映画『スカイ・クロラ』(押井守監督)~押井監督の最高傑作だと思う | 今日も花曇り

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『攻殻機動隊』や『機動警察パトレイバー』で著名な押井守監督の、2008年の作品です。

当時もレンタルして観たはずですが、あまり印象に残っていませんでした。

 

『スカイ・クロラ』は、森博嗣の小説『スカイ・クロラ』シリーズの、最後(出版順だと最初)の作品です。

意外にも、小説を映画化するのは押井監督としては初めてとのこと。

 

 

 

 

ストーリーは、科学技術により思春期で成長や老化が止まる子どもとして生み出された「キルドレ」がいる世界が舞台。そこでは企業がビジネスとして戦争遂行を請け負っており、パイロットとしての高い適性を持つキルドレを雇用している。

彼らには老化も病気もないため、戦闘で命を落とすまで、待機と出撃の生活を繰り返すほかありません。そうしたギルドレの姿を描いた作品です。

 

基地に新たに配属されたパイロットのカンナミという少年と、基地司令官のクサナギという少女が主人公です。

 

最近になってアマプラで配信されていることに気づき改めて観たのですが・・・

 

冒頭の空戦シーン、機銃から飛び散る薬莢の金属音のリアルさだけでもう、作り手の本気が伝わってきて居住まいを正される気持ちでした。

(と言っても、本作ては戦闘シーンは少しで、全てすごいクオリティですが、それがメインの作品ではありません。)

 

観終わってみると頭の中がずっと余韻で満たされるようでした。

 

・・・もしかして、ものすごくいい映画なんじゃないか?

 

すぐには理解できず、さらに二回観たのですが、観るごとに、打ちのめされるほど素晴らしい映画であることがわかってきました。

 

私が観た範囲だけでいえば、もう迷いなく、これが押井監督の最高傑作だと言いたいです。

というよりも、日本の映画史に残るべき作品だと思いました。

前に観たときは、いったい何を観ていたのか・・・。

 

押井監督の作品は、実写を除けば、それなりに観てきた方だと思います。

でも、映像には感心する一方、いつも哲学的な長台詞に煙に巻かれて、観終わっても何だかよくわからないのが正直なところでした。

評価の高い『パトレイバー2』も「そんな政治談義がやりたいならこのアニメにする必要ないよね?」と思ったり。

 

また『押井守の映画50年50本』を読んだとき、取り上げられている映画がバイオレンスやSFばかりで、押井監督は結局のところ暴力とテクノロジーを撮りたい人なのかと感じ、観る側としては少し距離を置いていました。

 

でも『スカイ・クロラ』では、徹底的に人間が描かれていました。

キルドレたちは感情の起伏があまりなく、台詞も多くないのですが、わずかな会話や表情、無言の間の振る舞いなどから感情がにじみ出るようで、本当に繊細でした。

 

声は、カンナミが加瀬亮。クサナギが菊地凛子です。

二人とも俳優で、プロの声優ではないですが、私はとても好きでした。

特にカンナミは、やさしさと無気力さが混ざったような声がカンナミのイメージにすごく合っていました。

クサナギは難しい役ですし、賛否あったようですが、私はすごくよかったと思います。

たどたどしさは、子どもの身体のまま軍人を務めている少女の不自然さに合っていると感じました。

 

特にラスト直前の、司令官室でのカンナミとのやりとりは素晴らしいと思いました。

 

作中で、キルドレは、死亡した前任者の能力や肉体的特徴をコピーして生まれる、人工的な人間で、カンナミはクリタジンロウというパイロットのコピーであることが示唆されます。

そして、クサナギはクリタの恋人でした。

 

「クリタジンロウを殺した」

「ええ」

「彼が殺してくれと」

「ええ」

「彼を愛していた」

「・・・ええ・・カンナミ、その銃で私を撃って」

 

クサナギは3度相づちをうつだけなのですが、キルドレであることに絶望して、目の前にいる、自分が殺したはずの恋人の生まれ変わりであるカンナミに、全て終わらせてほしいと願う切なすぎる気持ちが伝わります。

