need-be-coolさんのブログ -23ページ目

正直に

ダークグレー

今日の天気と心の中。


昨日は長男の幼稚園のお誕生日会だった。


みんな笑顔。


あたしだけ能面。


みんな何がそんなに楽しいのか、全然わからなかった。


長男が楽しそうなので、向けてくる笑顔に作り笑い返すのがやっと。


他のママ達はうるさいぐらいしゃべって笑ってる。


何をそんなに話すことがあるんだろ。


ずっと異空間にいるみたいだった。


加えて、次男を全然かわいいと思えない。


自我が出て、思い通りにならないとギャーってなる。


それがたまらなく煩わしい。


発達に必要な過程ってのはわかってる。


ただ、あたしがあまりに沈んでいるため、それを引っ掻き回されるのに耐えられないんだ。


行事も煩わしい。


こんなことがあと何年も続くなんて。


学生の頃から行事は大嫌いだったのに、子供なんか産んで、自らまたそこに身を投じるなんて、アホだ。


明日はお義母さん仕事で、次男と2人。


昨日は幼稚園行事で疲れまくってたのもあり、いつもより更に子供らが嫌で、ギャーギャー言う次男をひっぱたいた。


痛くはしなかったけど。


ひっぱたかれても母親にくる子供ら。


めんどくさいなあ…消えたいなあ…とまた思う。


次男が動き出すまでは、まだマシだったんだ。


兄弟作ろうって言い出したのあたしだし。


けど自分がこんなになってしまうとは。

子供嫌悪。


子供らには何の責任もない。


お義母さんが次男預かってくれてもリフレッシュできない。


治りたいけど、出口は何年も先で、そこまでたどり着ける自信がない。


育児が終わったら元気になるのかって疑問もある。


根本的な考え方がマイナスになってるんだ。


料理嫌いじゃなかったのに、子供らが食べないから作りたくなくなった。


何も楽しくない。


早く終わらないかな…あたし。

鬱病という病

あたしが過食嘔吐で心療内科に行き始めて、1年が経つ。


今は過食嘔吐、めったにしない。


前にいつやったのか、思い出せない。


けど薬は同じものを同じ量飲んでいる。

先生に言わせると、もとから過食嘔吐防止薬じゃなく、抗うつ剤だから、それで過食嘔吐が治まってるのは、2次的なラッキーなことだと。


あたしはずっと「過食嘔吐」という病気は、それをしなくなれば「治った」ことだと思ってた。


けど今は「過食嘔吐する鬱病患者」-「過食嘔吐」=「鬱病患者」みたい。


鬱病…消えたくなることや、それを実行しようとしたりすることが鬱病なら、あたしは中学生からずっと鬱病だったことになる。


そうなん?


でもその間、何かに熱中したり、笑い転げたり、普通に生活してたぞ。


この前消える未遂して、思ったこと。


あたしの場合、未遂することは、本気で消えたい訳じゃなく、生活の中で変えたいことを周りに口で言えなくて(もしくは言っても伝わらなくて)、未遂を起こすことで「ここを変えたいんだ!!」と、周りに伝える手段として使ってきた気がする。


例えば今回のは「育児がしんどい!!誰かもっと手伝って!!」ということを言いたかった。


しんどいことを言えなくて、未遂してから、旦那やお義母さんがとても積極的に手助けしてくれるようになった。


こういう風に、危ない行動で伝えるのではなく、ちゃんと真剣に「こういう所がつらくてたまらないから、助けて欲しい」と、ちゃんと話せるようになることを「大人になる」と言うんだろう(あたし的にね)。


生きることは大変なことだから、耐えて当然と思ってた。


でもそれで爆発して未遂してるようじゃ、意味がない。


自分が快適に生きられるよう、周りと話し合いつつ変えていく。


そして変えることができたことを周りに感謝する。


そういう風に進んでいけたらいいなと思う。


今後はリスカやらその他危険行為をする前に、素直につらいことを周りに伝えられるようになりたい。


ところで、今後どうなると(あっあたし鬱病治った♪)ってことになるんでしょ?(?_?)