
紹介したい本が少なくないこともあるし、自分の時間がなかなかないということもあります。自分自身の考えを文章にまとめるのは、やっぱり時間がかかるのですよね。それに比べると、他人の創作物にコメントするのはずっと簡単です。安易ですが・・・。ネットの世界が「レビュー」だらけになる理由もわかります。
さて、でもこれは本当に紹介したい本。先日書いたNHKスペシャル取材班編「ワーキングプア 日本を蝕む病」の続編です。
1 本書の概要
前作は、日本のワーキングプアの状況を報告するものでした。それに対して、今作は日本との比較対象として韓国、アメリカ、イギリスのワーキングプアの現状とその対策を紹介したうえで、日本でも一部の自治体や民間で試みられている先進的な取組を報告しています。
ワーキングプアの原因や人々の暮らしぶりは、どこの国でもかなり似ているようです。こうした外国の様子を知って改めて思うのは、日本で起こっているようなワーキングプアは、グローバリゼーションを受け入れる(先進)国で共通に生じる病だということです。
非常に単純な理屈だけでいえば、労働対価の低下は、グローバル化が究極的に進んで世界の労働対価が均一化し、先進国と途上国における労働対価が同一になるまで続くはずだからです。
そう考えると、現在の市場自体がいずれワーキングプアの問題を解決する、ということはあり得ないように思います。本書の中でも、韓国政府系の研究機関「韓国労働研究院」のイ・ビョンヒ博士という研究者が、市場の失敗の責任は社会が担わなければならないと発言されていました。
2 諸外国の取組
各国の取組の中では、イギリスの政策が印象的でした。
たとえば、2001年から始まった「コネクションズ」という制度。これは、支援の対象となる全国の13歳から19歳までの全ての若者のあらゆる個人情報(家族構成、学歴、家庭の経済状況、違法薬物の使用歴、妊娠歴まで)をデータベース化してオンラインで結び、その上で相談員が時にはショッピングモール等の若者のたまり場までアウトリーチして、データを資料に個別に支援を行うというものです。予算は年間約1000億円。その徹底振りと規模には驚かされます。
相談員の言葉が紹介されています。
「大人が若者たちを見捨てたらどうなるんですか。大人はいつも見守っているということを、色んな場面で伝えなくてはならないのです」。
若者を貧困から救うためには社会に「つなぎとめること」(コネクション)が必要であるという思想に共感しました。
他にも「チャイルドトラストファンド」という制度。これは政府が生まれた子どもに対して、50ポンド(約11,000円)が振り込まれた子ども名義の口座を贈るというものです(※本書では250ポンドと紹介されていますが、歳出削減のため減額されたようです。英政府サイト)。ユニークなのは、子どもが18歳になるまで引出しができないこと、有利な利率で運用でき、運用益は非課税であることです。子どもが社会生活のスタートを切るまでに、子ども自身の資産がある程度形成されることを促す仕組みで、よく考えられていると感心しました。
なぜイギリス政府は、これだけの莫大な予算を若者に投じているのか。英内閣府内の社会的排除防止局のアイゼンスタット代表(当時)の言葉です。
「それは問題が深刻になる前に、迅速に対応したいからです。そうすれば対策費用も少なくて済むのです。ハンデを抱えた子どもを放置すると、成長してから様々な問題が起きる可能性が高まります。しかし早いうちに手を打てば、将来失業や犯罪、薬物中毒の対策にかかるコストを大幅に削減できるのです。」
充実した社会福祉は、ヒューマニズムだけではなく経済的観点からも合理的であるということは、コストと自己責任論による短絡的な議論に流れがちな日本の現状において、非常に重要だと思います。
3 日本の取組
日本での取り組みとして、釧路市(北海道)と三鷹市(東京都)の例が紹介されています。長くなってしまうのであまり書けませんが、行政が熱意をもって問題に取り組むことで、ワーキングプアの人々が社会とのつながりを取り戻す様子が報告されていて、希望が感じられる内容です。
釧路市は、生活保護をまず支給した上で、そこから抜け出すための手厚い支援を行っています。少しずつ受給者をステップアップさせ、経済的独立を強力に支援するプログラムを実施しています。その結果、収入の増加を理由に生活保護の受給を終える世帯が急増し、プログラム導入前の2002年度には62世帯に過ぎなかったのが、2006年度には約200世帯と、3倍を超えたといいます。
釧路市生活福祉事務所所長補佐(当時)の櫛部武俊氏の言葉。
「誤解のないように言いますが、生活保護を積極的に支給しているつもりはまったくありません。淡々と、基準に照らして要件を満たせば、生活に必要な最低限の所得を保障する、ただそれだけのことです。保護の網から漏れている人がいるかもしれないし、保護水準ぎりぎりの人は救えないこともある。それで忸怩たる思いをすることもあります。私たちはただ、市民の目線に立った法の執行に努めているに過ぎないんです。」
控えめながら、適正な法の執行によって人を救うことができるという行政官の誇りを感じ、心を動かされました。
最後に紹介するのは、釧路在住のシングルマザー、佐藤多香子さん(仮名、26歳)の言葉です。彼女は釧路市の支援でワーキングプアから抜け出すきっかけをつかんだ一人です。
「収入だけ見ると、私はワーキングプアかもしれません。でも今の私は、世間で言われているようなワーキングプアだとは思いません。たぶんワーキングプアというのは、お金がないだけではなくて、周囲から認められないとか、心に余裕がない、安心感がないというのがあるのだと思います。私は、新田さんや釧路の人たちに助けられたという思いがあります。周囲の人がわかってくれるという安心感が、本当に大きいんです。」
ワーキングプアや貧困は、単に仕事がない、お金がないという問題ではないということを知らされる言葉でした。
これだけの取材をしたNHKは立派だと思います。多くのことを勉強させてもらいました。
長くなりました。