「拝啓、ネガティブに苦しむ皆様へ」 人生の敗北者より

「拝啓、ネガティブに苦しむ皆様へ」 人生の敗北者より

極度のネガティブシンキングに苦しむ方は少なからず存在します。その方たちは自分の生き方に不安と絶望に打ちのめされつらい毎日を送っているかもしれません。ですが一度きりの人生…もっと楽しく生きませんか?このブログはネガティブに苦しむ人へ送る内容となっています。

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※注意

今回は特に私の考えが前面に押し出されています。嫌悪感を抱く方もいらっしゃるかもしれません。先に謝っておきます。


努力と聞くと皆様はどんなイメージを抱くでしょうか?
私は目標を持って努力できる人は素晴らしいと思いますし、そして難しいことだと思います。
物事がうまくいかずに嘆くと「努力もしないくせにおこがましい」などという罵声も聞くことがありますし”努力”という言葉は魔法みたいなもので相手への攻撃手段の一つになってるように感じます。

「それでは、皆様努力してすばらしい人間になりましょう!!」



ま、口だけなら簡単ですよね?言うだけですから私にだってできます。
努力…うーん、私の嫌いな言葉の一つですね。なんで"努力"とか"頑張り"というニュアンスとかが前面に押し出されてるのでしょうか。

正直、それって苦痛ですよ?

頑張らないと頑張らないと…と暗示させてプレッシャーかけて成功するんですか?
「努力しろ」と簡単には言えますけど努力をするために物事を成し遂げるわけではないですよね。物事を成し遂げるために、そしてその精度を上げたいがためにそこに努力という現象がその人に起こるんです。

努力(どりょく)とは、目標を実現するために、身体 を使ってつとめること。(wikipediaより)

その人が実現させたいものがあることに対しての努力と周りから圧力を受けて始める努力では言葉は同じでも意味は異なってきます。

そして私の経験談からもうひとつ思ったことがあるんです。
本当に実現に向けて突き進んでたときは
「努力」という感覚なんてこれっぽっちもなかったんです。
目標のために突き進んでいる時は「これくらいの困難なんてあって当然」か「楽しい」のどちらかだったんです。たとえば好きなゲームがあるとします。そしたらクリアしようとしてステータスをあげたり、プレイスキルをあげたり…。そこに「勉強、練習、努力」という考えってありましたか?ただ単語を並べると皆様が嫌がる言葉たちです。ですが、なにかをクリアするという目標があればそんな単語が頭から消えていきます。本人がそれを"勉強"や"努力"だと認識せずに"勉強"や"努力"をしているから。そこに「俺(私)は練習した」という言葉は少しおかしくないですか?

「努力が報われなかった」「頑張りが足らなかった」確かに悔しいと思います。悲しいと思います。実際、力が及ばなかったことがあり悔し涙も流したことがあります。ですが、それを努力した結果だと思ってしまったら人間の心は簡単にポッキリと折れてしまいます。そうじゃないんです。そこに努力という言葉が使われてしまった時点でそれは「目標を達成しようとする行動」から「頑張らなくてはいけないという脅迫概念に駆られた行動」に成り下がってしまうと思うんです。「努力をすることができる」本当にすばらしいと思います。私はそんな方たちに勝つ事なんか絶対にできません。なぜなら努力をしてこなかったから。そして努力をするという意識すらしてこなかったから。ですが、本当に努力をしたことがない人なんてそんなに数が多いのでしょうか?


ネガティブに苦しむ皆様へ。

努力、頑張る、という言葉にいつの間にか縛られていないでしょうか?そしてうまくいかずに嘆き周囲からの心無い言葉で輝けるはずの心すらも折られてしまってないでしょうか?もったいないです。世の中の大体の人は勉強が嫌いな人ですよ、なんの不思議でもないし学生ならば尚更です。でも考え方を少し捻るだけで案外楽に進むものです。「努力をしてこなかった人間が…」「努力すらできないのに…」こういう人たちは努力の過程で起きる苦労に意味や価値を見出しています。「こんなに言われるなら俺(私)も努力しないと…」その時点でそんな努力なんか苦しいに決まってますよ。人間楽なほうへ楽なほうへ逃げたがりますよね、私もそうです。それなら努力も楽なほうへ楽なほうへ考えて生きていきませんか?「なんかいつの間にか努力ぽいことしてたわ」というよう感想が言えるようになったら肩が軽くなると思いますよ。「努力って言葉を使うのはかっこ悪い」それくらいの考え方で自分なりの道を開拓していきましょう