 

本作は小説をかなり忠実に映画化していますが、このシーンを含む物語の結末は、小説と大きく異なります。

それぞれ、カンナミは正反対の方法でクサナギを救おうとするのですが、映画のほうがカンナミをヒロイックに描いています。

 

劇中で、「ティーチャー」と呼ばれる(名の由来は映画では不明)、出会ったら生きて帰れないと信じられている敵方の戦闘機が登場します。

カンナミは最後に、編隊から離れてただ一機、そのティーチャーに向かっていきます。

クサナギに代わり、世界の「定め」の象徴であるティーチャーを打ち負かすことで、「何かを変えられる」ことを示そうとします。

 

ここから最後までのシーンは、私が知っている映画のラストシーンのなかで、最も美しく悲しいもののひとつです。

 

滑走路で仲間たちは無言で待つのですが、カンナミは還りません。

滑走路を見つめ、誰も何も言わない。

落胆し、悲しみはするけれど、諦めているようにも思えます。

自分たちの運命を受け入れているように見える。

帰還すると一機少なくなっていた、それが彼らの日常です。

 

背景に音楽もなく、広々とした滑走路に吹き渡る風の音だけが聞こえます。

滑走路に立ったクサナギは煙草をくわえ、火をつけようとしますが、ゆっくりと口から離し、振り返って静かに立ち去ります。

残るのはただ、青空、滑走路、風の音だけ。

こんなに胸をうつラストシーンは他にない気がします。

 

音楽は川井憲次氏。

押井作品のほとんどで音楽を作られている監督の盟友ですが、本作の音楽はこれ以上ないほど作品の空気に合っていて、映画の印象の1/3は音楽によると言いたいくらいです。

押井作品の音楽では『天使のたまご』(作曲菅野由弘)と双璧と感じました。

特にカンナミが最後の出撃のため飛び立つシーンの音楽は、カンナミの思いと重なり、観る度に涙が出ます(それだけに、エンドロールの音楽は絢香の歌ではなく本作のテーマ曲にもとづいた曲のほうがよかったのでは・・・と個人的には思います)。

 

彼らは、死が自分を終わらせてくれるまで、同じ毎日を繰り返します。

それに抗おうとしても、システムの前に個人は敗れる運命にあることが映画でも示されます。

ただ、それでもカンナミはクサナギを救ったのだと、私たちは感じます。

カンナミのように命をかける勇気はなくても、どうしてか胸を打たれる。

怠惰で臆病な自分でも、何か尊いものに触れた気持ちになります。

 

それにしても、押井監督はこんなにすごい監督だったのかと・・・

監督自身、後年になって「一番気に入っている」「監督としての成熟を感じた最初の作品」と語っていることを知りました。

 

 

そもそも、長編小説を1本の映画にすること自体すごく難しいことで、私自身、あまり満足を感じたことがありません。

『スカイ・クロラ』は小説も読んだのですが、映画になったことで欠けてしまったと感じる部分はほとんどありませんでした。

結末の変更も含め、映画になったことでいっそう人物の輪郭がはっきりし、希望のある内容になったと思います。

脚本の伊藤ちひろ氏の功績なのかもしれませんが、立派な仕事だと感心しました。

 

また、この映画は日テレ開局55周年記念作品として制作されたとのこと。

日テレはジブリを子会社化したことでも分かるように日本のアニメーションに大きな貢献をしている放送局だとは思うのですが、押井監督で、しかもこんな絶対に大ヒットが望めないストーリーで作品を作らせるとは、懐の深い会社だとこれも感心してしまいました。

 

『攻殻機動隊』や『パトレイバー』と比べると格段に知名度が低い本作ですが、今からでも、少しでも多くの人にこの作品を知ってもらいたい、そして、押井監督にもまたアニメーションを作ってもらいたいという気持ちです。

宮崎監督だって82歳で『君たちはどう生きるか』を公開したのですから。

 

まだまだ素晴らしい作品を作ってほしいと願っています。