒のコントラストがすごく素敵に感じる💓




島根県松江市の足立美術館の内部から見た日本庭園が連想されるような景色だ。(個人の感想です)

















わ❗️これはナイスショットかも⁉️

天守閣から見える城の屋根と櫓と城下町と山並みと空と雲が 1枚の絵のように見える🖼️









ここからは窓のフレームが映らないように、窓枠の内側に入り込んで移した写真たち🤳




う〜ん なんか普通💦




なんか普通💦




なんか普通💦




なんか普通💦




なんか普通💦





なんか普通💦




何なん? なんか普通💦





天守閣からの眺めは、苦労して見ることができる、ご褒美みたいな景色なのだが。

なんだかなぁ驚き


同じ景色を撮影しても、白壁のフレームに入っている写真の方が、ぐっと素敵に見える気がするのは気のせいなのかなはてなマークはてなマークはてなマーク







天守閣から降りて出口に向かう。(名残惜しい)






お城の内部を観て堪能した後から見る城は一段と風格を増している目ビックリマーク












遠ざかる天守閣


ありがとう飛び出すハート郡上八幡城🏯

素敵なお城だったよー笑い

最高だったよー笑い




こういう城に巡り逢える感動があるから、お城巡りはやめられない止まらないかっぱえびせん笑






郡上八幡城

別名:積翠城(せきすいじょう)

所在地:岐阜県郡上市八幡町柳町一の平659

城の種別:山城

築城者:遠藤盛数(郡上郡一円)

築城年:永禄2年(1559

遺構:城跡(県指定史跡)、城郭(市指定文化財)

天守閣の構造:木造45階(昭和810月再建)


特徴

永禄2年(1559)領主東氏を赤谷山城の戦いで滅ぼした遠藤盛数が山の頂に陣を置いたことに起源する山城。子の慶隆が城や城下町を整備・建造し、その後、城主として入郡した稲葉貞通により、石垣の整備や天守台の設置といった大改修がおこなわれ、本格的な山城となった。江戸時代には遠藤氏・井上氏・金森氏・青山氏と藩主が変遷し、廃藩置県に伴い廃城。明治3年(1870)に城郭は取りこわされたが、昭和8年(1933)に、現在の木造天守が再建された。模擬天守ではあるが、木造の再建城としては日本最古。

山頂からは、城下町が一望できるほか、城内に植えられたもみじの青葉・紅葉が白亜の天守を取り囲む光景から奥美濃の絶景の山城として知られている。





つづくオーナメント


2023年ゴールデンウィークお城巡りの旅はまだまだ続くよ。どこまでもハートのバルーン