翌桧
どうも、今年も梅雨の時期がやってきましたね。
雨が降るだけで色々と億劫になりますね。湿気がすごいですし靴下まで湿気の被害が来ます。
洗濯物の場所も困りますし、家の都合上洗濯機も外においてる以上雨が降ってると洗濯をすることすらためらってしまいます。

さて、今回の記事はぱっとした思い付きです。
愚痴などの掃き溜めを書くにはtwitterやFaceBookでは重たいし、かといってチラ裏に書くのも悲しい、そして匿名希望のぐちったーのようなサイトも否定的な意見を食らってしまう。
イライラを解消をするためにインターネットを利用するのに余計にイライラしてしまう。
完全に負のループですよね。これはよくない。

人間という下を見たがる生き物です。向上心がある人はそうではないのかもしれませんがこのサイトに行き着いている人の心理としては「こんなのがいるなら俺はまだ大丈夫だ」と優越感に浸りたいという側面がある人も多いのではないでしょうか?もちろん、本気で自分を変えようともがいている人もいると思います。私もその一人です。ですが、それだけじゃ疲れますよね?

人は"下には下が"という情報を欲しているわけです。「俺(私)はこんなことあったから○○みたいなやつより勝ってるだろ!?そうだろ!?」とtwitterで書けば反発を食らいそうな内容でもいいですし「ネガティブを克服できない同士頑張りましょう」や、「漠然としすぎてるけど辛い」など

☆相手にされないけど聞いてほしいプチ自慢
☆悩みなどの相談(服装や髪型などの見てくれを整える事なら少しだけでもアドバイスできるかもしれません)
☆愚痴
☆このブログの文章力の無さの指摘(感想)
☆その他

これらの内容をお気軽にこのメールに殴り書きしてください。
書いて誰かの目に届くというだけで自分のイライラが収まるときがあります。(私もそうです)
そんなときの手段の一つとして使ってもらえたらなと思います。

メールアドレスは
asunaronegative@gmail.com
です。

メールアドレスは捨てアドでかまいません。
ていうよりも「こんなサイトにメアドなんか渡せるか」と誰しもが思うと思うので捨てアドを推奨します。
もちろん、悪用もする気もございません。
メルマガなどの配信もしません。(する場合はちゃんとお知らせしますし、今のところやり方も知りませんしうさんくささが増すだけなので今のところ予定はありません。)

返信をすべてにするかどうかはわかりませんし、返信するとしてもすぐに反応ができないことが多いと思います。ですが一方的に心のわだかまりをぶちまけていただくだけで結構です。それでわだかまりがすっきりするならメールの役目は終了です。

このメールが少しでも皆様のお役に立ちますように


翌桧
お久しぶりです。
だいぶ、間が空いてしまいましたね。

相変わらず休日は睡眠時間にささげられていた私ですが、とある事情で仕事を急遽休みました。
それは、私にとって急な出来事で実感が全く沸かなかったのですが親戚の一人息子が交通事故で天国へ旅立ってしまったのです。わずか17歳の一生でした。母親は泣き崩れ悲痛な声で名前を呼び続けました。息子さんは相当のヤンチャだったようで家には一週間帰らないこともざらだったそうで、事故にあった当日も家にしばらく帰ってきてなかったそうです。

「あの時が最後だとわかっていたら…」

そう母親は何度も言うのです。
私が葬儀の受付をしていたのですが参列者は200人越え広い会場は人で全てうまりました。
仕事仲間、学校の友人、先輩後輩、親戚一同…多くの人が涙を流して別れを告げにきました。
これは母親とその息子の人徳に他なりません、素晴らしい人格者だったのでしょう。

そして不謹慎ながらふと思いました。
「私が死んでもこんなに多くの人は悲しむことはないだろう」と。
羨ましいという感情が一緒に出てきてしまったのです。

ですが、この感情こそが
「どうせ、誰も気にしてないだろうから死のう」

という"自殺の引き金"になってしまうのです。

希望が見えないと嘆く皆様、暗い過去しかない皆様、やることなすこと何もうまく行かないと落ち込んでる皆様

そしてその中で今にも自ら命の火を吹き消してしまおうしている皆様。

お願いです。あと少し待っていただけませんか?

