検察で被疑者を取調べるとき、一番多くする質問は、おそらく
「なんで?」
だと思います。
-なんでこんなことしちゃったわけ?
「お金がなかったので、つい」
-なんで?
「悪いことだと分っていたのですが、がまんできませでした」
-なんでがまんできないの?
「・・自分の弱さというか・・」
-普通はみんながまんしてるでしょ。なんであなたはできないの?
「申し訳ありません・・」
-申し訳ないじゃなくて、なんでって聞いてるわけ。
「・・・」
正直いって、特に主観的な事柄については、なんでと聞かれても答えようがないのではと思われるようなことまで、しつこく聞いているように思います。
一番難しいと思うのは、「なぜ悪いと分っていながらやったのか」ということ。なぜその人は規範に直面しながらそれを乗り越えてしまったのかということです。これは、本人でも明確に説明するのは困難な場合が多いのではないでしょうか。
そういう意味で、犯罪者自身が自己の犯罪について分析し発言する場合には、なぜ人は犯罪を犯すのかという問いに対する貴重な示唆となります。
だからというわけでもないのですが、獄中から多くの著作を発表した永山則夫死刑囚についての本は、最近比較的よく読んでいます。記事の題名にかかげた佐木隆三の『死刑囚永山則夫』(講談社文庫)もそのひとつです。
以前に、同じ著者の『復習するは我にあり』(第74回直木賞受賞)を読んで、淡々と事実のみを書く文体の異様な迫力や、犯罪に関するノンフィクションを創作の中心に据える著者の特殊な作風に興味を持ち、以来いくつか作品を読んでいます。著者はカポーティの『冷血』に大きな影響を受けているということです。
永山則夫について考察するのは、一筋縄ではいかないところがあります。それは、とても多くの要素が彼の存在の中で複雑に折り重なっていたためと感じます。彼は、作家であり、熱烈な社会主義者であり、(彼自身の言葉によれば)テロリストであり、死刑反対論者であり、貧困・DV・親の遺棄の被害者であり、何より4人の人間を殺害した犯罪者で、死刑囚でした。
佐木隆三氏の当著では、著者の主観的な記述はほとんどなく、永山則夫の公判記録を基本的資料に、事件の発端、その後の捜査、裁判の様子が淡々と描かれています。この本を読むと、永山則夫は、自己中心的で、やや病的にエキセントリックという印象をもちます(ただしその人格形成には、貧困・DV・親の遺棄等の不幸な外部的要因が決定的な影響を与えたことも読み取れます)。
たとえば永山則夫は、自分自身で
「永山則夫は、史上初めてファシズムを科学的に解明し、論理学、犯罪学、“数学”改め数量学、文語学(文学と語学を合わせた科学)を、科学にした人間である。永山則夫を死刑にすることは、全人類に対する犯罪になる」
と主張したり、文通を経て獄中結婚した大城奈々子に対し、結婚後5年目になって、彼女のことをCIAのスパイであると非難したり、「階級闘争のイロハがわかるまで反省しろ」と、面会室で土下座させたりもしています(後に離婚)。
しかし、永山則夫については、自身の著書『無知の涙』の中での「ミミズのうた」等の詩作や、『木橋』『捨て子ごっこ』のような飾り気のない優れた小説を読むと、その性格に繊細で柔軟な部分があったこともまた間違いないように思います。
佐木隆三氏は、永山の『木橋』が第19回新日本文学賞を受賞した際の選考委員で、受賞を強く推した(本書あとがき)ほどですから、永山のそうした側面についても熟知していたはずです。しかしそうした永山の性格をうかがわせるような記述や永山の著作からの引用は、本書では多くありません。
その理由は、著者が本書の目的を、あくまで裁判というオフィシャルな場所で明らかにされた「死刑囚」としての永山則夫について描くことに絞ったからであって、それが題名にも表れているのではないかと思いました。そのためか、本書は「永山則夫の死刑が確定した。」で結ばれており、その後の永山については何ら記述はありません。
永山則夫について考えたいことはまだたくさんありますが、本書は、永山事件・裁判の全体像が信頼できる資料に基づいて再現されている点で、永山自身の著作や事件について書かれた他の本を読む際にはいつも比較参照したい本だと思います。
長くなりました。読んでくださった方はありがとうございます。