大垣城(岐阜県) | 月あかりのブログ☆四季つれづれ☆

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2023年5月4日


ゴールデンウィークの旅6日目🚗


愛知県の清洲城から岐阜県の大垣城を目指す🚗




大垣城






13:14到着





戸田氏の騎馬像





左上に天守閣が小さく見えている

門をくぐり





石段を登って行く





天守閣の近くまで来たビックリマーク
















ここから中に入っていく






階段(天守閣階から撮影)





天守閣の天井





天守閣からの眺め







大垣城

別名:巨鹿城(きょろくじょう)・麋城(びじょう)

所在地:岐阜県大垣市郭町2丁目52

城の種別:平城

築城者:宮川安定

築城年:天文4年(1535

歴代城主:宮川氏・竹腰氏・織田氏・竹腰氏・氏家氏・池田氏・三好氏・木下氏・加藤氏・一柳氏・羽柴氏・伊藤氏・石川氏・松平氏・岡部氏・松平氏・戸田氏(戸田氏11代は10万石)

遺構:石垣の一部が残存

天守閣の構造:鉄筋コンクリート造、44階(昭和34年再建)


[特徴]

天文4年(1535)宮川吉左衛門尉安定の創築と伝えられる。天守の造営は、慶長元年(1596)伊藤祐盛によって行われ、元和6年(1620)に改築された。慶長5年(1600)関ヶ原合戦では西軍・石田三成の本拠となり、戦後、徳川譜代大名が次々に配置されたが、寛永12年(1635)戸田氏鉄が摂津尼崎から入封して以後は、11代にわたり戸田氏の治政が続いた。

44階総塗りごめの大変優美な天守は、昭和11年(1936)国宝に指定されたが、同2019457月、戦災のため惜しくも焼失。

34年(1959)、市民の浄財により昔の姿で再建され、内部は歴史資料館として活用されている。





つづくオーナメント

2023年ゴールデンウィークの旅はまだまだ続くよ。どこまでもハートのバルーン