学生などの若年層の皆様、親よりも早く死ぬことほど親不孝のことはないです。
勿論、今が辛いのはわかります。私も学生時代は淘汰される側の人間でした。憎いですよね?今すぐにでもぶん殴ってやりたいですよね?でも勇気も力も無くて勝てるものもないのですよね?

でも、それでいいんです。そんなあなたは強い人です。感情的になって一生を棒に振るようなことはしない賢い人間です。意気地なし、弱虫など言われるかもしれません。ですけどそこで未来をなくしてしまう価値なんて”そんな奴等”になんて無いでしょう?未来を見据えましょう。ゲームのように紺ティニューもセーブも出来ないのですから自分でゲームオーバーにするなんてしなくていいんです。


就職活動に躓いてしまって死にたいと思っている皆様。
その気持ちはよくわかります。私も面接が大の苦手でなにも言えなくなってしまいました。全く慣れもしなかったですし、苦労しました。鬱にもなりますし死にたくなるのはわかります。

でも、スタート地点に立つ前に降参しなくてもいいじゃないですか。
もちろん正社員が良いに決まってるのはそのとおりだと思いますし狙いにいくのは普通だと思います。でも、それがだめだったからって生きていく手段はいくらでもあります。

アルバイトだって仕事です。というよりもアルバイトは必要不可欠な存在です。もしアルバイト(非正規雇用者)がいなければ社会は全く回りません。コンビニなんて誰がレジやるんですか。居酒屋だって料理誰も作ってくれませんよ。イベントの誘導をしてくれる人なんかいないから混乱しますよ。正社員というだけでアルバイトを見下す風習は消えませんが、バイトだって存在価値はあるんですよ。しかもそこで身につけたスキルで正社員を狙える、友人関係が増えて、コネクションも作れる。アルバイトでも生計を立ててるだけでも立派に自立できているんですよ。正社員になれなかっただけで生きる価値が無いなんていわないでください。少なくとも私みたいな底辺な正社員よりかは有意義な時間を過ごせてるはずですから。


家に引きこもってしまっている、働いていない皆様へ。
正社員などの難しいハードルは言いません。アルバイトの面接ですら通らないという辛さもあって死へと向き合ってるかもしれません。ですが、まずは何かしら働いてみませんか?内職なら人との係わり合いが無いからコミュニケーション能力が低いのも問題ないです。もし、プログラムが出来たり、photoshop等は使えるが面接でボコボコにされた方、インターネットで人材を募集しているサイトだってあるんですよ。(ランサーズ等)なにもできないよ!!って人でもキーボードさえ打てれば出来る仕事も募集しています。データ入力だと一日で5000円くらいなら稼げると思います。

たかが5000円と大体の人は思うかもしれませんが、社会に出たことの無い人はその5000円で大きな自信を持てます。お金を稼ぐことなんてものすごく難しく考えてる人が多いですが、それほど難しいものではないんですよ。働くという恐怖心に負けないでください。その恐怖心がなくなったとき、私よりも稼げる人になれると思います。


ネガティブに苦しむ皆様へ
私は、それぞれの命が皆平等なのかと問われたらNOと答えます。
将来ある若者が死んでしまう命もあれば、寿命を全うして安らかに眠る命もあります。
これが到底=で結ばれることは無いと思います。

ですが、それが自ら命を絶つ理由にはなりません。

あなたはあなたです。何者にも変えがたいあなたです。あなたの両親にとってあなたの変わりはいないんです。
死んで悲しんでくれない人は実際にいるかもしれません。
でも、少なくともなんとかネガティブを直そう、前を向こうと思って情報を集めている内にこんな無名のブログにたどり着くような人にそんな悲しい人間はいないと私は思っています。


本当にあなたは不必要ですか?

