今日も花曇り

今日も花曇り

読んだ本や考えたこと、仕事について。

テッド・チャンの中短編集『息吹』の冒頭に収められた短編です。
著者は最初の短編「バビロンの塔」を発表した1990年以降、わずかに2冊の短編集を発表したのみにもかかわらず、現代を代表するSF作家のひとりとみなされています。

本書のなかで私はこの「商人と錬金術師の門」が一番好きでした。

いわゆるタイム・トラベルものには既ににおびただしい作品がありますが、多くは過去が変わることによる現在と未来への影響を描いています。
でもこの「商人と錬金術師の門」では、いかなる場合でもすでに起こった事実は変えられないことが前提になっています。

 

語り手であるフワードは、妻との諍いで和解できぬままに事故で妻を失い、その後悔によって抜け殻のような人生を送っています。
過去の戻る手段があることを知り、何か、亡くなる前の妻の人生にかかわることができるのではないかと一縷の望みを抱いて過去へ赴くのですが、妻の死を防ぐことも、看取ることすらもできずに、結果は何も変わらない。
しかし妻が亡くなる前にフワードに遺した言葉を聞くことができ、救われます。

 

こうした構成自体は、独創的なものというわけではありません。
亡くなったり、もう会えない人の気持ちを後から知った人間の、後悔や慰めや感謝などが作品の受け手の心を打つ作品は、相当多いと思います。
フェリーニの『道』などまさにそうだし、それならば福音書の「ペテロの否認」だってそれにあたるといえると思います。

 

そのうえで私がこの作品に感心したのは、タイム・トラベルという枠を使うことによって、変えられるかもしれない結果を結局は何も変えられなかったとしても、「知る」というただそれだけの行為が人間にとってどれほど本質的なことかが浮かび上がる、その構成でした。

 

私が読んだことがある短編の中で、最も好きなもののひとつと感じます。

 

不思議なことです。
外側にある事実は何も変わらないのに、知ったことで、その人にとっての世界全体が全く変わってしまうのですから。
人間という生き物の本質の一部だと感じます。

 

 

 

ショパンにはたくさんの有名曲があり、ピアニストの技巧が存分に発揮される大曲もありますが、私が一番好きなのは、子守歌です。

 

 

 

 

ピアノの音はハンマーが弦を打った瞬間から減衰するので、聴くほうからすると音が「落ちていく」ような感覚があります。

でもこの曲では、音が空中に浮かんだまま漂っているような雰囲気があります。

 

眠りに落ちる前の、意識が曖昧になっていく様子をこんなふうに音にできるのかと驚きます。
当初この曲は単に「変奏曲」と題されていたらしいのですが、「子守歌」がふさわしいと感じます。

この曲を聴くといつも、小さな子どもが暖かい毛布にくるまって眠りに落ちるところを想像します。何の心配も疑いもなく、やわらかく安心できる世界にくるまって。
なのに大人の私は、この曲が静かに静かに閉じられるとき、何とも言えない、懐かしさのような寂しさを感じます。

自分でもなぜだろうと思うのですが、たぶんそれは、世界を信頼しきって、あたたかな眠りにつけた子ども時代はもう戻ってこないことを、思い出すからだろうと思っています。

 

先日読んだ『福音派ー終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(加藤喜之著)』に関連する本として読みました。

 

 

アメリカのプロテスタントの大勢力「福音派」が信じる終末論には、イエス再臨の際はイスラエルでハルマゲドンが起こる等という聖書の預言が含まれるため、イスラエルを支持する人が多いといいます。

 

現実にも、イスラエル建国から20世紀末まで、アメリカの対外援助の約6割がイスラエルへの軍事・経済支援だったというのですから(本書28頁)、二つの国の結び付きは尋常ではありません。

また、アメリカとイスラエルは、共に未開の地(本当は未開ではないのですが)で建国されたという「開拓者精神」により共感を持ちやすいといいます。

 

この前読んだ『福音派』のほうは、新書とはいえ情報量が多く堅い内容で、通読は結構大変な本でしたが、こちらはより読みやすく感じました。

 

たくさんの今まで知らなかった内容があるのですが・・・

 

特に「そうだったのか」と思ったのは、19世紀末よりユダヤ人国家建設の運動を開始した人々(ヘルツル等)、その跡を継いだイスラエル建国後の主流派の人々(べングリオン等)は、当初は社会民主主義的な人たちが中心で、アラブ人との平和共存を目指していたということです。

ユダヤ人もアラブ人も同じ労働者だから、資本家との階級闘争で連帯できる、というマルクス主義的な発想があったというのです(本書79頁)。

 

そんなイスラエルが右傾化したのは、相次ぐ戦争やテロにより、和平では国を守れないとして、右派(リクード)が政権を握ったことが大きいとのこと。

 

しかし、イスラエル自身も、パレスチナ自治区を統治する和平派のPLO(パレスチナ解放機構)の勢力を削ぐために、PLOと対立するハマスをあえて存続させていたことも書かれています。

映画『ネタニヤフ調書』でも描かれていた事実です。

 

それも国の戦略ではあったのでしょうが、そのハマスからの攻撃をきっかけにガザでの戦争を起こしたのですから、イスラエルが今になってハマスを壊滅させると言うのは身勝手にも思えます。

 

そもそもなぜイスラエルが現在の場所に建国されたかといえば、植民地の奪い合いに端を発した第一次世界大戦で、イギリスがオスマン帝国に勝って統治を開始したが、その後の第二次世界大戦で疲弊したイギリスは統治する余力を失い、処理をできたばかりの国連に丸投げ。

 

そして国連は(アラブ人からすれば勝手に)アラブ人とユダヤ人によるパレスチナの分割統治を決めたわけで、争いになるのは当たり前に思えます。

 

イスラエルをめぐる紛争は、結局は他の国や文明を尊重しなかった西欧の身勝手さも大きな原因のひとつといえそうです。

本当に罪深いことだと思いました。

 

本書の出版は2024年ですが、2026年に入り、アメリカとイスラエルはイランと戦争を始めました。

口実としてはイランの核保有阻止ということですが、イスラエル自身は核兵器を保有し、アメリカがそれを黙認しているのは公然の秘密とのこと(本書30頁)。

この聖書の同盟には、まさに今も世界が振り回されている状況です。