『妻の恋 たとえ不倫と呼ばれても』(大畑太郎・川上 澄江 著) | 今日も花曇り

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タイトルは週刊誌の見出しみたいだし、文章も軽めなのですが、書いてあることは真剣で重いものでした。

書名のとおり、不倫経験のある女性12名にインタビューを重ねて書かれたルポです。
公平のため、ライターも男女1名ずつになっている点がユニークです。

私の場合、仕事をしていると、毎日離婚問題を扱い、その中の相当のケースで不倫があります。

でも法律での不倫(不貞)の扱いは極めて機械的です。
セックスしていれば不倫。
命がけの恋愛だろうが、遊びだろうが、お金を払ってサービスを受けたのだろうが基本的には関係ありません。

あとは、その不倫が離婚の原因かどうか。

これは、他人(裁判所)が判断するとしたらそれくらいが限界だからでしかなく、不倫の実際の中身は、当たり前ですがそんなに簡単なものではありません。

この本を読んて改めて感じたのは、男性からは想像もつかないくらいの女性の心の複雑さでした。

不倫しながらも愛しているのは夫と断言する人がとても多い。
だからといって不倫相手とはただの遊びで、なんの気持ちもないわけではなく、そちらも大切。

よく、結婚と恋愛は別、と言われます。
でもここに書かれた女性たちの場合は、言ってみれば愛情と恋愛は別という、さらに微妙な区別です。

そして、まさにそれと表裏のものとして多く語られるのは、不倫のきっかけが、妻が夫から認められなかったこと、という事実です。
夫に愛情があるからこそ不倫するというのはものすごく矛盾するわけですが、本人にとってはそれがまさに真実です。

自分は不倫しているが、夫の不倫は許せないという女性も複数登場します。
それだけみると身勝手のようですが、不倫自体が夫への愛情から生じているのであれば、確かにそういうこともあるのかもと思います。

男性と一番違うのがここかなと思います。
男性は、質の違う複数の本気の異性関係を持つのは難しい気がします。
不倫相手も妻もどちらも大切と本気で話した男性に、私自身は会ったことがありません。

こうしてみると、不倫においてさえ男女の気持ちはすれ違うのだなと思います。
つくづく、違う生き物だと思います。

よく、不倫が原因で離婚、という言われ方をします。
でも、特に女性の場合は、不倫は結果であって、夫婦が破綻する原因はもっと手前にあります。
その時点で夫婦で向き合えればよいのですが、それが本当に難しい。

文中に、次のような著者のコメントがありました。

「『妻の恋』は夫の無関心や不在のまま、知らず知らずに夫婦関係をむしばんでいく病気のようなものです。あるいは、夫も薄々とは『病気』の進行に気づいているのかも知れませんが、妻たちは一様に『夫は知らないと思うし、知っていたとしても関心がない』と思っています。」

そうかもしれないと思います。
ただこれは、妻に限ったことでもないとも思います。

またこんなことも書いてありました。
これも、よく言われることではありますが。
実感がこもっていて、重いです。

「いっしょにいる人がほわっと私を包み込んでくれる人だったら、それはそれで最高なのでしょうが、旦那さんがそうしてくれることはまずないでしょう。だから、つい恋に走ってしまうのかもしれません。恋はつかの間でも自信を与えてくれるし、夢をみせてくれる。
でもいくら好きな人だって、いっしょに住むようになったら、同じ結果になるような気もします。ご飯だの、掃除だの、お風呂だのーー。そういう日常のなかに埋もれて、お互い輝きを失ってしまうのがオチなのかもしれません。」


一番愛する人と一緒になったがためにお互い輝きを失ってしまうとしたら、本当に結婚て何なのだろうと思います。