本当にあなたは誰にも愛されていないのですか?

本当にあなたは今死ぬべき人間なのですか?


よく考えてみてください。
そして立ち上がって前を向いて私の何歩先でもいいですので歩いてください。
皆様が私に「悪いな。お前なんかより先に進むわ」と言える日が来ることを心よりお待ちしております。

いつか幸せをかみしめられる日が来ます。
それまで、どうか健康と交通事故に気をつけて生きてください…
負け犬からのお願いです。



翌桧
私も含め、ネガティブな人の口癖は「死にたい」が多いと思います。ですが帰ってくる言葉は大体が「勝手に死ね」なんですよね。普通ならそんなこと思ったりはしませんし、この考え方が異常だから。しかも相手がこの人間より勝っているという優越感があればあるほど「死ねばいい」という言葉が返ってきます。私も死ねばいいとしか言う人がいませんでした。ですがこっち側もも好きで死にたいといってるわけではないんですよね。ちょっとしたことで本当に"死んでしまいたい"、"消えてしまいたい"と思うのです。自分の劣等感が強いがゆえに思考がそうさせているので、劣等感を感じたことのない人間(実際にほかの人間に劣っているかどうかは問わない)とは分かり合えないのでしょう。
でも、今のままでは仲間も出来ず、頼る当てもないまま楽しくない人生を生きながらえることしか出来ません。では、どうしましょうか?

一度死んでみましょう

私は本気です、一度死んで見ましょう。みんなが死ねっていうんですからお望みどおり死にましょう。どうせ上向きにならないなら一度自ら死んで見ましょう、すべてを0にしましょう。今持っているものを投げ出しましょう。そして何もない自分になって全てのことを1から始めましょう。

0にする方法は何でもいいです。ですが、一人で外には確実に出てください。目的を作らずにひたすら黙々と知らない地を突き進んでみたり自分なりに無意味なアクションを起こしてみてください。そしてしんどい思いをしてください。すると今がなんだかんだ言って楽しい、この先、うまく行くかもしれないと思えるかもしれないから。

今の私たちは大変便利な世界にいます、日本は特に発展している国のひとつであり私たちは世界に誇れる国に生まれたと思っていいです。ですが、私たちの考えはそれが当たり前になりすぎているのです。これほどにも素晴らしい恵まれた場所に生きているのに限定的な悪い情報を見て悲観してしまっているのです。もったいないですよね?たとえば小中高校時代の同級生に嫌われた。その合計が1000人だとしましょう。こんなんでは社会に通用するわけがないと悲観してしまう気持ちはよくわかります。でもよく考えてくださいよ。それ以外の人にはまったく会ってないでしょう?まだ一億人以上の出会う人の"可能性"があるんでしょう?

地元で就職が嫌ならば別の場所へ就職すればいい。最悪日本が嫌ならば海外に就職すればいい。
まだ皆様若いですよね?新卒逃したら…一回フリーターを経験したら…引きこもりだから…嫌われてばっかで何もうまくいかないから…


大丈夫ですって


「言葉が軽い」だとか「それはお前が俺、私より優れているからだ」とか思っちゃうでしょう。こんな声をかけてくれた人に対して私だって思ってましたから。でも本当に大丈夫ですって。少なくとも私みたいなネガティブ脳の人が考えているほど世界は怖くもないし廃れてもないですから。

そりゃ口が悪いですがクソみたいな人間なんて腐るほどいますし、皆様が苦手な人はとても多く存在するのは本当です。誰しも嫌でしょうしそれを恐れるのは"普通"です。
でもそんなどす黒い部分しか見ないでうなだれて自分で苦しむのは”異常”です。

光り輝く部分見てみませんか?見えないなら探してみませんか?
過去の栄光から来る驕りや慢心、過去の失敗から来る自己嫌悪…全部捨てましょうよ0になりましょう。過去の成功に囚われることもネガティブにつながってしまうときもあるんです。一度死んで見ましょう。自分を殺すことによって世渡りをする”自己犠牲”の精神をつけろというわけではありません。

すべてを無に返しましょう。今まで積み上げてきたスキルなどもすべて。今の10の能力からくる自信喪失や慢心で20の能力を発揮できる場所を逃さないようにしてください。そのチャンスを見極めて新たな一歩を踏み出すとき前のあなたは死んでいるはずです。







