勾留百二十日  特捜部長はなぜ逮捕されたか(大坪弘道 著) | 今日も花曇り

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おそらく、著者が全く意図しなかった意味で、検察の異常さを印象付けられた本でした。

著者は大阪地検特捜部が郵便不正事件を捜査していた当時、それを指揮した元特捜部長です。郵便不正事件はご存知のとおり、虚偽の証明書作成を指示した疑いがかけられていた村木厚子元厚生労働省局長らが無罪となり、その過程で検事が証拠を改ざんするという信じ難い犯罪が明らかとなって、大きく報道されました。

著者は、改ざんを行った前田恒彦元主任検事の犯行を知りながらそれをかばったという疑いで逮捕勾留されました。本書はその逮捕勾留についての著者自身による記録です。

この本の内容は、「長年の献身にもかかわらず自分を裏切った組織への恨み」、ほとんどそれだけです。だから、「なぜ古今の検事の中で自分だけがこのような悲運に見舞われるのか」と繰り返すだけで、何故郵便不正事件が起こってしまったのかという点については、ほとんど言及がありません。120日間もの勾留の間に、全く考えが深まっていかないのが逆に驚きです。

証拠改ざんについても、「前田が過失だというので信じた」。それはあり得ないでしょう。物証を加工するという、仮に過失であったとしても、通常では考えられない行為をした部下に対し、なぜ、どんな状況で、どんな操作をしたためにそんなことが起こったのか具体的に追求しないで、「過失」などという説明を鵜呑みにしたとしたら、それこそ特捜部長なんて務まりっこないでしょう。

郵便不正事件についても、あたかも証拠改ざん事件のあおりを食って村木氏の公判維持が困難になったような書きぶりです。しかし、供述調書以外にろくな証拠がなく、その調書についても、地裁が43通のうち34通に関し「誘導で作られた」などとして採用せず、挙句には検察側証人からも「壮大な虚構」などと言われたずさんな捜査について、当時の特捜部長として何ら責任を感じていないようなのには、半ばあきれてしまいます。

確かに著者は、多くの同期や、過去に著者から取調べを受けた被疑者までもが援助の手を差し伸べているところから察するに、人間的魅力の大きい人なのでしょう。それにしても、「特捜部長はなぜ逮捕されたか」という副題までつけているのに、結論は「最高検は私という個人を犠牲に組織防衛をはかった」。
それだけ?

こういう内容の本を躊躇なく出せるというのは、どんな感覚なのか。
こんな人が特捜部長だったのか。
検察に長年いると、どんな出来事も組織との関係でしか考えられなくなってしまうのでしょうか。

やはり、おかしいと思います。