前回の更新から10日もたってしまったんですか…
以前は年末年始ということもあり、立て込んでいながらも自由な時間は多少取れていたので更新頻度はそれほど低くもなかったのですが仕事が本格的に動き出してからはめまぐるしく時間が過ぎていきますね…正直2,3日しかたってないイメージといっても大げさではありません。一日は早いぞと言われましたが学生時代の先生はおっしゃっていましたが正にその通りでした。ですが月並みな表現過ぎて「またまた~」と思う人が多いのも事実です。う~ん、どうやってこのもどかしさを未来のある若者に伝えようか…。

具体例を挙げるなら、学園祭の準備を毎日ひたすらやってる感じでしょうか?時間のなさに焦りひたすら作業に終われる感覚。それが一年間続くのです。もっとも学園祭のノリでできる仕事はクリエイティブ系の仕事かイベントスタッフなどですが。少なくとも今やっている仕事は失敗が特に許されにくい仕事なのでそういうワイワイやる楽しさはないですね。遣り甲斐も無いのかといわれれば無いこともないですけど。

皆さんもそうだと思いますが、若い時は、"自由がほしい"、"お金がほしい"、"彼氏、彼女がほしい"という欲望が一番旺盛な時期だと思います。3番目は自分の意思で何とでもなります。ですが2番目は難しい。「やりたいことが多いのは自由があるとき」でも残念ながらお金というものが絡んでくると限界はありますね。「そしてお金が手に入ったときは自由が無いとき」なんともむなしい気持ちになってしまいますね。

ですが、私は上とは違う考えでした。それは学生時代「自由が無い」と思っていたんです。
やりたいことができないと思っていたんですよね、今思うと非常にもったいない。確かに当時は周りに味方がおらず孤立していて行動を起こすことが間違いという概念にとらわれてしまっていたんです。何も楽しくないし遊ぶ相手もいないし当時はインターネットも普及していない。当時私にとっては自由も無く何かに束縛されていました。

でも私自身の自由を抑制していたのは私自身なんですよ。行動を起こすことは私たちにとってはリスクが大きいですし何よりも周りからの非難の目がとても多い。死ねばいいといわれることも多々あるでしょう。でも、自由が無いわけではない。行動を起こしてはいけないというわけでもない。ただ周りから冷たい目で見られるだけ。もしかしたらそれにより支持してくれる人も出るかもしれない。やりたいことやっても私たちはいいんですよ。できるできないとかの結果を考えるんじゃなくて行動を起こす事すら許されてないわけではないんですよ。行動を起こして駄目ならまたほかの行動を起こしてみてもいいでしょう。学生のうちは時間がありますし無気力に浸るのもいいでしょう。でも行動が許されてないわけじゃないんです。

好きなことをやりましょう。周りの目なんて気にしてちゃ駄目です。最悪学生時代に付き合った人と全員の縁を切っても確かにかなり不利にはなりますが、生きていくことくらいならできますよ。それは現にこの文章を書いている私が生きている証明ですし私の母親も同じ境遇でした。過去に固執してはいけません、未来に生きてください。そして俺・私はお前と違ってこんなことをやってのけたんだ。お前とは違うんだと心の中でほくそ笑んでください。この先のほうが長いんです。今はどうでもいいって思うくらいの気持ちで何かに取り組んでください。

負け組の人生を送ってしまった私からのお願いです。

翌檜
よくニュースやワイドショーを見る方はおわかりだと思いますが、結婚や離婚騒動、スキャンダルの報道が多かったりしますよね。私にはこれらの内容がニュースに流れるのが気持ちよくないんですよね。

例えば離婚騒動で芸能人が謝らされたりしている場面。確かにファンの方には謝らないといけませんが知らない人間からしたら興味ない訳です。なのに泣きながら謝った映像や、それに対してのバッシングを地上波に載せるんですよね。見ていて気持ちの良いものじゃありません。恋愛だって誰が誰と付き合おうと問題ではないのにわざわざ追いかけて写真を取って記事にしてしまう。確かに見なければ良いのですがテレビを見ていたらどうしても目に入るのが厄介です。飯を食うためなので仕方が無いのですし、ゴシップを楽しむ一定の方々が居らっしゃるのでいらないわけではないのですが・・・これは地上波で流すのはどうかと私は思います。

例えばタレントが付き合っている嘘の内容をでっち上げます。勿論否定しますよね。でも視聴者は事実なんかどうでもよくてそれを見て面白がって攻撃したいという人が多い気がするんです。つまり書かれた時点でその人は被害を受けてしまうんです。

ゴシップなんて本気で読む物じゃないと言う方は多いですが、この考え方は悪い流れを続けてしまってると思います。ゴシップを信じる方はいますし、身に覚えのない内容で被害を受ける人がいる。それを面白がって笑いながら見る。私にはまともと思えないんですよね。しかもそれが世間には受けている・・・これは小規模ながら私も体験したことがあるんです。そう、学生時代です。何の行動力も無く(それはそれで悪いのですが)何もしなかったのに、あることないこと悪い噂が後を立ちませんでした。いくら弁解しようと噂は消えませんし、弁解をすれば嘘つきになり余計に攻撃を受ける。この状況と同じ内容が社会で堂々と受け入れられていてそれで飯を食う人がいる。よく考えたら異常な気がします。まぁ、私の頭が強くないので偏った考えなのでしょう。そう思わないと解せません。

人の不幸は蜜の味、私の嫌いな言葉です。
あなたの立ち位置はどこですか?

人間にはどうしても得手、不得手というものが存在します。その得手不得手の範囲の中で相手との競い合いをして負けるのは半ば仕方がない部分もあるかもしれません。相手が得意でこちらが苦手なものだと平等な勝負ではありませんから。ですが、周りの人を見ていると得手不得手の以前にこうなりたい、こうありたいという願望の元に行動する方が見受けられます。自分が適しているであろうというポジションを考えずにです。そして上手くいかずに劣等感に苦しんでしまいます。

私が尊敬する方の一人に鈴井貴之という人がいらっしゃいます。
元々北海道ローカルで「水曜どうでしょう」という番組を立ち上げた方で大泉洋さんの所属する会社の代表の方です。その方が韓国に映画を撮る修行で留学する時に開かれた会があります。そのときのスピーチがとても参考になります。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm21954517

内容を簡単に説明すると…
テレビをよくわかってる人間は自分しかいない。だからFWとしてどんどんゴールを決めていける人間になろうとした。だが、新人で何のキャリアもないいわばど素人の大泉のほうが視聴者には受けていた。TVに出る人間として敗北を目の前にしてなお自分を前に出ることが出来たが葛藤の末、自分は2番手に下がった。だがディレクターのほうが面白いことに気づいた。その時もまた葛藤があったが2番手から3番手になることを決意。そして自分は周りを見渡しながらころあいを見計らってシュートを狙うような縁の下の力持ちへと自分の立場を変えました。そして今まで楽しくない番組だったのが一線から身を引いた立ち位置を見つけたとき初めて楽しくなった

本人の意を汲めているかはわかりませんがこんな感じです。

確かに皆一度はヒーローやスターに憧れるものです。ですが野球なら4番やエースを。サッカーならFWでゴールを決める。でもその役割を持つことが出来る適正を全員が持っているかどうかはわかりません。皆様も一番手で仕切る側にいる人間ばかりではないと思います。なら、最高の2番手、3番手になって重宝される人間になってみませんか?こうなりたいという目標は大事ですし、それを目指すことはすばらしいことですが、自分の向いている場所を冷静に考える時間だって必要です。

あなたはどのポジションでしょうか?目立たない仕事でもその仕事を極めることが出来たならいつか、自分が望んだNo1への近道になるかもしれません。
人間は失敗をすれば気分が落ち込みます。それは仕事だったり恋愛だったり身近の不幸だったり…何をやってもうまくいかない、どうしようもないときは必ずどの人間にも訪れると思います。ここで私のような人間と普通の人との大きな違いは仲間がいないことです。

たとえば彼氏、彼女がいる人とそうでない人ではキスやハグという"技"といえば言葉がおかしいのですがストレスを大きく軽減させる魔法を使うことができるのです。そして、私のような人間と彼氏、彼女のいない一般の人との違いは悩みを打ち明けられるような人がいない。彼氏、彼女とキスやハグでストレスは大幅に削減、友人と話をするだけでもストレスが減るらしいです。ですがどちらもできない人はどうすればよいのか…

泣き喚けばいいんです

自分ひとりだけの空間で好きなだけ泣いてしまうのもひとつの手なのです。泣くという行動はかっこ悪い、女々しい、子供くさい等の大人になった人間がやることではないというマイナスなイメージがとても強いと重います。ですが泣くことによってストレスをハグと同等以上軽減するらしいのです。大人になったら泣いてはいけないという風潮はおかしいですし、泣くことで前を向けるというならば大いに泣くべきです。負けた気分になると思うかもしれませんが、おそらく現状の私たちでは普通の人に勝てるほどの何かは持っていません。だから今は全力でいっぱい負けましょう。そして負けたことを振り返らず、今度は前を向いて全力で勝ちに行きましょう。そのときに何かが変わるはずです。どうか、劣等感を感じる今の状況を悪いことだと捉えないでください。むしろ今は吸収の時間です。

どうすればこの劣等感を消せるのか。
どうやれば現状から抜け出せるのか。

じっくり考えてもがいている時間です。そして、答えが見つかったとき今まで不自由なく気ままに生きてきた人間よりも魅力が増しているはずです。自分がされて嫌だった思いを他人が受けていたら誰よりも理解してあげられるはずです。それは、"普通"の人にはない感覚だと思いませんか?加害者側の人間にもない感覚だと思いませんか?皆さんにはその感覚があるはずです。その感覚は人と人の関係を作るうえで、社会に出た上でとても大切なことだと思います。


自分で負けだと決め付けないでください。よくみたらまだ1点差や2点差くらいの差でしかないのかもしれません。それくらいの差なら私たちにでもひっくり返せる可能性は十分にありますよ。
年が明けました、あっという間に年月は過ぎていきますね。2014年は一体どんな年になるのか淡い期待と不安が渦巻く日々でしょう。その人の持つ運命などの予測できない事柄に関しては私たちに抗う術はありません。ですが、私たちに変えられる部分は少なからず存在します。

例えば、自分の悪い部分を治すのか、良い部分を延ばすのか。こんな選択肢がありますね。この選択肢を選ぶことによって未来の自分が変わる可能性はあります。少なくとも前に進もうという意欲が自分の中にあるから。良くないのは"現状維持"です。もちろん今が人生の絶頂でその幸せをずっと維持したいという前向きな現状維持は立派な選択だと思います。ですが駄目なのは「とりあえず」「まぁいいや」で現状維持を選んでしまうことです。このブログを読んでいる方は私よりも年下な人が多いと思います

あなた達は若い

人生の可能性がまだまだ残っている。人間が変わるのに年齢は関係ないという言葉はありますが私は完全にそうだと思うことはないです。自己完結できる変化なら年齢は関係ありませんしどんどんやるべきだと思います。ですが社会の目は非情にも冷たいのです。全員が冷たいとは言いませんが若いから許されることが存在するのは火を見るより明らかなんです。その大きな大きな可能性が目の前にあって成功できる可能性もあって、そしてその可能性にかけるために多少の無茶や、言い方が悪いですが"バカ"が許されるのです。失敗しても若かったなぁ…と笑える可能性が残っているんです。

なのに、何で踏み出さないのですか?

わかります、怖いんですよ。周りの反発や仲間がいないという孤独、そして冷ややかな周りの目もあってその環境を変えることが自由にできない人にとってはリスクがとても大きいんです。わかりますよ、私だってその恐怖に負けて何もできなかったから。そして今や不毛な時間を過ごして老いぼれになってしまいました。行動を起こしてください。駄目人間からの脱却には行動を起こしていかないと現状維持になってしまいます。現状を維持しなくてはいけない事情がないのならどんどん変わっていくべきです。

今日がそんな行動力を失った自分との決別の日です。

そして新たな自分へと変われるようにスタートを切る日です。
遅くなりましたが…メリークリスマスそしてさらば2013年

私が心も体と財布の中身がどんどん冷えてくる季節の中、皆様はいかがお過ごしでしょうか?

私は華々しい日を送るわけでもなく、いつもどおりの事しかしなかったので気がついたら終わっていました。やはり一人で同じことの繰り返ししか出来ない日々をすごしていると何の変哲もない日となってしまいますね。私は居住地が田舎のせいなのかカップルのような人たちにすらほぼ出会いませんでした。そして洋のお祭りが終わったと思えばすぐに和のお祭り。お祭りというと大きな語弊がありますが、人はとりあえず盛り上がれればそれでいいやというような空気を感じざるを得ませんね。この冬が終わると花見の季節、お酒があまり強くないので辛い時期がやってまいりました。このカテゴリ(雑記)では私の個人的なつぶやきなどが主になるカテゴリです。もちろんネガティブに対する見解なども書いていくのですが内容は薄いかと思いますのでお暇なときにご覧ください。

さて、このカテゴリは初投稿なのでこのブログをはじめた経緯でも書いていこうかと思います。
といってもきっかけなんて一つで”自分自身も変わろうとした”の一言に尽きてしまいます。自分の中だけで変わるということだけなら結構簡単だと思います。ですが簡単に変われない主な原因は自分ではなく周りの環境というのがとても大きいです。それを応援してくれる人たちばかりではないので自分で育てた芽を潰されてしまうのです。その潰されてしまった芽がもう一度育つには周りの環境からの邪魔を断ち切ることが必要です。今ネガティブに苦しんでいる人達はその環境に恵まれていないのだと思います。

具体的にあげますと
・応援してくれる人がいない
・その行動により笑われてしまう
そして上記に伴い
・成功しても失敗しても笑われてしまう恐怖がある

環境は簡単には残念ながら変えられません。変えたくても金銭面、現在の仕事での不安…そして何よりもネガティブに苦しむ人は住む場所を変えたり縁を切ったりすることによって、また笑われてしまうという悪循環を頭に思い描いてしまうのです。それは事実かどうかではなく、そうなってしまうという思い込みなんです。現在、私は学生時代の友人で関わりを持っている人は一人もいません。もしかしたら後ろ指を差されているかもしれません。今でも嫌な思い出は消えていませんし、人生で楽しいことがあったともそれほど思ってはいません。

ですが、ここで一番大事なことは
嫌な思い出は捨てる
ということ

悲しいことにネガティブに苦しむ人は大体が過去の嫌な思い出を鮮明に覚えているのです。ですが加害者側はその3割覚えているかどうか…つまり相手がなんとも思ってないことで私たちは傷つき、苦しんでいるのです。私たちは損をしているのです。そんな損はもうやめましょう。


上のような文章を書いていますが、これは「自分への言い聞かせでもあります」
ネガティブな方は思い込みがとても強いです。ですが、それはマイナスなイメージとは捕らえていません。むしろ長所だと思います。悪いように思い込むのではなく、いいように思い込むんです。思うのは簡単ですがそれだけで脳裏に焼きつかせるのが難しい、でもこうやって文章を同じ悩みを持つ人に提示すれば物として残るわけです。これならいつの間にか自分もこのブログの内容を思い込んで改善できるのでは?と考えてこのブログを書くことにしました。すでに克服している人からのアドバイスはひねくれてしまった私には嫌味にしか聞こえません。ですが、まったく同じ状況に立っている人間が「こうすれば直ると思う、一緒に治せるように頑張ろう」は需要があるのではないかと思っています。


ネガティブに苦しむ皆様へ
私も克服のためにあがいている最中です。皆様を大船に乗せて大海に連れ出してあげることは私には出来ません。ですが泳ぎだしたくても泳げない人に不慣れなクロールくらいなら教えてあげることは出来ます。そうすれば不恰好でも水中を進むことが出来ます。ゆっくりでいいです、溺れないように確実に進めることができれば海にはたどり着けるはずです。私も出来る限り溺れそうな方を浮き輪で引き上げられるように頑張ります。


ちなみに、これからは雑記にはどうでもよいプライベートなことを書くかもしれません。ご了承ください。

翌檜